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三話 魔王イヴ

 王家からハルトにあてがわれた家は、ハイニック皇国王都――グラッドストンの郊外に建っていた。

 静かな別荘地の一角である。


 高い塀に守られるようにして、庭付きの白い一軒家がそびえている。

 王家所有の別邸のひとつらしく、広さもグレードも申し分ない。もっと都に近い家も選べたのだが、ハルトは迷うことなくこちらを選んだ。

 広い庭もあるし、隣家との距離がある。彼の野望を叶えるには、うってつけの物件だった。


「ただいまー」


 玄関扉をくぐれば、自然とそんな言葉が口をつく。

 ここに住み始めて約半月。

 最初のころは家具の豪華さや天井の高さに戸惑ったものの、もうすっかり慣れてしまった。

 軽い足取りで、ハルトはまっすぐリビングに向かう。


 広い一室だ。革張りのソファセットとセットになったローテーブルには、細い花瓶が飾られている。

 大きな窓からは緑の生い茂る広い庭が見渡せて、日光をふんだんに取り入れていた。

 だが、人の気配はどこにもない。

 最近同居人が増えたはずの我が家は、不気味なほどにしんと静まりかえっていた。


「おーい、帰ったぞー?」


 あたりに呼びかけてみても返事はない。

 おかしいなあ、と首をひねったところで。


「《熾天を覆いし(ゴア)――」


 突然、背後で気配が膨れ上がった。

 ハルトがそちらに目を向けるよりも素早く、それ(・・)は鋭い一撃を放つ!


「――災禍の爪(カラミティ)》!」

「おっと」


 その渾身(こんしん)の攻撃を、ハルトは振り返ることもなく受け止めた。

 右手の人差し指と中指でつかみ止めるのは、細い手首だ。

 細くしなやかな五本の指には、ナイフと見まがうばかりの凶悪な爪が生えている。頸動脈(けいどうみやく)をすこし(かす)っただけで致命傷を負わされていただろう。


 だがしかし、その手は二本の指でつかみ止められたまま、びくともしない。

 ハルトは首を回して、後ろの人物ににっこりと笑いかける。

 

「ただいま、イヴ」

「ううっ……また、勝てなかった……!」


 背後の気配――イヴはその場でがっくりと腰を落としてしまう。魔力をまとった爪はしゅるしゅるとしぼみ、普通の長さに変化した。

 先日ハルトと戦ったときと変わらない出で立ちだがだが、あのときと比べて威厳はみじんも感じられない。背中を丸めて、床にのの字を書く始末だ。


 そんな彼女に、ハルトは軽く手を上げてみせる。


「今日も熱烈な出迎えをありがとよ。しっかしおまえも懲りないよなあ。仮にも捕虜の身なんだし、もうちょっと殊勝(しゆしよう)になったらどうなんだよ」

「うるさい! 好き好んで捕まったわけじゃないわよ!」


 キッと目をつり上げて()えるイヴだった。

 彼女は勢いよく立ち上がってハルトに迫る。


「気付いたときにはもう城からさらわれて、捕虜にされて……挙げ句の果てに、いつの間にかこんな封印までつけられてるし……!」


 そう言って指し示すのは、自分の頭に生える角だ。

 奇妙にねじれた灰色の角の両方に、真っ赤なリボンが巻き付いていた。イヴの瞳の色と同じで、一見するとおしゃれな小物だ。

 しかし、彼女はそれがひどくお気に召さないらしい。


「いったい何なのよ、これは! 力が十分の一も出せないし、千切れないし外せないし……!」

「そりゃ、一級神遺物(アーティファクト)だからな。《神縛の結び目(スターク・バインド)》ってやつ」

「い、一級って……そんなものをあっさり使うな!」


 神遺物(アーティファクト)には細かなランクが付けられている。

 細かい基準があるものの、『それが世界に対してどれだけ脅威となりうるか』がおおまかな指標となる。今回、ハルトが手に入れた《智者の窓》は三級。危険度ゼロも同義のランクだ。

 

