二十八話 料理対決 焼き魚VS煮魚
勝負はシンプルなもの。
互いに魚料理を作り、相手に食べさせる。
お互い実食が終わったあとで、味を審査して勝ち負けを決める。
審査で大もめしそうな予感はあったが、ひとまずこういうルールで始めた。
そして、先攻はハルトだ。
エプロン姿のままで成果を披露する。
「お待ちどおさま!」
ダイニングに並んで座る三人の前に置くのは自慢の料理だ。。
とはいえ料理といってもシンプルなものである。
今しがた捌いて焼いたばかりの焼き魚だ。
大きな七輪の上に乗った四匹はぱりっと皮が焦げていて、じゅうじゅうと音を立てている。
それを見て、アスギルが小首をかしげてみせる。
「なんでちか、この道具は」
「俺の元いた世界の調理道具だ。七輪って言ってな、《智者の窓》で調べたら簡単に作れたんだ」
「へー、炭火焼きなんて本格的じゃない」
イヴも興味津々である。だが、ハルトは首を横に振る。
「いやいや、炭じゃないぞ。それだと煙も出るし扱いづらいからな」
「へ? だったら何で焼いて……」
七輪の中を覗き込んで、イヴが言葉を失う。
中に入っているのは一枚のウロコだった。
手のひら大の大きさで、見るも鮮やかな紅蓮色。
まばゆくも高温の光を放っており、それに炙られて魚たちは芳しい香りを放っていた。
ハルトはふふんと鼻を鳴らす。
「獄炎竜のうろこだ。刺激に応じて高熱を発するんだけど、調整するといい火加減になるんだよな」
「それって魔王ですら手が付けられないほど凶暴な、伝説の魔竜じゃ……」
「ウロコ一枚だけでも、二級神遺物に匹敵すると言われていまちゅね……」
「あ、そうらしいな? いやでも、たいした相手じゃなかったぞ」
「そうなのでちか? 話に尾ひれがついたパターンでちかね」
「だろうなあ。竜って長生きすればするほどうまいのが相場なんだけど、あいつはそうでもなかったから」
「たいしたことなかったって、味の話!?」
「やっぱ聞かなかったことにするのでち……」
どこかあさっての方を見るアスギルだった。
それは放って、ハルトはそれぞれの皿に魚を配膳する。
サンマに似た見た目の魚だ。
味も近く、今の時期は旬のため脂が乗りに乗っている。
焼き魚で勝負に出るなら、これ以外にはないだろう。
「竜の話は置いといて、冷めないうちにさっさと食えよ。あっ、サリアは魚って大丈夫か?」
「う、うん。人魚族の主食はお魚さんなの。感謝して……いただきますなの」
行儀よく手を合わせ、サリアはナイフとフォークを構えてみせる。
「よし。イヴはそっちのすだちと大根おろしも使えよな。はいこれ、醤油」
「ここが異世界だって錯覚する光景だわ……」
醤油の小瓶を手渡せば、イヴはため息交じりに受け取った。
すだち(に似た果物)と、大根(に似た根菜)おろしの準備も万端だ。
皿の端にこんもり盛られた大根おろしに醤油を垂らせば、頂上から鮮やかな赤茶色に染まる。
さながら夕日に照らされる富士山である。
おかげでイヴが箸に手を付けるより先に、ハルトの我慢が切れた。
「ええい、待ってられるか! いただきまーす!」
魚に箸をそっと差し入れる。
皮が割れるさくっという音が耳に優しい。
ほろほろ崩れる身に大根おろしをたっぷり乗せて、小骨も気にせず口へと放り込んだ。
瞬間、ハルトの目の前で高波が弾けた。
(これだ……! この味だよ!)
