↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
24/32

二十三話 波乱の蒼海

「きゃううう……!?」


 ずしゃあっっ!

 水の詰まった袋をおもいっきり叩いたような、鈍い音が響き渡る。

 アスギルがばっと素早く振り返るが、一瞬でその顔から血の気が引いた。


「なっ、んでちかああああ!?」


 海面にそびえるもの。それは巨大な触手だった。

 逆光でシルエットしか見えないが、太さは船の全長をしのぐほどもある。


 それを切り裂いたのは、魔剣エクセラの一撃だ。

 ハルトの愛剣であり、幾多もの刃が繋がった蛇腹剣。


 その刃が勢いよく放たれて触手にまとわりつき、のこぎりの容量で敵を半ばまで断ち切った。

 だがしかし、致命傷には至らなかったらしい。

 次の瞬間、この世のものとは思えないほどの絶叫が轟く。


 |GYOAAAAAAAAAAA《ぎよあああああああああああああ》!!


「っ、アスギル! つかまって!」

「魔王ちゃまあああああ!」


 海が震え、大きな津波が船を襲う。

 イヴがいち早く動き、アスギルを抱えて船の上から飛び降りた。その刹那、船は海に飲まれて海底深くに沈んでしまう。

 あとは静かなものだった。

 触手もどこかに消えて、平穏な海が残る。

 ハルトはそれを、上空に浮かぶ絨毯(じゆうたん)から見下ろしていた。毛足が長い上等な一枚だ。


「ふう、大丈夫か?」

「…………」


 横抱きにした人魚の少女が、青白い顔でこくこくとうなずく。

 そこにイヴが降りてくる。

 背中にはカラスのような漆黒の翼が生えており、力強くはためけば羽が一枚ひらりと落ちる。


「へー。おまえ空も飛べるのか。便利だなあ」

「いや、それはあたしのセリフなんだけど……ひょっとしてこの絨毯も神遺物?」

「そうそう。《あまねく大翼《オーバー・ザ・ワールド》》っていうんだけど」

「知ってる……大魔神様が使っていたっていう、世界中どこでも一瞬で行ける神遺物……」

「そうそう。一応空も飛べちゃう優れものなんだけど……どうせ世界中に行けるなら、ピンクの扉型だったらよかったのになあ」

「どこでもドアじゃないっつーの!」

「まーた前世の言葉でお話しているでち……」


 イヴにしがみついていたアスギルが、絨毯の上によろよろと腰を落とす。

 完全に腰が抜けてしまったらしい。

 静まり返った海を見回して、イヴが目をすがめる。


「それにしても……今の触手はなんだったのかしら」

「さあ。この辺にあんな魔物いたかなあ……」


 ハルトも肩をすくめるしかない。

 以前ひとりで釣りに来た際には、魔物の一匹にも出くわさなかった。


「ひょっとして、きみは何か知ってるのか?」

「…………」


 人魚の少女に問いかけてみるものの、硬い表情で顔を伏せるだけ。

 おかげでハルトは首をかしげるしかない。


「うーん……さっきから全然話してくれないな……」

「公用語が喋れないんじゃない?」

「でちね。海の中に住む種族は、大気中での会話が難しいって聞いたことがありまちゅ」


 そんな話を三人で繰り広げていると――。


「あ……!」


 突然、人魚の少女が海を指さす。

 その方向を見てみれば、海面にはいくつもの影が浮かんでいた。


「姫ーーーー! ご無事でございますかーーーー!」

「お?」




 それから小一時間後。


「うわー。すげえとことだな」

「ふ、ふん。うちの城には劣るけど、まあまあね」


 ハルトたちは、とある場所に招かれていた。

 一言で表すならば、豪華絢爛(ごうかけんらん)な王宮だ。

 床も壁も顔が写りそうなほどにぴかぴかに磨き上げられていて、見上げんばかりに高い天井には、宝石でできたシャンデリアがいくつも揺れている。


 しかも外壁のすべてが大理石……ではなく、珊瑚でできているというから驚きだった。

 その壁に沿ってずらっと並ぶのは屈強な戦士たちである。

 機動性を重視してか鎧は最低限だが、誰もが百戦錬磨の覇気をまとう。そして、みながみな人魚族だった。


 厳格な空気が漂う中、アスギルは王宮の窓をのぞいてはしゃぐ。

 分厚いガラスの向こうに広がるのは、どこまでも続く海底の景色だ。


「魔王ちゃま、見てくだちゃい! お魚がとってもきれいなのでち! 海の底に、こんな大きなお城があるなんて驚きでち!」

「わはは。よろこんでいただけて光栄だ、魔族のお嬢さん」


 王宮の中央。玉座にかけた男性が、ほがらかに笑う。

 恰幅のよい男だ。髪もひげも白く染まっていて、三つ叉槍(トライデント)をたずさえるその様は、体格も相まって海を守護する神を思わせる。


 もちろん彼も人魚族だ。その尾びれは鯨ほどの太さがあった。

 男はあらためて、目の前のハルトとイヴに向き直る。


「よくぞ我が人魚族の城においでくださった。我が名はネレウス。ここの長をしている者だ。そしてこれは我が愛娘、サリアと申す」

「…………」


 ネレウスの足下には、あの人魚の少女がちょこんと腰掛けていた。

