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008 王都脱出に向けて

 目が覚めると昼過ぎだった。随分と長く寝たと思う。アーニャは余裕そうに見えたけど、知らない王宮外の行動にはかなり疲れたんだろう。隣のベッドで面白い寝相を見せつつまだ寝ている。

 しかしなんだこの寝相、なんて表現すればいいんだ? 赤ちゃんがうつ伏せに寝たような姿勢で、尻を上にプリっと突き出したような恰好だ。大きな尻から目が離せない。堀を泳いだ時と同じ黒いTシャツと短パンという体操服みたいな姿だが、その魅力減衰効果がまるで発揮されていない。

 顔を見ると相変わらずの美少女だが親指を咥えてるぞ。20歳になって指しゃぶりかよ! でもアーニャって15歳でこの世界に来たってことだし、しっかりした体育会系に見えて実は中身は幼かったりするのか? 両親と離れてる寂しさで幼児退行しちゃってるのか?

 そんな心配をしてると、目が覚めそうなのかモゾっと動く。その動きに合わせて尻がプリンと揺れる。


 ……揺れる……動くたびに……揺れる……プリンと……


 俺は静かにベッドを離れ足元側にあった椅子へと座った。うん、ここからの眺めが最高だ。もちろん景色の話だ。カーテンは閉まってるが、景色の話だ。

 不思議だ、あんな強烈な突き蹴りを放つ、ほぼ全身凶器のアーニャなのに、この尻はなんでこうも柔らかそうに揺れるんだ。

 今、この瞬間、この難問は俺的最大の解決すべき問題となった。


「むにゃ……ん……あ、おはよー」


 時間を忘れて景色を見ていた俺は、過去にないほどの反射神経で目を逸らす。俺はちゃんと窓の方向に向かって座っていたからな。カーテンも遮光用を開けレースにしている。ぬかりはない。


「あ、おはよう、よく寝てたね。って俺もさっき目が覚めたよ」


 そう言いつつアーニャへ顔を向ける。大丈夫、とても自然な朝の挨拶だ。アーニャは俺に背を向けた角度でベッドに女座りとなり目をこすっている。その仕草が普通に可愛い。今頃になってスタイル抜群の美少女と同じ部屋で夜を過ごしたことを意識する。まぁ寝てただけだし、夜じゃなく午前中なんだけどね。やっぱり昨日は疲れてたんだな。寝る時はそんなこと全く意識しなかったよ。

 

「よし、顔洗ってくる!」


 アーニャが軽く気合を入れ、クルっと回転しベッドから足を下す。それを見ていた俺は、また神がかった反射神経で目を逸らす! シャツがめくれ上がってますよアーニャさん! 片方出てますよ! きっとロシア製です。日本でそのサイズはなかなか見れませんから! 


「ん?……あ、ごめん……へへ……なんか目が覚めるといつも乗っかっちゃってるんだ」


 シュ……シュル


 アーニャも気付いたのかTシャツを整えている音がする。

 でしょうね、乗っかりますよね、乗っかるようにできてますよね、アーニャさんのは! でもそうできてない人も多いから、同性の前では言わない方がいいですよ。

 俺は心の中だけでアドバイスした。


「いや、大丈夫、俺、看護師やってたし、そういうの大丈夫だから」


「うん、ありがと」


 何を言ってるんだ俺は、何が大丈夫なんだ、自分で言ってることの意味がわからない。まぁアーニャにはなんとか俺の誠意が伝わったようだから良しとしよう。酔っぱらい変態騎士と同列には扱われたくないからな。




-----------------------------------------




 俺とアーニャは顔を洗いスッキリしてから昨晩イメルダさんと話した応接室に向かった。応接室は俺たちが自由につかって大丈夫なギルド長のプライべートエリアだ。テーブルにはパンと干し肉とサラダ、更には何かの果物ジュースまでもが置いてあり「これを食べてね」とメモが添えられていた。


「やった! やっとまともな食事ができる!」


「あ、そっかアーニャって俺よりも長く牢にいたもんね。ずっとパンだけだったの?」


「そうよ、あの質の悪いパンばっかりで、本当に辛かったんだから」


「あれは美味しくないよね、俺だけ途中で一度まともな食事がとれて申し訳なかったよ」


「気にしないで」


 アーニャの食欲はなかなか旺盛だ。パンも干し肉も二人で食べるには十分以上の量があったが、俺が普通に食べたあと、余ったパンも干し肉も全てアーニャの胃袋へと消えた。


「ふぅ……満足」


 そっか、この食欲があの全身凶器の筋肉とナイスバディーを支えてるんだなって、いかん! 俺の思考が全てそっちにもっていかれている。イメルダさんに考えておけって言われたことがあるだろ。このピンク色になった脳みそをなんとか修正しなくては。


