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二十七話 うるわしき魔王陛下の反省会

「でも……あなた、なんでそんな事情がわかったの?」

「そりゃまあ、ひとりだけ様子がおかしかったからな」


 イヴが怪物と戦っている最中。


 人魚たちのほとんどは歓声を送っていたというのに、たったひとりだけ、サリアは真っ青な顔で震えていたのだ。


涙をためた目は、まっすぐ怪物だけを見つめていた。

それはまかり間違っても、己を食おうとする怪物に向けるようなものではなく――。


「だから、ちょっと試してみようとしたんだ。よっぽど魔物が危なくなったら、人魚姫の本音が引き出せるかと思ってな」

「あのとき、あたしの攻撃を邪魔したのも……」

「あのままだったら、おまえが確実に魔物を倒してただろ。だから無理矢理割って入ったんだ」


 それから、盛大な必殺技を打つ前振りをする。

 サリアが止めてくれれば御の字だし、なくても適当に外すつもりだった。


「まあ、サリアが出てこなくても、最終的にはどうにかフォローするつもりだったけどさ……」


 ハルトはにやりと笑って、サリアを見やる。


「勇気を出して、ちゃんと自分の口で言えてよかったろ?」

「っ、うん! ありがとう、ハルトさん!」

「……ふーん」


 イヴが気のない相づちをする。

 そんなことにはおかまいなしで、サリアは興奮気味に続けた。


「お父様がね、にょろ太のこと王宮で飼っていいって言ってくれたの。みんなも、あの子がほんとは怖くないって分かってくれたし……もっとわたし、これからはちゃんと、自分の気持ちを話せるように、がんばるの」

「それだけ話せりゃ十分だろ。人見知りも治ったのか?」

「ま、まだちょっと緊張するの。でも……」


 サリアはもじもじと指先をすりあわせてから、控えめに笑う。


「今までわたし、海の中しか知らなかったの。でも、外にはこんなにいい人がいるって、わかったの。だから……怖がってばかりじゃ、もったいないの」

「うんうん。いい変化だな……って、なに?」

「これも全部、ハルトさんのおかげなの」


 サリアは身を乗り出して、ハルトの手をそっと握ってくる。

 その頬はほのかに赤く染まっていた。


 とはいえそれは気恥ずかしさや警戒心といったものではないようで……熱っぽいため息をこぼしてから、サリアはきらきら輝く眼差しを向けてくる。


「えら呼吸なんかできなくても……好きになっちゃうかも、なの」

「おっ、マジかー。モテる男はつらいなあ」

「でもぉ……」


 サリアは握る手に力を込めて、語気を強めて。


「ハルトさんに、にょろ太みたいな触手があったら、もっとカッコいいと思うの! 実は生えてたりしないの?」

「あっ、そういうのはちょっと専門外かなー」

「ええー、絶対似合うと思うの。生やしたいならいつでも言ってほしいの。お父様に言って、そういう魔法を教えてもらうから!」

「あはは……前向きに検討させていただきまーす」


 そっと手を離すハルトだった。


 美少女に好かれるというのはいつの世も青少年のあこがれだ。

 多少性癖に難があろうと受け止める。


 ただ、ちょっと荷が重い。


「でも、どうしてわざわざ助けてくれたの? ハルトさんにとって、にょろ太はただの魔物なのに……」

「まあ、たしかに美味そうとは思ったけどさ」


 正直、今でもあの触手には未練がある。


 活きもよかったし、さぞかし大量のたこ刺しやらたこ酢、たこ焼きになってくれただろう。


 だがしかし――。


「誰かを悲しませてまで食う飯なんて、うまいはずないだろ。みんな笑顔になるなら、そっちの方がいい」

「ハルトさん……」

「ちょーっと待って欲しいのでち! あたちはこの前、さんざん泣かされたのでちけどー!? そのうえで、卵かけご飯なる奇っ怪なお料理をおいしそーに食べられたのでちけどー!?」

