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十二話 死風

「ぴぎーっっ!!」


 その声に応じるようにして、スライムたちが空へと高く跳躍する。

 敵は複数。ハルトは臆することなく剣を抜こうとするのだが――。


「はっ、これくらい俺の剣で……って、え?」


 パアンッ!

 

 おもわず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 なにしろ飛び上がったと思ったスライムが、落ちてくる前に中空で爆発四散したからだ。光をまとった欠片が四方八方に降り注ぎ、地面に吸い込まれる。


「除式、展開!」


 アスギルが高らかに詠唱する。

 その途端、地面がまばゆい光を放った。

 瞬く間に広がるのは、葉脈のような模様だ。

 それが見渡す限り、地面や家屋の壁にくまなく刻まれている。


「な、なんだ……?」

「くっふっふー。これこそが、あたちの最終兵器」


 アスギルは勝ち誇ったように笑い、びしっと告げる。


「ずばり、神遺物の力を封じる結界でち!」

「はあ……!?」


 ハルトは剣をかざしてみせる。特級神遺物、魔剣エクセラ。

 常時ならば、ただそれだけで剣自身に莫大な力が宿るのだが……今はぴくりとも反応しない。


「うわ、マジだ……禁じ手にもほどがあるだろ……」

「でも、もって五分の術なのよ」


 イヴがため息交じりに答えてみせる。


「本来なら神遺物に流れるはずだった力を、周囲の結界が吸収してしまうの。だからどんなにすごい神遺物でも無効化できてしまう。持続時間は短いけど、あの子の切り札のひとつよ」

「そのとおり! なにしろ魔剣士ハルトが神遺物を大量に所持しているというのは調査済みでちからね!」


 アスギルはびしっとハルトに――その腰にさがった剣に、人差し指を向ける。


「その剣も神遺物なのでちょう! メインウェポンを封じられれば、いかに名高い戦士だろうとヒヨコも同然! 脆弱な人間の魔力では、あたちに勝てるはずがありまちぇんからね!」

「ちっ……面倒な」


 ハルトは舌打ちするしかない。

 

 この世界の魔法原理はシンプルだ。

 魔力を用いて空気中にただようマナを集め、奇跡を起こす。

 誰でも学べば使えるようになるため、初歩魔法なら子供でも扱えるほど身近なものだ。


 しかし種族ごとに魔力量の格差が存在する。

 魔族の平均魔力量を百とすれば、人間は十にも満たない。ゆえに人間が魔族に立ち向かおうと思えば、それを埋める力――神遺物のようなものが不可欠となる。


「恐るるに足らず! あたちの敵ではありまちぇん! そういうわけでぇ……」

「くっ……! みんな! 風上に避難して!」


 イヴが切羽詰まった声で兵士たちに叫ぶ。

 それとほぼ同時、アスギルは己の帽子をかざしてみせて――。


「みーんな溶けて、ぐずぐずのドロドロになるのでち! 《腐死嵐(ロツテン・ストーム)》!」


 瞬間、帽子の内側から緑の風が吹き出した。ふんわりとあたりに広がるその風は無臭で、一見すると無害なものなのだが――。


「ぎゃあああ!? と、溶けるううう!?」


 あちこちで悲鳴が上がった。

 兵士たちの持っている武器や盾、鎧などが緑の風に触れた瞬間、まるで飴のように溶け始めたからだ。あたりには緑の風が満ち始め、めいめいがそれらを投げ捨てて一目散に逃げていく。


「おっと、これはマズい」

「きゃっ!?」


 イヴを抱えて、ハルトは家屋の縁などを上手く伝って屋根を目指す。


「逃がすものでちか……! 《灼爛刃(ロツテン・ブレイズ)》!!」


 アスギルが帽子を揺すれば、ぼろぼろと落ちてくるのは真紅のナイフだ。周囲の空気を歪ませるほどの瘴気を放つそれらを、ハルトめがけて投擲する。ものは小さいが、緑の風の件がある。掠っただけでもどうなるか予想もつかない。

 しかし、ハルトが対処するまでもなかった。


「我が手で築くは加護の障塞!」


 厳かな声が響き、光の壁が広がって刃のすべてを弾き飛ばした。

 それと同時にハルトたちは屋根へとたどり着く。


 ちょうどそこにはフレドリカがいて、彼女を庇うようにしてヴァレリーが障壁に手をかざしていた。 そんな彼に、ハルトはぐっと親指を立ててみせる。


「ナイスタイミングだ。ありがとよ、ヴァレリーさん」

「礼はいい……! 早くあれをなんとかしろ!」

「きゃふふふふ! 無駄なあがきがいつまで持つでちかねえ!」


 アスギルの猛攻は止まらない。雨あられと降り注ぐ刃を前にして、フレドリカもさすがにカメラを構える余裕がないのか、青い顔でうろたえる。


「あわわ……! こ、これはさすがに大ピンチですよ! いかがいたしますか、ハルト様!」

「うーん……手がないわけじゃないんだけど」


 地表に満ちる緑の霧と、己の剣をハルトは真剣に見比べる。

 そうして重いため息をこぼしてみせて――。


 「これ、俺の愛剣でさ。長年使ってるもんだから手に馴染むのよ」


 剣をくるりと回せば、いつもの重さが手のひらに心地よくのしかかる。

 この剣を手に入れてそこそこ長い。今ではもはや自分の一部と呼んでも差し支えがないくらいだ。


「だからたまに包丁がわりに野菜とか肉とかこいつで切ってるんだけど……そいつで鉄を腐らせるような敵に挑むとか、ちょっと不衛生で遠慮したいかなって」

「そんなことを言っている場合か!?」

「な、なるほど……! ヒーローは食を大事にする……物語のお約束ですね! さすがはハルト様です!」

「騙されないでください陛下! そもそもそんな剣で調理をする方がおかしいのです……!!」

「やっぱ変態じゃない……まあ、あの風に触りたくないって気持ちはわかるけど」

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