十四話 決着
「おっと」
スライムが雪崩のように襲いかかり、ハルトを頭から飲み込んだ。
屋根の上からフレドリカの悲鳴が響く。
「くっふっふー! それはあたちが品種改良した粘菌でち! あらゆる攻撃を無効化し、取り込んだものをじわじわと溶かち殺ちゅという……えっ?」
得意げなアスギルの口上が半ばで途切れると同時、巨大スライムが光を放って膨れ上がっていく。
次の瞬間、風船が割れるような音とともに爆散。あたり一面に破片がまき散らされた。
地面も建物も、どこもかしこも緑に染まる。
ヴァレリーがとっさに障壁を張ったおかげか、屋根の上の三人は無事だったらしいが、兵士たちが逃げた方角からは悲鳴が届く。
一方、ハルトはぴんぴんしていた。
顔をしかめて、剣に付着する破片を振り払う。
「うげえ、やっぱ汚いな……帰ったらいの一番に風呂入ろ」
「いっ、いったいなんなのでちか! おぬちの力は!?」
「うーん、簡単に説明するとだな」
わなわな震えるアスギルへ、ハルトは朗らかに騙る。
「まー二年くらい前になるのかな? ちょっといろいろあって、とんでもねー化け物を倒さなきゃいけなくなったのよ」
「そ、それがどうしたというのでち! あたちだって……百年を生きた魔族なのでちよっ!!」
アスギルが帽子を投げ上げる。
そこから生じるのは無数の鎌だ。緑と赤紫が混じり合ったその凶器は、色濃い瘴気を放っていた。
それがおおよそ百あまり。
ひたりとハルトに狙いを澄まし――刹那の後に射出される。三百六十度、包囲網に隙はない。
だが、ハルトは悠然と構えたままだ。
「ま、そいつら不死身も同然でさ、それまでの俺の技術じゃ全然太刀打ちできなくて。だから俺は……」
「っ!?」
剣を中段に構え、軽く揮う。
するとその瞬間、刀身から光が伸びて四方八方に襲いかかった。
その正体は、幾重にも折りたたまれていた刃である。
ズガガガガガガガガガガガガ!!
破砕音の重奏が轟く。降り注ぐ欠片の間をすり抜けて、刃はやがてアスギルの眼前に迫り――。
「ひっ……!?」
その数ミリ先で、ぴたりと止まる。
凍り付くアスギルに、ハルトは剣を構えたまま笑いかける。
「このとおり。どんな物でも終らせる技を会得した」
万物は様々な原子とマナ、そのほかの要素が集まって構成される。
それらは極めて絶妙なバランスで積み上げられた、寄せ木細工のようなものだ。
たいていの衝撃では崩壊しない。だがしかし、どんなものにも完璧なものはありえない。必ずどこかに、崩壊を招くような脆弱な箇所が存在する……ハルトはそう仮定したのだ。
かくして血のにじむような努力の結果編み出したのがこの剣技。
命のあるなしに関係なく、等しく終わりを与える一太刀だ。
どんな生物――怪物だろうと細菌だろうと――殺すことができ、どんな得物も破壊できる。
「神遺物の力を封じる。たしかにそいつはすごい切り札だ。でも……敵自身が馬鹿みてーに強かった場合、何の意味もない。そうだろ?」
「ぐぐぐっ、こ、こうなったらぁ……!」
「おっ?」
アスギルが吠えると同時、ハルトの背中に衝撃が襲う。
しかし痛みはなかった。かわりにどろりとした粘菌が、すばやく四肢を拘束する。
「くっふっふー! 剣が使えなければどうすることも――」
「《火円》」
ぽつりとつぶやくのは、初級火炎魔法。
手のひらサイズの火球を生み出す技である。
しかし、たったそれだけでハルトの体を巨大な業火が包み込む。
粘菌は断末魔すら上げずに炎に包まれて焼き尽くされるが、ハルト自身は火傷ひとつ負わなかった。
菌には熱が有効。どこの世界でも共通することだ。
「悪いが魔法も多少は使えるんだよな」
「詐欺じゃないでちかーーーーーーっっ!」
絶叫するアスギルだった。
それをイヴは屋根の上から見ながら「わかるわかる。あたしも思ったし」と重々しくうなずいてみせる。
「詐欺って言われても。俺が努力した結果だし?」
そもそも神遺物に頼りすぎるのはいただけない。
今回のように力を封じられることもあれば、最悪奪われるケースもある。
自分である程度戦えるように力を付けておくのは極めて合理的な選択だ。
野望を叶えるためなら、その程度朝飯前である。
「まあ、そういうわけで。おまえに恨みはないんだけどさ……」
「ひいいいっ!? く、来るなでち!」
炎をまとったままゆっくり歩み寄っていけば、アスギルが悲鳴を上げる。
そのついでとばかりにナイフを無数に飛ばしてくるが、魔剣エクセラをふるってそれらを正確に弾き飛ばし、粉砕し、ハルトの足取りは変わらない。
ついでににっこり微笑んで――宣言する。
「とりあえず反抗する気もなくなるくらい叩きのめさせてもらってから……そのあとはお楽しみタイムだ。誠心誠意、俺の野望に協力してもらうぞ」
「いったいなんの話でちか!? ちょっ、ほんとに待っ…………いっ、いやああああああ!!」
「相手とタイミングが悪すぎたわねえ……」
アスギルの断末魔が轟く中、イヴはため息をこぼしてみせるのだった。




