004 聖女へ仕返し
俺が意地悪な思考を巡らしていると、20mほどの距離でスキルが反応した。近づいてくる聖女に対して俺は繰り返し単純に「体調」を観察していた。
< 体調 6 >
良し悪しがある項目の場合5が標準となる。これは説明を読み自分に色々試して分かった。聖女の体調は良好てことだ。だけど有効範囲が20mほどだってのは初めて分かった。覚えとこう。
じゃぁ早速仕返しをするが、こういう場で困るのってなんだ? んー、やっぱり排泄関連だよな。大勢の前で何かするとき、お腹が痛くなったりトイレに行きたくなったりしたら辛いもんな。結構そういう経験って誰にでもあると思う。
( 腸蠕動 8 )
これでどうだ!
腸って普段から動いてるから標準は5だけど、8だとかなりお腹グルグル状態だ。自分でも試した数値だけど、俺は正直耐えられなくてすぐ解除した。
一瞬ビクっとする聖女、しかし表情は変えない。まさに聖女といった表情は変えるつもりがないらしい。なかなかの忍耐力、いやプライドか?
そんなことをしていると、岡田さんを中心とした勇者一行が、城門の下で止まった。
「これより、勇者様が初の遠征に向かいます」
神官が集まった民衆に対して、勇者の旅立ちを飾り立てるようにいろいろ語り始めた。まぁ俺はそんなのはどうでもいい。聖女への仕返しに忙しい。
( 尿意 5 )
これは急いでトイレに行かないとって焦るくらいの感覚があるはずだ。
ビクン!
聖女がプルっと一回震えた。笑。これは面白い。あの冷淡な女が微笑みを浮かべながら腹痛と尿意を耐えてる。ざまーみろだ。
俺が面白がって見ていると、聖女が片手を手綱から離し、自分の腹部へと当てる。そして岡田さんの膝を治療したときと同じ光が放たれる。外の明るさの中ではあの水色と緑の混ざった光はよく見ていないと気付かないほどだが、確かにあの時の光だ。
これってどうなるんだ? 俺のスキルに対して世界最高の回復魔法。効果はどっちが優先になるの?
< 腸蠕動 6 >
< 尿意 2 >
あ、スキル効果が小さくなってる。0にはなってないけど回復されちゃってる。なんか悔しい。じゃぁこれならどうだ。
< 吃逆 10 >
吃逆ってのは「しゃっくり」のことだ。これも自分で試したが、こういう有る無しのものについては数値を10にして初めて発動することが分かってる。
ヒック!
キター! 綺麗な表情のまましゃっくり開始。表情は保ってるけど、しゃっくりって我慢のしようがないよね! クッソ面白い。なんとか耐えようとしてるみたいだけどそれがまた。
ブフォ!
そんな聖女の姿に、思わず笑ってしまう。もちろん気付かれないように下を向いてだ。ヒー、くっそ可笑しさを我慢するのってなんて辛いんだ。俺まで我慢大会に突入だ。
俺はなんとか笑いを抑えようとするが、時折聞こえてくる聖女のヒック! がツボった。
周囲もその様子には気付いてるようだが、聖女に対してそのことに触れようとする者は一人もいないようだ。微笑みを意地でも絶やさない今の様子をみても、普段から尊敬される聖女を演じてることがわかるな。本当は冷酷で人を利用価値で見るような奴なのに。
なんとか笑いを抑え込み顔を上げると、聖女と目が合ってしまった。
ヒック!
ブフォ!
微笑みを浮かべたままヒック! する聖女に耐えられなかった。しまった! いやでも俺がやってるなんて絶対分からないはずだ。俺のスキルを過去の回復系って言ったのはこいつらだしな。聖女を見返すと一瞬だけ険しい顔になったように見えた。俺はちょっと焦ったからか笑いが収まった。
神官の話が終わったようで、勇者一行は進み始めた。
「松本さん、お久しぶりです」
俺に気付いていたみたいで、岡田さんが馬を止め話しかけてきた。っていうかもう乗馬できるようになってるんだ。もしかしたら元の世界で乗馬経験があったとかかな。
「お元気でした? 岡田さん、いやもう凄くその姿が似合ってるから勇者ハヤト様って言った方がいいのかな?」
「いや、これでもまだ実感がわかないっていうか、流されてる感じですよ。松本さんはどうしてました? 王家と親しくしてる貴族に世話になってるって聞いてますが、不自由なく暮らせてますか?」
ん? 貴族に世話になってる? そうかそういう設定で伝えられてるのね、だから門の外の人だかりに立たされたのか。
背中がチクっとする、後ろの騎士だ。余計なことを言うなってことだろう。
「快適ですよ。良くしてもらってます」
まったく快適な牢だよ、毛布一つもらえないけどね!