「アーニャ、これからどうするのかは考えてるの?」


 俺は頭を強制的に切り替えアーニャとこれからの相談を始めた。


「うーん、急に牢に入れられて選択肢もなくここまで来ちゃったけど、ずっとイメルダさんに世話になるわけにもいかないし……」


「アーニャはお父さんとお母さんを探しに行きたいんだよね?」


「それはもちろんよ、だけどよく知らない異世界をいきなり旅できるとも思えないし、多分私たちって追われることになるよね」


「あ、そうか、逃げ続けることになるのか」


「いっそ一気にアルドラ皇国まで逃げれば、追手のことは気にしなくて良くなるかも」


「そこまで行ければ追ってはこないかもね、でも道も距離も全然分からないよ?」


「そだよね……うーん、どうしたらいいんだろう」


 選択肢は少ないな。どちらにしても追われる身なんだから王都からは早く離れた方がいいと思う。だけどその方法が問題なんだよな。土地鑑もなく運任せで逃げ切れるなんて思えないし、そんな生活を現代日本でぬくぬく生きてきた俺にできるか? うん、厳しいかも。


「名前……名前だって変えないと、私はこの世界でもたまにある名前らしいけど、ケンジって名前はこの世界じゃないんじゃないかな。もし警察ドラマみたいにホテルのチェックインとかから人探しできるなら、今の名前じゃ簡単に見つかっちゃうよね」


「アーニャって名前、たまにある程度だったら、やっぱり見つかりやすいんじゃない?」


「そうね、その辺りはイメルダさんに聞いてみようかな。この名前、好きなんだけどな」


「アーニャ、いい名前だよね。偽名か……どんなのにしたらいいんだろう」


  さて、どうしたものかな。逃げるにしても今の俺たちのこの世界に対する知識じゃ厳しい。アーニャの両親を探すにしても同じ理由で簡単な話じゃない。


「ケンジはどうしたいの? やっぱり元の世界に早く戻りたいって思ってる?」


「え?……あれ……俺、そんなに急いで戻りたいって思ってないみたいだ。今までほとんどそれを考えてなかったよ。なんでだろ……意外とこの世界を楽しんでるのかな」


「……フフ……ケンジ面白い! 召喚されてから結構大変な目に遭ってるのにね」


「ほんとだね、あれかな、結構仕事疲れしてたから、この圧倒的に新鮮な環境に案外救われてるのかも。それに辛いっていってもこの世界に来てすぐにアーニャに会えたしね。孤独な思いをしなくて済んだってのも良かったのかも!」


「じゃぁ私も少しは役に立ってるね。喘息でお世話になってるから、私もケンジの役にたってて嬉しいよ」


「なに言ってんだよ。アーニャが居なかったら牢屋からの脱出なんてできなかったし、恩があるのは圧倒的に俺だよ。つか俺、1人でやっていける気がしないし、この先もアーニャの世話になることばっかりだと思うからよろしくね」


「私もケンジと一緒に行動するつもりよ。数少ない信用できる相手だし、回復魔法以上に喘息を治せる人なんて絶対いないもんね」


「じゃぁお互い様だね」


 信用できる仲間か……よし、朝みたいなのは控えよう。まだ薄っぺらな信用が吹き飛んでしまいそうだ。


 その後俺たちは、考えても答えのでない問題は先送りにして、自分たちの偽名をどうするかを考えてイメルダさんを待った。

 イメルダさんは応接室へ何度か顔を出してくれたが、なかなか多忙なようで、結局ゆっくり話せるようになったのは日が沈み町の明かりも消えた夜中だった。




---------------------------------------





「どうだい、色々相談できたかい?」


「はい、でも私たちだけでは判断できないことばかりで、イメルダさんにアドバイスがもらいたいです」


「ああ、それが私の役目だ。なんなりと聞いてくれ」


 イメルダさんは昼間忙しそうに働いてたのに、嫌な顔一つせず対応してくれる。アーニャの両親のお陰だな。いつか会えたらしっかりお礼を言おう。

 アーニャが俺と相談した中で判断できなかったことを色々聞き始めた。


「脱獄してきた以上、追われる身になるのは間違いないんで、この王都からは離れたいんですけど、その手段がさっぱり分かりません。あと、そんな生活をなりたたせる方法も知りません。正直考えれば考えるほど分からないことだらけだって分かりました」


「そうだな、君たちは王宮の中か牢の中しか知らないんだったな……」


 そう言うと、イメルダさんはしばらく考え込む。


「よし、君たちは冒険者になるんだ。そして護衛任務を利用して移動する。それの繰り返しで王都から離れつつ、この世界のことを学ぶといい」


 出された答えは、冒険者として生きていきつつこの世界を学ぶというものだった。

 それしかないよね。俺もなんとなくそう思ってた。根拠はないけど異世界物のストーリーじゃ定番だもんな。それにアーニャの戦力があれば護衛の役目は果たせるだろうし、俺だってスキルで援護できる。今できることを最大限に活かすことを考えたら答えがそうなるのはなんとなく予測できた。


