佐藤かおると雷事件
【同窓会の鉄板ネタ】
俺の同窓会で必ず話題になるネタがある。
そう、体育館での授業中に体育館に雷が落ちたのだ。あの時は大変だったとか、俺ケガをして救急車に乗ったよとか、おまえ雷怖くて体育の授業さぼってたんじゃねえのとか、もり上がる。天井の一部が壊れて照明が割れ、確かに何人かケガをし、体育館が2か月ほど使えない状態になった。ちょくちょく話題に上るので俺の記憶も鮮明。
あれは4月10日の3時限目。体育の授業がちょうど終わるタイミングで雷が落ち、真ん中付近にいた連中に壊れた天井の一部や割れた照明のガラスが降ってきて、それは大騒ぎだった。俺はたまたま壁側にいたので特にけがなどはなかったが、その後警察や消防、救急車などが来てその日一日は授業にならなかった。
ふと気づくと明日がその日、4月10日だった。
【佐藤かおると雷事件】
4月10日の朝は晴れていた。念のため天気予報を確認すると寒気の影響で雷が発生しやすいとのことで雷注意報が出ている。
雷が落ちる記憶は鮮明にあるが、帰るときに雨が降っていたかどうかはどうもうろ覚えであり、念のため傘を持って久しぶりにチャリではなく電車で学校に向かうことにした。
「念のためお前も傘、持っていけ」
「兄貴、心配しすぎだよ」
健二は文句を言っていたが、折り畳み傘を強引に持たせた。もちろん俺も折り畳み傘。さすがに長い傘はこんなに天気がいい日に持っていると不審がられますからね。電車だとチャリ通より時間がかかるので、俺は健二と同タイミングで家を出る。駅に着くと何人か知り合いがいて、俺に声を掛けてきた。
「お、清水、今日はチャリじゃねーのか?」
「まあ、たまには電車に乗って他校のJK見て目の保養がしたいんだよ」
オヤジ(根はアラフォーですから)まるだしの返答をして、俺だけ切符を買って乗車。
さて、雷が落ちるのは3時限目の体育の時間の終了間際だったはず。どうやってみんなをその時点で体育館の真ん中に行かないようにできるか?授業そっちのけで1時限目と2時限目はそればかり考えていた。もちろん雷が落ちるという保証はないが避けるに越したことはない。そういや、雷が落ちる前に大雨が降っていたような。そうだ、その手で行こうと一応自分なりの結論を出した。
3時限目の体育の授業は体育館で男女別れてのマットを使った授業だった。ぼつぼつ天候も怪しくなってきた。俺は体育の宮川先生に直談判した。そういや宮川先生、俺の1年の時の担任で、他の生徒よりは俺に対しての面識あり。
「先生、大雨になったら授業早く切り上げちゃいましょうよ。大雨だと、教室に戻る際の渡り廊下でびしょ濡れになるからタオル持ってないと大変ですよ。特に女子に恨まれますよ。髪の毛も長いですし」
「まあ、そうだな。大雨になりそうなら授業を途中で切り上げるか」
これでOK。みんなも無事に体育館から脱出できる、とその時は思った。
いよいよ授業が始まったがなかなか雨は降ってこない。うわの空でマット運動をやるので俺は何回も失敗し、宮川先生に怒鳴られたりもした。授業も終盤に差し掛かったところでようやくぽつぽつ雨が降り出したがまだまだ弱い。おかしい、こんなはずでは・・・と思っていると授業終了の5分前にようやく本降りになってきた。また、遠くの方で雷鳴が聞こえる。
「渡り廊下で濡れるのはいやだろ。今日の授業はこれまで」
宮川先生が俺との約束通り号令を出し、それを受けて生徒はマットなどの片付けをはじめ、終了1分前にはほぼ全員体育館のドアに集合できた。『よかった』と心底思った。
ところが一陣の風が吹き込み、佐藤が髪から外して手に持っていたシュシュが体育館の真ん中あたりに飛ばされ、慌てて佐藤がシュシュを取りに行こうとした。俺は佐藤とはかなり離れた場所にいたため、手を引いて佐藤を戻すことができず。時計を確認すると、やばい、雷が落ちるの、ライトナウだ。俺は佐藤のいる場所に駆け出した。ちょうど佐藤の腕をつかんだ場所が体育館のど真ん中。ドンピシャで雷が落ちた。
俺は佐藤を抱きかかえ、思いっきり足をけってヘッドスライディングの要領で体育館の真ん中から抜け出した。その時に壊れた天井の一部や割れた照明のガラスが降り注ぎ・・・
間に合ったのか?