焼いたばかりの身はまだかなり熱く、舌の上で跳ね回るよう。
七輪で無駄な脂は落ちたものの、それでもまだたっぷりと弾けんばかりの脂が残っている。だが、けっして脂っこくはない。醤油のからんだ大根おろしが魚を包むことによって、さっぱりといただける。
刺身のときとは異なるハーモニーがたまらない。あっという間に一口目が喉の奥へと消えていった。次は大根おろし少なめで、苦い肝の部分をいただこうと箸を操る。しかし、ふとその手がぴたりと止まった。
「あ、おいしい」
「っっっ……!」
おもわずこぼれ出たような、ささやかな声。
はっと顔を上げてみれば、イヴが口元を押さえて、目を丸くしていた。
「お、おまえ、今……」
「なあに、鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔して。お味の感想を言っただけじゃない」
いたずらっぽく笑ってみせてから、イヴは魚を食べ続ける。
その箸さばきは見事なものだった。
あっという間に、皿の上には綺麗な骨だけが残される。
最後にしっかり手を合わせることも忘れない。
「ごちそうさま。今回はちゃーんと素直に認めるわ」
「じゃ、じゃあ……」
「ええ。おいしかった。このまえの卵かけご飯も、お造りもね」
にっこり笑ってイヴは告げる。
とても簡素な言葉だ。このくらいのお世辞は誰でも言える。
だがしかし、その言葉はハルトの胸の奥深くにまでしみこんだ。
まぎれもない彼女の本心なのだと、本能で理解する。
「う、ううっ……」
「えっ、なに、どうし――」
「うおおおおおおお! やった! 俺はやってやったぞぉおお!!」
がたっと席を立って、ハルトは勝利の雄叫びを上げる。
おかげでほかの三人がぽかんとしてしまう。
だが、ハルトはおかまいなしだった。
ぐっとこぶしを握って、胸に湧き上がる思いをかみしめる。
「ついに……! ついに俺の和食を認めさせてやったぞた! 長く険しい戦いだったが……今なら言える! いい、戦いだった……!」
「えっ、なに、泣いてるの……?」
「悪いか! ようやく和食のよさを分かち合えたんだぞ!」
イヴに『うまい』と言わせたかったのは、単純に意地もある。
だが、本音は感想を言い合える仲間がほしかったのだ。
やっぱり食事はひとりより、誰かと一緒に食べる方がいい。
そんなことを涙ながらに主張すると、イヴはますます困ったように眉を下げてみせた。
「なんか、これまで意地張ってごめんなさいね……? ほら、ハンカチ」
「ううっ……すまねえ……つい熱くなっちまった。醤油で魚を食えたせいで、涙腺がゆるんだのかもしれないな」
「醤油にそんな効能はないわよ」
「あたちはもーちょっと塩を利かせてほちいのでち」
「でも、レモンを搾るとおいしいの。こっちの調味料は、なんだかよくわからないけど……」
ハルトがひとり感極まるなかで、アスギルとサリアはもそもそとサンマを食べていた。
やがて涙が収まると、ハルトはいそいそとエプロンを脱いで、それをイヴに突きつける。
「よし、それじゃあ次はおまえの番だぞ。なんかもう目的は達成できちまったけど……煮魚も食いたいからな。勝負続行だ」
「はいはい。焼き魚よりちょっと時間がかかるけど、別にいいわよね?」
「もちろんだ。急がないからじっくりやってくれ。まあ……」
そこでハルトはにやりと笑う。
「この俺の舌を唸らせようと思ったら、百年はかかるだろうが……今日は気分がいいから甘めに採点してやるぞ! 安心して作ってくれ!」
「はあ……殴り飛ばされないことを感謝しなさいよね」
そう言って、イヴはエプロンをひっつかんで台所へと消えていった。
小さく聞こえてくるのは「でも、料理なんか久々やなあ……」というぼやきである。
その後ろ姿を見送って、アスギルが盛大なため息をこぼす。
「はあ……魔王ちゃまもバカの仲間入りでちか……いまだにこの汁の良さがわかりまちぇん」
「だーかーらー、汁じゃなくて醤油だって言ってんだろ」
「しょーゆ?」
「ああ、俺とイヴの前世の故郷が一緒でさ」
かいつまんで説明すると、サリアは目を輝かせた。
「ハルトさんたちの前世の味……サリアも興味があるの。ほかにはどんなお料理があるの?」
「そうだなあ。肉じゃがっていう、肉と野菜を煮込んだ料理とか」
「ひょっとして、それにも醤油を使うんでちか……?」
「当たり前だろうが。醤油は万能調味料だぞ」
「ほんっとーにそれしかないのでちね……飽きたりしないのでちか?」
「いんや、まったく。むしろ食わないと調子が悪くなるし、気分も落ち込むんだ」
「アブナイお薬かなにかでちか?」
訝しげに顔をしかめるアスギルだった。
この場にイヴがいたらきちんと訂正していただろうが、あいにくハルトはそう信じているので特に補足はしない。
一方、サリアの方は興味津々といった様子だ。
「やっぱりそういうの、お母さんの味だったりするの?」
「お母さんの味?」
「わたしのお母様もね、たまに帰ってきて、おいしいスープを作ってくれるの」
「ふーん。サリアとお母さんは、別々に暮らしているのでちか?」
「うん。お母様、世界中のあちこちを飛び回ってお仕事してるから」
「へえ、自慢のお母さんでちね」
「そうなの。」
「いい話だなあ。俺は物心ついたころから、両親なんていなかったから……うん?」
そこで奇妙な空気に気付く。
見ればアスギルとサリアが気まずそうに視線をそらし、口をつぐんでしまっていた。一瞬だけぽかんとしてしまうが、ハルトは慌てて付け加える。
続きは7/7更新予定です。
ブクマに評価、ありがとうございます。他にもぼちぼち書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




