第十話 闘争、そのはじまり
冒険者。
はじまりは未開の地を開拓する勇士を指す言葉だったが、現在では魔物退治や商人の護衛など荒事を専門とする者たちを指す。
大陸全域に展開されている冒険者ギルドに集う冒険者たちは騎士として仕えるのは難しいが、腕っ節で稼ぐ以外の生き方を知らないような荒くれ者が大半だった。
それでも需要はあるのだろう。
未だに多くの荒くれ者が冒険者としてやっていけているのだから。
また冒険者は個人やパーティーごとにランク付けされている。上からS、A、B、C、D、E、Fであり、Cランクもあればそこらの騎士を凌駕しているというのだから、少なくとも冒険者は腕っ節『だけ』は優れていることがわかるというものだ。
であれば。
Aランクパーティー『スカイサーベル』の実力は決して低いものではないだろう。
……言動や素行こそゴロツキそのものだが、それだけで侮ってしまうと手酷く返り討ちに合うかもしれない。
ーーー☆ーーー
シフォンの胸ぐらを掴んでいた男はその腕を真上に弾かれた瞬間、大きく後方に飛んでいた。相手が誰であれ、反射的に間合いを切る動きが身についているのだ。
ひらひらと弾かれた腕を揺らし、口元に引き裂くような凄惨な笑みを浮かべる。ギヂッ、と抉れた左頬が軋むような音を鳴らしていた。
「テメェ何者だ?」
「マーブル。通りすがりの旅人だよっ」
「そうか。で? 文句があるって話だが、なんだってんだあァん!?」
全身を逆立つ魔獣の毛で覆ったコート姿の男が高圧的に迫る。そこらの少女ならそれだけで泣き出してしまっただろうが、マーブルは特に気にすることなくこう返した。
「だーからー。弱いものいじめダメって言ったじゃん。お母さんも言ってたよ。喧嘩を売るならせめて自分よりも強い奴にだけ売らないと女が廃るって。勝って当たり前の喧嘩を売って、傷つけるのは悪いことだって!」
「ハッハァ! なるほどそいつはそうかもしれねーなー。だがよ、クソガキ。これは『仕事』なんだ。己の腹ぁ痛めて産んだ子供を奴隷として売っ払ってでも欲しがるほどに大事な金を儲けるためなんだ。自由も、尊厳も、命さえも! 金を手に入れるためなら奪っていいのがこの世界の常識だ!! わかるか、あァッ。この世は弱いものいじめで回っている。弱いほうが、奪われるほうが悪いんだよ!!」
だから、と。
Aランクパーティー『スカイサーベル』を統べるリーダー格の男は抉れた左頬を凄惨に歪めて、こう吐き捨てたのだ。
「俺は容赦をしねー。例え相手が理想に酔って現実を知らねーガキだろうとも、どれだけ弱くとも、邪魔をするなら暴力でもって奪い尽くすだけだァ!!」
踏み込む。
宣言通り、相手が自分よりも遥かに幼い子供であろうともリーダー格の男は容赦をしなかった。
初手で、拳が飛ぶ。
『仕事』。その邪魔になるなら、幼い少女が相手でも傷つけることを厭わない。
「逃げ……っ!!」
咄嗟に叫ぼうとしたシフォンに、しかしマーブルは言う。
「大丈夫だよ」
直後に激突。
マーブルの頬をリーダー格の男の拳は的確に打ち抜いた……というのに、続いたのは拳が砕ける音だった。
「が、ァ……!? な、にが!?」
「お母様は言っていた」
容赦はしないと言ってはいても、魔法を使わなかったのは致命的だっただろう。攻撃を仕掛けたほうが傷つく。力負けする。そう、素手で挑めば何もせずとも勝手に自滅するほどの力の差が広がっているというのに。
「相手がいかに格下でも、攻撃してくるような奴はきちんと叩き潰さないといたずらに闘争を長引かせるだけだって。だから、ぶっ飛ばすね!」
ゴンッ!! と。
唸る拳が男の顎を下から掬い上げるように打ち抜く。軽く十メートルは跳ね上がった男がそのまま地面に叩きつけられた。
ーーー☆ーーー
「嘘だろリーダーが一撃!? いくらなんでも油断しすぎだ馬鹿が!!」
「魔法か? だが魔力を感じなかった……。魔法が増幅している象徴を隠すことで攻略法探られるのを阻止するためか? いや、そうじゃねえ気がする。じゃあなんだって話だがな!!」
「チッ。『ホワイトスイートレイン』の営業を妨害するだけの簡単なお仕事でボロ儲けのはずだったってのに、リーダーめ変にムキになりやがって! どうせもう誰にも屈しねえとかそんなところだろうが、だからってとんでもねえのに手ぇ出してくれたなくそったれ!!」