岡田さんの隣では聖女が微笑みの表情を壊さずヒック! しながら俺を見ている。もしかして、俺が何かしたって気付かれた? いやさすがにそれはないよね。でも目が笑ってない目が怖いけどヒック! してるから迫力に欠けどうしても笑いを誘う。
耐えろ、耐えるんだ俺。
「それならよかった。俺はまだ色々分からないことばかりだけど、元の世界に戻れるよう、やれることはやってみようと思います。戻ってきたら連絡しますんで、そちらも何か分かったことがあったら教えてくださいね」
「わかりました。気を付けていってくださいね」
岡田さんが進み始めると、聖女が騎士に目を向け話しかけた。
「ハヤト様と同じ世界から来た方です。くれぐれも、いつものように、丁重に、対応してくださいね」
いつものように! 丁重に! って強調してたように感じたが、それって確実に牢にぶち込んどけってことだろ! やっぱり嫌な奴だな。女神に指示がもらえたのが嬉しいと言わんばかりに、「ハ!」と元気のいい返事をする騎士。騎士連中はこの聖女の冷たい態度も見てるのになんでこんなに忠誠心が高いんだろう。そもそも聖女ってどういう立場なんだろな。もどったらアーニャに聞いてみよう。そこ聞き忘れてたわ。
俺は進み始めた聖女の背中を見送った。
( 尿意 10 )
あ、思わずやっちゃった。
聖女が俺のスキルの有効圏外へ出る寸前、ついついやってしまった。
大きくビクン! と震える聖女。
尿意マックスは耐えられる数値じゃない。きっと世界最高の回復魔法も発動する前に防波堤が決壊する。もちろん俺も試したことはないが、試してみた尿意8でもちょっとモレ……いや、そこは思い出したくない。
聖女がビクン! の後からプルプルしてる。他の人には馬に揺られているようにしか見えないかもしれないが、俺には分かる。
あれは、やっちゃったな。笑。ざまーみろ! どんな顔してんのか正面から見てみたかったな。
聖女がこの後どう誤魔化すのか見届けたいところだったが、俺はすぐに牢へ連れていかれる。
移動中に冷静になる。この仕返しってどうなんだ? もし俺のやったことを誰かが知ってたら、いや客観的に考えてだ。皆に尊敬される聖女に対して、腹痛や尿意を与え苦しむ様子を見る俺……ヤバイな。これは酔っぱらい騎士を悪く言えない。立派な変態だ。
「大人しくしてろよ」
そう言い残して騎士たちが牢を開く。
変態行為に反省中の俺は、大人しくし牢へ入る。
ガシャン……
騎士たちが立ち去り、しばらくしてからアーニャが話しかけてきた。
「大丈夫だった?」
心配してくれてたみたいだ。
「大丈夫だよ、勇者の見送りをさせられただけだった。風呂とまともな食事がもらえて服も新しくなったから、悪くない外出だったかも」
「そう、それならよかった。逃げる前に拷問とか処刑とかされたらどうしようって思ったわ」
「でも、時間の問題かもしれないな、勇者が遠征に出かけてる間に動きがあっても不思議じゃないかも。例えば、こっそり処刑しといて、病気で死にました……とか」
「ありがちね……」
自分で言った冗談半分な話だけど、無いとはいえないんだよな。いざとなったらアーニャと逃げるしかない。俺のスキル、多分あの手この手で敵を無力化することはできるだろうけど、大勢に囲まれてなんとかできるスキルには思えない。他人任せだが、逃げる時はアーニャに全てを任せるのが一番だろう。
「ねぇケンジ……今晩逃げようか」
「え? 今日? 雨の日を待つって言ってなかったけ?」
「今晩雨が降るわ。多分結構激しく降ってくれるはず」
「なんで分かるの?」
「私、この世界に来てから感覚が鋭くなってるの、今日は湿度がどんどん高くなってきてるからきっともう少ししたら降り始めると思う」
突然のことで驚いたが、俺としては逃げられるときに逃げておきたい。あの聖女が何を考えてるか全くわからないし、とりあえず仕返しもできてスッキリしたところだ。ちょうどいいと思う。それに調子にのってやり過ぎたから、ちょっとだけバレてんじゃないかって不安もある。正直逃げられるなら早く逃げたい。
「わかった、逃げよう。お願いするよアーニャ」
「じゃぁ夕食のパンを騎士が持ってくるまではいつも通りにね。それを食べ終わったら出発。夜中の見回りまでには堀を泳いで渡って目的地まで行くからそのつもりでいてね」
「了解」
俺たちはその後、努めていつも通りに過ごした。夕食のパンを食べてたら、あの汚らしい酔っぱらい騎士が現れるというイベントがあったが、いつものようにくだらない話をして何事もなく戻っていった。
そしてアーニャから声がかかる。
「ケンジ、そろそろ行こうか」