「それがいいかも」


「それしかないよね」


 アーニャも同じ結論みたいだ。


「アーニャは騎士3人と同時に勝負できるほど強いし、俺もスキルで援護ならできる。今できることを考えたら護衛しながらの移動は稼ぐこともできて一石二鳥だと思う」


「一石二鳥か……なつかしいな。その言葉、マクシムからも聞いたことがある。君たちは本当に異世界からきたんだな。知ってても不思議な気分になるよ」


 こうして俺たちの今後の方向性が定まった。イメルダさんはそれに対して、必要な情報はもちろん、冒険者としての装備やある程度の費用、そして冒険者としての登録など多岐にわたって協力を約束してくれた。


「そうなると、まずはギルド登録なんだが、君たちの名前はそのまま登録できないぞ、ケンジはもちろんアーニャだってこの世界じゃ珍しい名前だからな。偽名を明日までに考えておいてくれ」


「へへ、それはもう考えてます!」


「今日の昼、その話になって二人で考えました」


「そうか、準備がいいな。ちゃんと考えてるようで少し安心したよ、でどんな名前だ?」


 俺はありふれた名前にした方がいいだろうって考えた。そしてできれば今の名前に近い方が親しみがもてていいかなとも思った。だからアーニャに聞いて、王宮にも居たという珍しくなさそうな名前を候補にしていた。


「俺は、ケインにしようかと考えてます。アーニャに王宮でもこの名前の騎士が居たって聞いたので、この世界で珍しくない名前なんじゃないかなって」


「そうだな、珍しくないどころか、よく見かける名前だ。いい選択だとおもうぞ」


「よかった、じゃぁそれにします」


「私のアーニャはやっぱり変えた方がいいですか?」


「そうだね、アーニャは聞いたことはあるけど、滅多にない名前だとおもうぞ。逃亡には向いてないな」


「そかー、じゃぁ「ア」から始まる今の名前に近いこの世界で珍しくない名前ってどんなのがあります?」


「アイリーン、アマンダ、アルマ、アナスタシア、アズーリ、アセリオ、アテナ、アニータ、アノン、アメリア、すぐ思いつく名前はこんなかんじだな」


 なんだ、結構元の世界と共通するような名前が多いんだな。アーニャがたまたま珍しいだけか。


「うーん、色々あるけど選べない、長く使う偽名だろうし、どうしよう。ケンジはどれがいい?」


「え? おれ? えーと、アーニャって凄く力強いイメージだし、アセリオって薬の名前にあったからなんか違うし、アニータって、なんか暗殺者の映画でそんな名前なのがあった気がするからイメージ違うな。アナスタシアってのはロシアの歴史上の人がいたけど、あの人って早死にだったよな」


「ははっめっちゃ悩んでるし! 名前を呼ぶのケンジなんだから、もう呼びやすいやつ選んじゃってよ」


「え? 俺が決めるの? 責任重大だな、んん……どうしよう……よし決めた。アマンダでどうかな。変に結びつくイメージがないのがいい。何かに結びついちゃう名前ってしっくりこないような気がする。ちょっと強そうな響きもいいと思う。あと呼びやすい!」


「アマンダね……力強いイメージか……強そうな響き……あのねケンジ、もっと可愛いとか優しいとか女性の名前なんだからそういう選択がしてほしかったな……」


「え! ごめん、そんなつもりじゃないんだ。アーニャは凄く可愛いと思うし綺麗だよ。だけどその凄く強くて頼りになるとも思ってて、いや、なんかゴメン!」


「ははははは! 冗談よ、真剣に考えてくれてるのがなんだか可笑しかっただけ。アマンダ、良いと思う。私、冒険者アマンダでやっていくよ」


 ふぅ、良かった気に入ってもらえて。しかしアーニャ、笑うことが増えた気がする。信用できる人の少ない王宮のなかで5年も過ごすのってのは結構ストレス多かったんじゃないかな。両親は遠征の繰り返しでほとんど王宮に居なかったみたいだし。冒険者になるってのも不安だらけだけど、狭い世界で孤独に5年も過ごしたアーニャには、きっと新鮮でいい影響になるんじゃないかな。15歳の多感な時期から5年もってやっぱり健康的な生活とは思えないしね。特に精神面で。


「フフ、お前たち、仲がいいな。アーニャが一人でなくて良かったよ」


 イメルダさんが、笑うアーニャを暖かい目で見ていた。






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