口々に愚痴を吐き捨てながらも、その本質はAランクパーティーの構成員か。残りの者たちでマーブルを囲み、腰に差していたサーベルを引き抜き、魔法の発動準備を整えていた。
「まだやるの? 弱いものいじめしないなら、それでいいんだけど」
「生憎だが、俺らは好き勝手生きる自由を勝ち取った。やり合うことなく俺らが見逃してやる、ならまだしも、やり合うことになったってのに尻尾巻いて逃げるってのはあり得ねえんだよ。金儲けも大事だが、せっかく手に入れた自由を謳歌しねえとな!!」
彼らは柄が悪いのもそうだが、もう一つ共通項があった。
身体のどこかが欠損しているのだ。
あるいは左手の甲が剥がれ、あるいは額の肉が剥がれていたりという具合に。
冒険者なんて荒事専門の仕事をやっているのだから単純に仕事中に傷ついただけなのかもしれないが。
Aランクパーティー『スカイサーベル』が動く。腰から引き抜いたサーベルを袈裟に振り下ろしたり、サーベルで地面を削った時に出た火花という象徴を魔法的に増幅して猛火と放ったり、サーベルを振るった時に生まれる風を増幅して烈風と放ったりと、全方位から攻撃を仕掛けたのだ。
それでも、マーブルはその場から動かなかった。ただ、その場に立っているだけだったが……、
「あ、メイド服の人巻き込んじゃうかも」
そう呟いた瞬間、マーブルの姿が消えて──それに合わせるように、全方位から迫っていた攻撃の全てが吹き飛んだ。
「がっ!?」
「ぶっぼあ!?」
サーベルも、炎も、風も、そしてそれらを振るっていたゴロツキたちも一切の例外なく、だ。
シフォンが瞬きをしたその後には消えたはずのマーブルが先と同じ場所に立っており、代わりに『スカイサーベル』の面々か地面に倒れていた。
一つ一つ殴っていったのだと、その場の誰にも気づかせないほどにマーブルの動きが速かったというだけなのだが。
と、倒れた一人が呻き声をあげて、気味が悪そうにマーブルを見上げる。
「ぐ、ぐぶう。こ、こんな…… 七十二組のSランクパーティーを除けば最強のAランクパーティーである、俺たち『スカイサーベル』が……ガキに、やられた、だと!?」
「そうそう。それ、気になってたんだった」
不思議そうに首を傾げて、マーブルは問いかける。
「七十二組のSランクっての? とにかく自分たちより強いのを除いたら最強なんだって別に自慢になってないよね? だって、除かなかったら二番手以下なんだし」
「そ、それはっ。Sランクの奴らは小細工が通用しないバケモノだから仕方なくだなっ」
「あー……。一番じゃないことを悔しがることがなくなったら、そこで停滞して成長できなくなる。より上を目指したいなら常に自分より優れた誰かを越えることを考えないといけないってお母様言っていたけど、うん。こういうことだったんだね。私もお母様やお母さんに呑まれないよう気を付けないとっ」
「……ッ!!」
それ以上、マーブルは呻き声をあげるゴロツキに目を向けることはなかった。純粋無垢に、残酷なまでに、興味を失っていた。
マーブルは『湖』で見たことのあるメイド服姿のシフォンに視線を移す。
「メイド服の人、怪我してない?」
「え、ええ」
そこで、だ。
ゆらり、と起き上がる影が一つ。
「よお、クソガキ」
左頬が抉れたリーダー格の男。
はじめにマーブルに殴られ、十メートルも跳ね上げられた上に地面に叩きつけられた男は、口の端から血を流しながらも腰に差していたサーベルを抜き放つ。
「まさか、このままで終わるとは思ってねーよなァ? 『スカイサーベル』を、この俺を敵に回しておいて! 無事で済むなんてよお!!」
「…………、」
マーブルはわずかに眉を潜める。
その表情にはどこか緊張が見て取れた。
そう、これだけ圧倒的に勝利を収めたはずのマーブルが警戒しているのだ。
リーダー格の男が立ち上がったから、ではない。
そもそも彼女はリーダー格の男なんて見ていなかった。
「逃げてっ!!」
その直後の出来事だった。
首都全域へと上空から凄まじい勢いで『それ』は降り注いた。




