第十三話 再会は轟音と共に
貴族、それもミーリュア=ヴィーヴィのような公爵令嬢が通う学園とは貴族社会の縮図であった。学ぶための場、というよりは、将来に向けて縁を結ぶための『小さな社交界』といったものなのだ。
とはいえ、学園と名のついているからには学びの場ではある。最低限、貴族として恥ずかしくない学力を身につけるのも令息、令嬢の務めであった。
そんな中、ミーリュアは『教授凌駕』の異名を持つ(もちろん表立ってそんなことを口にするのは身分が上の第一王子くらいのものだったが)。
何事においても教えるのがうまいことから『教授凌駕』なんて異名が流れるようになったのだが、ミーリュアとしてはあまり好ましいものとは捉えていなかった。
良かれと思ってやったこととはいえ『反則技』のようなものなので、胸を張って教えるのがうまいとは言えないのだ。
……潔癖症というか、『それ』もまたミーリュアの実力の一つなので気にしすぎなのかもしれないが。
「外は大丈夫なんですか!?」
ヴィーヴィ公爵家本邸の一室。『騒動』が起きたからと半ば無理矢理部屋に押し込められたミーリュアの問いかけに扉の外の護衛兼メイドは答えようとしたのだろうが──
ゴッガァッ!! と。
轟音と共に扉、というよりも、壁そのものが吹き飛び、飛び散る瓦礫に混じって護衛兼メイドが室内に転がり込んできたのだ。
ごぶっ、と冒険者でいえばBランクに匹敵するメイドの口から血の塊が吐き出される。壁をぶち抜くほどの力で全身を叩かれたためか、力なく指を動かすのが精一杯だった。
「だっ大丈夫ですか!?」
「わた……いいで、すか……逃……」
「良いわけがありませんっ。こんな酷い怪我で何を言っているんですかっ!!」
自身に仕える者の心配をするミーリュアは主人としては立派だっただろう。だが、何事も時と場合による。
ズズン……ッ!! と地響きにも似た震動に、思わずミーリュアは正面へと視線を移す。
砕かれた扉の、その先。
鼻息荒く部屋の外の通路に蠢いていたのは異形の化け物だった。
握り潰されたような醜悪な顔に獣臭を漂わせる毛深い身体。人間の胴体よりも肥大化した筋肉質な四肢。
グレートオーク。
人間よりも遥かに優れた肉体は元より、本能に従う程度の知能しかない普通のオークと違って複雑な魔法さえも行使する頭脳を兼ね備えた魔獣である。
それが、十以上。
一体でもBランクパーティーで挑むべき怪物が群れをなして迫っていたのだ。
「ひっ……!?」
貴族としてのミーリュアは高い地位を確立しているが、個人としてのミーリュアの力は一般人と大差ない。教えるのがうまいからといって、本人の力が華奢な女のものであれば何の意味もない。
逃げて、と護衛兼メイドは言った。
その言葉に従うのがミーリュア『が』生き残る確率を最も高めるのだろう。
それでも。
わかっていても。
「っ!? おじょう、さま……なに、を!?」
「もちろん逃げるんです。貴女も一緒に!!」
ミーリュアはメイドに肩を貸して立ち上がらせる。年相応の身体能力しか持ち合わせていないミーリュアがメイドという重荷を背負っては、ただでさえ低い逃走成功の確率をゼロ近くにまで落とすことだろう。
そんなのわかっていた。
それでも、己の命運を投げ売りするような真似だとしても、見捨てるなんて考えることすら嫌だった。
目の前の命を踏み台に、自分だけが生き残ることをミーリュア=ヴィーヴィという魂は到底受け入れられなかったのだ。
誇り、なんて大層なものではない。
突き詰められば、醜い本音が出てくるだろうと自覚している。
だからといって、貴族として悪評を避けるための保身や見殺しにしたという罪悪感を背負いたくないという逃避からくるものだとしても、結果として誰かに手を差し伸べられる自分でいられるのならば、ミーリュアはその道を突き進む。
後悔は、するのだろう。
死ぬ寸前になればみっともなく泣き喚くに決まっている。
それでも、それでもなのだ。
ミーリュア=ヴィーヴィ公爵令嬢は魂の底の底の『自分』に恥じない道を選ぶ。
だから。
だから。
だから。
「こらーっ! お姉さんをいじめるなーっ!!」
再度の轟音。
ただしグレートオークどもが扉を砕いた時のものとは比べものにもならない凄まじい轟音だった。
まさしく、津波。
衝撃波という津波にグレートオークたち、なんてケチなことを言わず、彼らが立っていた通路そのものが『呑みこまれた』。
瞬く間に通路だった場所はなくなった。そこだけが、最初から空洞だったのではと思ってしまうほど鮮やかになくなったのだ。
そして。
すたっと軽やかに部屋の中に飛び込んでくる影が一つ。
「お姉さん、大丈夫?」
マーブル。
昨日の偉業の数々から考えて、おそらくは拳の一振りでグレートオークごと通路を吹き飛ばした彼女はやはり昨日と同じように無邪気に笑っていた。
ーーー☆ーーー
エメラルドのような瞳で彼女は首都を見つめていた。
魔女モルゴース。魔女の三姉妹、その長女である彼女は服装はもちろんのこと、瞳や髪、肌に至るまで透き通るような緑に染まっていた。
「殺し救うこと。それが力ある者としての権利なれば」
魔女は殺す。
世のため人のため、必要な分だけ魂を奪う。




