002 効果抜群、体調管理
異世界生活が始まったと思ったら、牢屋生活が始まっていた。
あの後、謁見の間を出た俺と岡田さんは別々に案内された。俺は騎士たちに囲まれ個室へ案内されると色々と質問攻めにあった。もはや尋問だ。質問の中心は岡田さんとの関係だ。元の世界でどういった関係であったかそれを何度も繰り返し問われた。しばらくすると、騎士の一人が部屋から出て外で何やら会話をしていたが、すぐに聖女が中へ入ってきた。
「お前とハヤト殿は親族や近しい関係ではないというのは間違いないか」
聖女の目が怖い。岡田さんに回復魔法を使った時の優し気な表情は欠片もない。俺と話すのは苦痛と言わんばかりの表情だ。
「患者と看護師の関係だ。病院って言ってわかるかな。病気や怪我を治療するためにしばらく滞在する施設で働いていたのが俺で、そこに入院していたのが岡田さんだよ」
バシィ! 騎士にいきなり頬を叩かれた。
「いってぇ! なにすんだよ!」
「聖女様に向かって、そのような口の利き方、貴様、何様のつもりだ!」
なんだそれ、さっきまで俺も岡田さんも王の前ですら口調を注意されなかったのに。
聖女は騎士の行動に何も思わないのか相変わらずの表情で俺を見ている。
どうなってんだこれ。
「なんなんだ? この扱いは」
俺は疑問を口にして周囲を見る。その疑問に聖女が答える。
「あなたは不要なのです」
「不要?」
「我らの役に立つ力を持たず、勇者ともなんの関係もない者ならば存在価値もありません、それどころか扱いに困る存在なのです」
なんなんだこの聖女、これ聖女なんてキャラじゃねーだろ。
「連れていきなさい。殺してはいけませんよ。見落としていることがあるかもしれません。ハヤト殿の様子を見て然るべき時に処分します」
そう言って聖女はさっさと出ていこうとする。
「おい! まてよ!」
俺は思わず強い言葉で呼び止める。
「貴様、」
ドガ!
騎士に殴られ、俺の意識は絶たれた。
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そして目が覚めたら牢屋だ。薄暗く石造りで廊下側が鉄格子。それ以外には何もない。実に分かりやすい牢とわかる作りだ。
「痛てて」
右側頭部と右肩が痛いな。かなり乱暴に投げ込まれたか? しかしひでー扱いだ。これきっと岡田さんは知らないんだろうな。あの人見るからに正義感強そうな警察の人だしな。岡田さんのベッカムを和風にしたような男前な顔を思い出す。あっちはどうなってるんだろうな。
しっかし腹立つな。いきなり巻き込んでおいてこの扱いか。あの聖女、岡田さんにだけ優しい顔しやがって。いつか仕返ししてやる。だけどこのままじゃ処分か……殺されるってことだよな。 あまりの展開で現実感が無いのか、不思議と恐怖心は顔をださない。殴られて気絶した時間がどのくらいだったか分からないけど、体感的にはこの世界に来てまだ1時間ほどだもんな。
痛みがこれを現実だと教えてくれてるが、俺の理解が追い付いていない。幸い高校時代までやってた拳法のおかげか、物理的な痛みに対しての耐性は多少ある。この程度の打撲ならほっとけば治るだろう。
「あなたはどこから来たの?」
急に声をかけられ驚く。声は斜め前の牢からだ。俺以外にも捕らえられてる人が居たんだな。姿は見えないが若い女性なのはその声で分かる。
「えっと。どこからって日本からだよ、って言っても分からないか」
「日本! 私も日本からよ。あなた今回の召喚に巻き込まれた人?」
日本人? もしかして俺と同じように巻き込まれた人?
「君も一緒に巻き込まれたの?」
「ずっと前にね」
「前に?」
「私がこの世界に来たのはずっと前よ。もう5年になるかな。お父さんが召喚されてお母さんと私が巻き込まれたの」
「両親はどうしたの? お父さんが召喚されたってことは父親が勇者ってことだよね? だったら君はなぜこんな所に入れられてるの?」
勇者の子どもを牢にいれるなんてある? もしかして人質?