多少意識が落ち着いて、佐藤を見ると、俺は佐藤におおいかぶさる形で倒れこんでおり、佐藤の頭と背中の下には俺の腕があった。どうやら壊れた天井の部材やガラスの破片は俺達が今いる場所までは飛んで来てはいなかった。
「佐藤、大丈夫か?」
ガタガタ震えているかと思ったが、佐藤はいきなり俺の背中に手を廻し抱き着いてきた。
「怖かったよー」
「ちょっと佐藤、抱き着くな!」
宮川先生が俺達のいる場所に駆け付けて、俺と佐藤を立たせ『ケガはないか?』と俺たち2人の全身を確認する。佐藤は特にけがはない様子だった。
が、俺はふと気が付くと自分の左肘がベロっと向けて血がべったりついているのに気が付いた。気が付くと急に痛くなった。それ以外のケガはないみたい。
外がにわかに騒がしくなり、次々と消防車や救急車が校庭に入ってきた。
消防団員が宮川先生にいろいろと質問後、俺と佐藤以外は特に問題ないということで宮川先生が引率して他の生徒は教室に引き上げ。俺と佐藤はその場に残され救急車に乗せられた。救急団員が佐藤の様子をチェックして、問題ないとのことで佐藤は教室に帰るよう指示を受ける。
残ったのは俺だけ。頭等は打っておらず、左肘以外は打撲やケガなどないため、救急車の中で左肘の応急治療を受けた。念のため病院に行くかと言われたが、病院に行って家族が大騒ぎになるのも嫌なので大丈夫ですと断り救急車から降りた。
結局、今回の落雷によるけが人は俺一人。本当は全員無事にとは思ったが20年前と比較して被害は極小で済んだと思いたい。治療を受けた肘は相変わらず痛い。が、一週間もすれば治るだろうとのこと。相変わらず雨はひどく、校舎に戻る際にびしょびしょになってしまった。俺は更衣室で一人、濡れた体操着を脱いで絞り、それで頭や体を拭いた後に制服に着替えた。あれから30分以上たっており、このまま戻っても4時限目の授業に間に合うかどうかのタイミング。だったら慌てることはない。俺はしばらく頭を乾かして、昼休みに教室に戻った。今日は母親が忙しくて弁当を作ってくれなかったため、今、財布を持っていたら購買部でパンを買って戻るのだが、あいにく財布はカバンの中。購買部のパン、安くて人気なので昼休みが始まると生徒が殺到してすぐ売り切れる。昼休み前に買えるチャンスだったのに残念などと思いながら教室に向かっていると、担任の島野先生にばったり会い一緒に2年E組の教室に入る。
「清水、お前ケガもしているし、気も動転しているだろうから、今日は、もう帰れ。もし具合が悪くなったら必ず病院に行くのだぞ!」
教室に入って島野先生から念を押された。なので、俺は慌てて自席に戻り、急いで帰り支度をする。この状況、俺にとっては実は渡りに船。何故なら個人的になんとなくクラスメイトと顔を合わせたくないのですよね。ボッチだから注目されるのは肘の痛みより、痛い。
佐藤にちょっとだけ会釈をして、俺は教室を出て帰宅の途に就いた。