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八話 波乱の予感

 はっとして、ふたりは揃って顔をあげる。

 上階へ続く階段。そこに、見知った人物が立っていた。


 くすんだ灰色の髪をひとつに束ねた眼鏡の青年。

 嫌というほどに見覚えのあるその人物に、ハルトは片眉を上げてみせる。

 

「なんだよ、ヴァレリーさんか。人ん家に無断侵入とは、宮仕えのくせしてお行儀が悪いじゃねえか」

「呼び鈴を鳴らしても出てこなかったゆえ、勝手に上がらせてもらった。ここは王家の所有物ゆえ、なにも問題はないだろう」

「問題あるっつーの」


 淡々と並び立てるヴァレリー。

 ハルトはがしがし頭をかいて、舌打ちするしかない。


「悪いが今はあんたに愛想よくする余裕はないんだ。後日改めて出直してくれ」

「ふっ、それが貴様の本性か? 城ではずいぶんと猫を被っていたようだな」

「うるせえ。こちとら今は傷心中で、機嫌が最悪に悪いんだよ」

「それは難儀なことだな。だが、あいにく緊急の要件だ。厄介な事件が起こった」


 懐から取り出すのは、格式張った書状だ。

 王家の紋章が刻印されたその一枚をかざし、彼は静かな声で告げる。


「ハルト・ランバード。貴殿に招集命令が出ている。ご同行いただこうか」

「はあ……? 俺はこの国の軍人でもなんでもねーぞ。そんなものに応じる義理はないな」

「たしかに貴殿の言うとおりだろう。だが、これはフレドリカ陛下直々の令状だ。居候先の家主には最低限、礼を尽くすべきでは? それに……」


 そこで彼は言葉を切り、だだっ広い地下室を見回す。

 天板の凹んだ調合台やら怪しげな樽、一見してガラクタにしか見えないものが詰まったガラス棚。

 ごちゃごちゃ物が並んだ様をじっくりと見つめた後、彼は眼鏡をくいっと上げる。


「この屋敷には地下室など存在しなかったはず。我が国所有の家屋を無断で改造していたことに関し、出るところに出てやってもいいのだぞ」

「ぐっ……! わかった! わかりましたよ!」


 さすがにそれは面白くない。

 しぶしぶ鍋などを片付けていくハルトを尻目に、ヴァレリーはちらりとイヴへ視線を向ける。


「それと、そこの跳ね馬」

「むっ。あたしのこと?」

「他に誰がいる。貴殿にもご同行願おう」

「はあ? いったい何様よ。命令しないでくれる」


 気色ばむイヴだ。

 じろりと目をすがめてみせれば、調合台の上にあったビーカーにぴしっとひびが入る。

 力の大部分が封じられているといってもさすがは魔王といったところか。


 しかしその凄まじい威圧感を前にしても、ヴァレリーは顔色ひとつ変えなかった。


「これは命令ではない。なにしろ貴殿にも関係の深い事件だからな、少々確認したいだけだ」

「なんですって……?」


 小さくため息をこぼし、彼が告げることには――。


「熾天領との国境付近で……厄介な魔族が暴れているんだ」




 ハイニック皇国の北側。

 高く連なる山脈の向こうに、熾天王イヴの治める熾天領が存在する。

 これまでは両国の関係は特別良くもなく悪くもなく、つかず離れずのお隣さんといったものだった。

 両国の関係がこじれてからは行き来する者もすこしは減ったが、最近はその数が少しずつ戻りつつある。その多くの目的が行商だ。

 互いの国でしか採れない食物や、その国独自の魔道書など、彼らが扱う商人は多岐にわたっている。

 

 そうした商人たちの中継地として有名な村がある。

 名を、ロルグ村。


 ハイニック皇国内の小さな村だが、熾天領との国境からもっとも近いこともあり、さまざまな人々が訪れていつも活気に満ちている。

 しかし、今日は普段とは一風違った騒ぎが起こっていた。

 

「愚かなりち、人間どもに告ぎまちゅ!」

 

 青空が見下ろす村の大広場。

 素朴な造りの噴水を囲む一角を、奇怪な一団が占拠していた。


 中心で声を荒らげるのは個性的な出で立ちの少女である。

 先が二股に分かれたカラフルな帽子と、フリルの多い派手なワンピース姿。

 深紫色の髪を太い三つ編みにまとめており、ぱっちり大きな目元にはハートの模様が描かれていた。

 

 そして、そのスカートから伸びる黒い尻尾が、人間以外の種族であることを物語る。

 まるでサーカスのピエロだ。

 ただし、目をつり上げたその表情からは有り余る闘志しか感じられない。


 指先すら隠れるほどの長い袖を振り回し、少女は声の限りに叫ぶ。

 

「無駄な抵抗はやめ、魔王ちゃまの身柄を差し出すのでち!」

「ぴぎーっ!」

 

 それに付き従うのは、十匹あまりのスライム型モンスターだ。

 大人の背丈ほどもある巨大なもので、色は毒々しい紫色。

 ぶよぶよした体に目も鼻も口も存在しないが、どこからか怒りに満ちた鳴き声を響かせる。


 あからさまな敵対勢力だ。

 その一団を取り囲むようにして、ハイニック皇国の兵士たちが遠巻きに待機している。

 どうやらにらみ合いが続いている状態らしい。

 それを家屋の影から伺いつつ、ヴァレリーは眉間を押さえて呻くようにして言う。


「あれがこの村に現れたのが、小一時間ほど前のことだ。要求は先ほどの通りで、ひとまず近隣の住民は避難させたが……このままでは建物などに被害が出るやもしれぬ」


 そこで言葉を切って、彼は背後を振り返る。


「さて、これは貴殿の差し金か。熾天王」

「冗談じゃないわよ!」


 イヴは真っ青な顔で叫ぶ。

 喚き続ける少女をにらみながら、重々しく続けることには――。


「たしかにあれはあたしの部下……死風(しふう)のアスギルよ。でも、あんな馬鹿げたこと指示した覚えはないわ」

「ふむ。それを裏付ける根拠は?」

「あたしの主義に反するからよ! たとえ敵国だろうと、戦うすべを持たない民は傷つけない! それがあたしのやり方だもの!」

「たしかに、貴殿なら一般市民に被害が及ばぬ場所を指定して、決戦を申し出るか」


 ヴァレリーは考え込むようにして顎を撫でる。

続きは6/19更新予定。

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