 一方で一級といえば、たったひとつだけでも国家間のパワーバランスを逆転させかねない代物だ。

 一般市民なら、目にする機会もないだろう。

 そんなアイテムをつけたイヴをまじまじと見つめ、ハルトは感慨深げにあごを()でる。


「縛った相手の能力を封じる代物なんだけど、さすがは魔王だな。完全には無力化できないか。まあ、どのみちそいつを外せるのはつけた俺だけだから、諦めることだな」

「こっ、このクソ外道……! 鬼! 悪魔! 人でなし!」

「おいおい、ひどい言い草だなあ。おまえは戦争に負けたんだぞ?」


 気色ばむイヴの肩をぽんっと叩き、さわやかに笑う。


「本当なら殺されたって文句を言えない立場のはずだ。それを生かしてやるために、俺があれこれ手を回してやったんだぞ。感謝されても、恨まれる筋合いはないと思うんだけどなあ」

「いや……そもそもあたし、あのとき殺せって言ったわよね? 勝手に生かしておいてその言い草はおかしくない……?」

「あっ、いい感じに誤魔化(ごまか)せないか」

「当たり前でしょ!」


 ばしっとハルトの手をはたき落とすイヴだった。

 そのまま彼女はハルトの鼻先に、びしっと人差し指を向けてくる。


「いいこと、下等生物! あたしたち魔王はね、魔族の中でも選ばれし存在! エリート中のエリートなの! だから大魔神様から領土を預かることができるのよ!」

「ああ、うん。知ってるけど?」


 この世界には魔王が何人も存在する。

 彼らは魔族の王の中の王――大魔神と呼ばれる存在から、さまざまな土地を任され、統治を行う。つまり『王』と名がついていても、領主のような存在なのだ。


 とはいえそれくらい、この世界に生きる者なら当然知っているような常識である。

 今更なにを、とハルトは首をかしげるが、イヴは顔を真っ赤にして叫ぶ。


「あたしは魔王に就任してまだ日が浅いの! ほかの魔王に()められちゃいけない大事な時期なの! それなのに他国の虜囚になるなんて……いい笑いものよ! 先代様や大魔神様に顔向けできないわ!」

「先代はわかんねーけど、大魔神ってここ百年ほど姿を見せてない伝説上の存在だろ。気にしても無駄じゃね?」

「たしかにあたしはお会いしたこともないけど! どのみちあたしのプライドはズタズタなのよ……!」


 肩を震わせてそう叫び、すぐにわっと泣き崩れてしまう。

 ぼろぼろと涙を流すその様は、まさに悲劇のヒロインだ。


「こんな生き恥をさらすくらいなら、あそこで死んだ方がよかったわよぉ……!」

「ふうん、そっか」


 そんな彼女のまえに、ハルトはよいしょとしゃがみこむ。

 そうして、軽い調子で尋ねることには。


「前世のときも、そんな感じで潔く死んだのか?」

「っ……!」

「しばらくごたついてて話せなかったけどさ。あらためて確認させてほしいんだ」


 はっと口をつぐむ彼女の目をまっすぐに見据えて、ハルトは続ける。

 

「本当に、おまえは……地球の日本出身なのか?」

「……そ、そーよ」


 イヴはおずおずと口を開いた。


「日本出身とはいっても、前世の話だけどね」

「それは俺も同じだ。ひょっとして平成生まれか?」

「ええ。そう言うあなたも同世代みたいね……って、まさか」


 そこでイヴは何かにハッとして口をつぐむ。

 あからさま不審な目をハルトに向けて、おもいっきり眉をひそめてみせた。


「まさか、あたしを生かして捕らえたのは日本出身だったから? 同郷だから情けをかけたっていうわけ……? それはそれで屈辱なんだけど」

「うーん、ちょっと違うな。助けた理由はもちろん『日本出身だったから』で合ってるけどさ」


 ハルトは苦笑しつつ、イヴの右手をそっと取る。

 その肩がびくりと跳ねるがおかまいなしだ。ぎゅっと(にぎ)れば、敵意がないことだけは伝わったのか、不安そうな目がこちらに向けられる。

 そんな彼女に、ハルトはまっすぐ告げる。


「聞いてくれ、イヴ。俺には大きな野望があるんだ」

「や、野望……?」

「ああ。そのためには……おまえの協力が不可欠なんだよ」

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