「おまえは人様に散々迷惑かけただろうが。それとこれとは話が別だ」

「ぶーぶー! 差別でち!」


 ふくれっ面のアスギルは放置にかぎった。

 ハルトは背後のイヴを振り返り、不敵に笑う。


「ともかくあのときは勝負が流れちまったが……イヴ!」

「は? なによ」

「ここに、ネレウスのおっさんが送ってくれた海の幸がある!」


 びしっと示す部屋の隅には、木箱がうずたかく積み上げられている。


 中に入っているのは、氷と、採れたてぴちぴちの鮮魚の山だ。

 もちろんタコやイカ、貝なども豊富に取りそろえられている。


 先日のお礼として、人魚族から届けられたものだ。


「これで今度こそ、料理勝負といこうじゃねえか!」

「あっ、まだやる気だったんだ」

「当たり前だろ!」


 釣った魚で料理対決をする。

 先日の戦いはお流れになってしまったものの、ハルトはまだ諦めてはいなかった。


「くっくっく……釣り勝負はまた今度するとして、とりあえず料理対決だ! 見てろよ、俺の絶妙な焼き加減を見せて――」

「もういいわ」


 意気込みを語るハルトだが、イヴはゆるゆるとかぶりを振る。


「勝負なんてしなくても、あたしの負けよ」

「……は?」


 ハルトは目をしばたたかせるしかない。

 しかしイヴはおかまいなしだ。目を伏せがちに、ぽつぽつと語ることには。

 

「ずっとあなたのことが気に食わなかったわ。世界を征服できるくらいのバカみたいな力を持っているくせに、ずーっとヘラヘラして和食和食ばっかりのバカで。正直言って見下していたし、こんなバカに負けたのなんか末代までの恥だって思ってた」

「何回バカって言うんだおまえは」

「でも、違った。バカだったのはあたしだったわ」


 イヴは苦々しげに眉をよせ、ため息をこぼす。


「あなたはあなたなりに考えて、ちゃんと正しく力を使える人だった。それなのにあたしときたら、勝負にばっかり目がくらんで、まわりを見ることを怠った。サリアの大事なお友達まで傷つけちゃったしね」

「だ、大丈夫なの。にょろ太はもうすっかり元気だから。イヴさんは、わたしのことを守ろうとしてくれただけだし……」

「それでも、あたしがバカだったことに変わりはないわ」

「魔王ちゃま……」


 気遣わしげなふたりに笑いかけてから、イヴはあらためてハルトに向き直る。そうして深々と頭を下げた。


「これまでの非礼をお詫びするわ。それで、素直に負けを認め――」

「いや、そういうのはいいから」

「……はい?」


 ばっさり切り捨ててやれば、イヴが目を丸くした。

 アスギルたちも首をひねる。


 いい話っぽくまとまりかけていたのだから、その反応も当然だろう。

 だがしかし、ハルトはソファに腰掛けたままふんぞり返るだけである。


「俺はおまえに『美味い』って言わせたいだけだ。そんな精神性の話なんかこれっぽっちも興味がない。どうでもいいんだよ」

「ど、どうでもいいって……人がせっかく認めてあげたのに、その言い草はないでしょ!?」

「やかましいわ! 俺の人間性が素晴らしいことなんか、この世の常識だろうが! そんなことに気付いたくらいでいちいち報告すんな!」

「人生何周したらそこまで自惚れられるわけぇ!?」

「サリア、このバカはこういう男なのでちよ。いいのでちか、こんなのに好意を寄せても」

「ほわあ……自信満々な男のひとって素敵なの……サリアも見習いたいの……」

「あー。これは重傷でちね」


 アスギルが可哀想な目をサリアに向ける。

 一方、ハルトは立ち上がってイヴへびしっと人差し指を突きつける。真っ向から宣戦布告だ。


「つべこべ言わずにやるぞ! そのために各種調味料を作ったんだからな! 味噌にみりんに料理酒……和食に必要そうなものはなんでもあるぞ!」

「このところ地下室にこもりっぱなしだったのはそのためかー……」


 頭を抱えるイヴだった。

 だがしかし、小さくため息をこぼしたあと――殊勝な表情はなりを潜め、いつもの勝ち気な笑顔が戻ってくる。


「いいわ、そこまで言うなら受けて立とうじゃない」

「よし! 見てろよ、俺の巧みな火加減……見せてやるからな!」

 

 かくして一騎打ちの火蓋が着られた。

続きは7/6更新します。

ブクマに評価、まことにありがとうございます。ほかにもぼちぼち書いておりますので、そちらもお暇つぶしになれば幸いです。

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