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十一話 衝突

 しんと静まりかえった、そんな中――小さなため息が落ちる。


「だから言っただろ。やめとけってさ」

「なっ……あ……!?」


 轟、と(うな)りを上げて、烈風が砂塵を吹き飛ばす。

 そのあとに立っていたのはハルトだ。


 アスギルが投げたナイフを片手でもてあそびながら、悠然と立っている。

 そのすぐ後ろで尻餅をついたイヴは、ただただ目を丸くするばかりだった。


「きゃーーー! カッコいいですハルト様! あっ、目線はくださらなくてけっこうです! どうか自然体で! かつての敵を庇って立ち向かうなんて、最高のシチュエーションですわー!」

「いけません陛下! 危険です!」


 歓声を上げるフレドリカのことを、ヴァレリーががしっと羽交い締めにして避難させっていった。

 それを横目に見やって、アスギルはハルトをねめつける。


「ハルト……では、おぬちが噂の魔剣士でちか」

「どんな噂かは知らねーが、ハルトは俺だ」

「ふうん。ずいぶん貧相な見た目でちが、なかなかやるようでちね」


 ハルトの頭の先からつま先までを値踏みするようににらみ、アスギルは口を三日月の形に歪めてみせる。


「ですが、あたちの敵ではありまちぇん。魔王ちゃまもろとも、この場で葬って――」

「ちょっ、待っちなさい!」


 にらみ合うふたりを遮るようにしてイヴが叫ぶ。


「い、いったいどういうこと!? なんでアスギルがあたしを攻撃するわけ!?」

「決まっていまちゅ。下剋上でちよ」

「下剋上ぅううう!?」


 イヴは裏返った悲鳴を上げて、わなわなと震える。

 そんな彼女を横目で見遣り、ハルトは肩をすくめるだけだ。


「やっぱ気付いてなかったか。こいつ、最初からおまえへの殺気全開だったぞ」

「ぐっ……知らないわよそんなの! この呪物を付けられてから、勘が全然働かないんだもの!」

「くっふっふー、イヴ様が弱体化したというのはどうやら本当のようでちね」


 ゆらゆらと体を左右に揺らしながら、アスギルは肩を震わせて笑う。

 出で立ちとあいまって、コミカルな所作である。


 だがしかし、その身から迸る殺気はひどく熾烈なものだった。

 初春の時期にそぐわない生ぬるい風が吹き始め、あたりには息が詰まるような閉塞感が満ちていく。


「今のイヴ様からは、いつものような膨大な力が感じられまちぇん。これならあたちにも勝算がありまちゅ。魔王の座……明け渡していただきまちょーか」

「そんな、どうして……! あたしたち、あんなに仲がよかったじゃないの!」

「たしかに、魔王ちゃまには大恩がありまちゅ。でちが……」


 アスギルは鋭い犬歯をのぞかせて、にたりと笑う。


「この世に生まれたからには頂点を目指す。それが我ら、魔族のあり方でち。道義も恩義も二の次。だから、悪く思わないでくだちゃいね」

「くっ……たしかに魔族としては百点満点でしょうけど!」


 魔族社会は顕著な実力主義だ。

 今の魔王を討ったとなれば、問答無用で次の王座が待っている。

 ゆえに、年がら年中あちこちの領土で下剋上や跡継ぎ問題が勃発する。


 現魔王が弱っていると聞けば、当然その首を取ろうと画策する者が出るのも当然の話。

 だが、イヴはびしっとアスギルに人差し指を向けるのだ。


「大昔、あなたがほかの魔族に虐められているところを助けてあげたのはどこの誰!? ひとりじゃ寂しいって泣くあなたに添い寝してあげて、おねしょしちゃっても笑って許してくれたのも、いったいどこ誰だったかしらねえ!?」

「なっっっああああああ!? そ、それはあたちが小さい頃の話じゃないでちか! 昔のことを持ち出すのは御法度でち!」

「そんなルール知らないわよ! あのときのシーツもパジャマも、みーんなあたしが洗ってあげたんだけど!? なにか言うことないわけ!?」

「うるちゃいうるちゃいうるちゃーーい! もう時効でち!」


 目に涙をためて、真っ赤になってアスギルは叫ぶ。

 シリアスな空気が一瞬で霧散した。

 

 おかげで経緯を見守っていた兵士たちが神妙な面持ちで目配せし合う。「百合の波動を感じる」「しかも元おねロリだぞ」「いい……」。ただし、聞こえてくる会話はどこか絶妙にずれていた。


「ううう……乙女の秘密を、こんな大勢の前でバラすなんて……も、もう許ちゃないでち……!」

 

 ぷるぷると震えながら、アスギルは地面をだんっと蹴りつける。

 それを合図にしてスライムたちが動き始めた。

 一定のリズムで体をくねらせるにつれ、その体は薄い光をまとっていく。どうやらそれが彼らの臨戦態勢らしい。


「絶対に容赦はしないでち……! じわじわとなぶり殺しにちてやるのでち!!」

「くっ……! 緊急事態だわ! あたしの封印を解いてちょうだい!」

「いや、無理だぞ。解くのに半日はかかる代物だからな」

「ほんっとに面倒なものをつけてくれたわねえ!? いつもの力なら、あの子くらい片手で捻れるのに!」

「まあまあ、無理すんなって」


 唇をかみしめるイヴの肩を、ハルトはぽんっと軽く叩く。


「ここは俺に任せとけよ。おまえのかわりにさくっと制圧してみせるから」

「あなたに借りを作るつもりはないわ! そもそも、さっきだってなんで助けたわけ!? あたしを助ける理由なんて何もないでしょ!」

「理由? もちろんあるぞ」


 ハルトはあっけらかんと笑う。


「おまえが弱体化したのは、俺が使った神遺物のせいだ。だったら俺が身の安全を保証して当然だろ。それに、おまえは俺にとって大切な……」

「なっ……た、大切な……?」


 ごくりと生唾を飲み込むイヴの手をにぎり、ハルトは心を込めて告げる。


「大切な……和食の味見要員だ!」

「アホか!! あんたほんまにそれ以外に言うことないん!?」

「まあ、そりゃ俺のアイデンティティだし。つーか気になってたんだけど、前世って関西出身? 俺は関東出身なんだけど――」

「っっ、そんなこと今はどーでもいいわよ! あっち! あっちもう完全にやる気満々だからね!?」


 イヴが叫ぶ中、アスギルがついに鬨の声を上げる。


「さあ! 行くでち! 我が忠実なりし……除式獣(エリミネーター)よ!」

続きは6/22更新予定。戦闘パートが無駄に長くなったので、明日は何回か投稿します。

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[気になる点] この世界の兵士はオタクしかいないのか...なんて素晴らしい世界なんだろう...
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