 少女――サリアはぺこりと小さく頭を下げる。


「本来ならば、他種族は何人たりとも招き入れぬ掟なのだが……今回ばかりは特別だ」


 ネレウスはにっこりと笑って――ハルトに深々と頭を下げる。


「我が娘の命を救っていただき感謝する、ハルトどの」

「いや、マジでたいしたことはしてないっていうか……」


 ハルトは目を泳がせて、苦笑いをするしかない。

 すると横からイヴがにやにやと耳打ちをしてくる。


「愛娘を釣り上げちゃった、なんて知ったら……ネレウスさん、いったいどう思うのかしらね」

「絶対に言うなよ!? 話がややこしくなるからな!?」

「えー、どうしようかしら」


 悪い顔で笑うイヴだった。さすがは魔王といったところだろうか。

 ふたりこそこそ話し合っていると、ネレウスが愉快げに笑う。

 

「わはは。しかし娘の命の恩人が、まさか熾天王様のお連れとは。世の中は思った以上に狭いようだ」

「あら? あたしのことを知ってるわけ?」

「当然であろう。数十年前、貴殿の戴冠式でその末席を汚させてもらったゆえ」

「っ……本当ですか!?」


 そこでイヴの顔色が蒼白となる。


「えっ、待って。ここってうちから南東の方角よね……そこにある人魚族の集落の長って……まさか、神雷(じんらい)のネレウス様!?」

「いかにも。そう呼ばれることもあるな」

「ひいい! そ、そうとは知らず失礼な口を利きました……! すみません!」

「いやはや、覚えておらずとも無理はない。貴殿のお目にかかったたのは、あれが最初で最後だからな」


 ぺこぺこ頭を下げるイヴに、ネレウスは鷹揚に笑ってみせる。


「我が領海は熾天領やハイニック皇国に隣接しておるが……知っての通り、付き合いは最低に止めている。この百年では、貴殿の戴冠式以外にやり取りはなかったのではないかな」

「へー、さすがは他種族嫌いで有名な人魚族っすね」

「こ、こら! あなたも口の利き方に気をつけなさい!」


 イヴが泣きそうな顔でハルトの胸ぐらを掴んで叫ぶ。


「神雷ネレウスといえば、世界中の海に顔が利って言われている大物よ! あたしは先代様から『決して怒らせるな』って、散々言われてきたんだから!」

「いや、そんな大物の顔も覚えてなかったのかよ、おまえ。そっちの方がどうかしてるんじゃね?」

「ぐううううう……! せ、正論で殴ってくるんじゃないわよ!!」

「ははは! 人間のくせにたいした器だ」


 ネレウスは膝を叩いて笑う。気分を害した様子もなく、むしろ上機嫌がとどまるところを知らないようだ。


「貴殿は面白い男だな。もし貴殿がよければ、我が娘の伴侶に迎えても悪くは……む?」


 そこで、サリアがちょんちょんと父の膝をつつく。

 そのままぼそぼそと耳打ちすれば、ネレウスは困ったように眉をひそめてみせた。


「すまぬ。娘が『エラ呼吸のできない殿方はちょっと……』と難色を示しておる。この話はなかったことにしてほしい」

「あっ、はい。そっすか」


 おもわず真顔で返してしまうハルトだった。

 美少女から袖にされるのはショックなことだが、理由が理由なのでどう受けていいものか困ってしまう。

 ネレウスは苦笑して、サリアの頭をわしわしと撫でる。


「このとおり、娘は内気な性格でな。わし以外の者には声さえ聞かせようとはしないのだ」

「ふーん。話せないんじゃなくて、ただシャイなだけなのか」

「っ…………」


 ハルトが目を向けただけで、さっと玉座の陰に隠れてしまう。こっそりこちらを窺(うかが)う瞳は揺れていて、まるで生まれたての子鹿のようだ。


「でも、どうしてあんな場所にいたんだ? あそこはハイニック皇国の領海だぞ。ひょっとして迷子になったとか?」

「…………」


 サリアの顔がすこし曇る。

 それに、ネレウスがため息交じりに答えた。


「……我が娘のこと。きっと我が身ひとつで、怪物を鎮めようとしたのだろう」

「怪物ってまさか……あの触手か?」

「うむ……思い違いでなければ、貴殿らが遭遇したのもアレだろう」


 アレ、という一単語。

 たったそれだけで、居並ぶ兵士たちが一斉に顔をこわばらせた。

 あちこちから聞こえてくるのは「またあいつか……」「とうとうハイニック皇国側にも出たというのか」「やはり早急に手を打つ必要が――」といった不穏な会話だ。

 おかげで、呑気に外を眺めていたアスギルも不思議そうな顔をする。


「なんでちか、急にシリアスムードでちね。そんなに手を焼いているのでちか?」

「さよう。アレは近頃、我らが領海を荒らしている化け物でな。魚を大量に食い荒らし、サンゴ礁を破壊するなど……やりたい放題で」


 そうしてネレウスは、陰に隠れたサリアを見やる。

 その目にうかぶのは長としての厳格さなどではなく、ただひたすらに娘の身を案じる憂慮の色だ。


「しかも……それがどういうわけか、我が娘に執心しているようなのだ」

「あ、あの触手が、お嬢さんを……?」

続きは7/2更新予定。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。