「お父さんとお母さんは一年くらい前から消息不明なの、私はずっとこの王宮で大切にしてもらえてたんだけど、3日前に急に家族で住んでた部屋を追い出されてここに入れられちゃった。新しい勇者を召喚することが決まったって話の後だったから、私の存在が何か不都合だったんだと思う」
取り調べで、岡田さんとの関係を聞かれた時、兄弟だったり親族だったら扱いが違ってたのかもしれない。何も考えないで素直に答えたけど、すっごい仲良しとか言っとけば扱い違ってたのかも。
しっかし、どう都合がわるかったのか想像もつかないけど、勇者の娘として大切にされていた子を急に牢にいれるなんて酷いな。
ガシャン!
遠くで音がする。誰か来たか。
足音はまっすぐ近づいてきた。牢から見える階段を下りてきたのは騎士だ。その騎士は俺の牢にパンを投げ込んできた。俺はそれをなんとか空中でキャッチ。ふんっと鼻で笑った騎士。
「お前が生きていられるのは、聖女さまのお陰だということを忘れず感謝して食うがいい」
いやいや、あの聖女もどきはそのうち処分するって言ってたよね。俺のためじゃなくあいつの都合で生かしてるのに感謝なんてするかボケ!
と思うが口にはしない。いちいち突っかかって痛い思いしたいマゾではない。
騎士は斜め前の牢にも向かう。鉄格子の下の隙間から皿に乗せたパンを差し入れる。
「マクシムさんには世話になった。今でも感謝している。しかし聖女様には深い考えと大義がある。悪く思わないでくれ」
そう言って騎士は、階段を登り去っていった。
ガシャン
遠くで音がする。扉を閉じた音だろう。
「もしかしてマクシムって人が君のお父さん?」
「そう、お父さんロシア人なの。お母さんは日本人」
「おお、ハーフなんだ!」
「私はアーニャよ、あなたは?」
「アーニャはファーストネームだよね?」
「そうよ」
「俺はケンジ、よろしくね」
ケホ……ケホ……
咳の音が聞こえる。
「もしかして、風邪ひいてる?」
牢はそんなに寒くはないけど、ここに3日も閉じ込められているってことだから、夜は結構冷えるのかも。あ、そういえば毛布の一つも与えられてない。この部屋、排せつ用の穴以外何もねーじゃねーか。環境悪いぞ!
「ううん、風邪じゃない、私喘息があるの」
「発作? 大丈夫?」
「そこまで酷くない。でもこれまでは調子が悪くなったら回復魔法で落ち着かせてもらってたんだけど今後がちょっと心配かな」
「そうか……悪化しないといいね。しかしこれからどうしよう……て言うか牢に入れられてる以上何もできないか。どうなるんだろうな」
「私は危なくなったら逃げるわよ。いざとなったらね」
「ん? 逃げる方法があるの?」
「あるわよ」
「じゃぁなんでここに居るんだ?」
「もしもの時のことはお母さんに教えられてるけど、いきなりすぎて判断に迷う……っていうか様子見かな。あと喘息の調子が悪くなってるのもね」
脱出方法があるってのは朗報だ。俺も殺されるのは御免だから連れていってもらえないかな。
ケホ……ケホ……ヒュー……ヒュー……
耳をすましてると、アーニャ、ヒューヒューいってるじゃねーか、喘鳴ってやつだ。本人が言うより症状結構きついのかも。そういえば俺のスキルって回復系って言ってたよな。なんとかできないか? 説明まだ少ししか読んでなかったな。
( スキルオープン、体調管理の詳細 )
シュンシュンとスキル画面が現れて体調管理の説明へと切り替わる。
まったく不思議な光景だ。俺は体調管理の説明を読む。
< 体調観察 > 対象の体調を視覚的に見ることができる。
これはもう知ってる。意識して見たら情報が表示されるってことだろう。
< 体調操作 > 体調を操作でき健康維持に必要なバランス調整が可能となる
これがちょっと読んだけじゃ意味がわからない。体調を操作? 苦痛を消したりできるってことかな? あの時見えた疼痛の数値を変更したりとか?
ガシャン……
また遠くで音がした。誰か来る。
「あー、陰気臭ーところだなー。吐き気がするぜ」
現れたのは騎士だが先程の騎士とは明らかに違う不真面目そうな騎士だ。先程の騎士は俺に対して態度が悪くても騎士らしさを感じる芯のある動きをしていたが、この男はなんか汚いうえにヨロヨロしてる。酒飲んでるのか。王宮に配属されるような騎士でもこんな奴が居るんだな。大丈夫かこの国。
「お前が新入りかー。運がわるかったなー、巻き込まれてきたってのにいきなり牢屋で、行きつく先は地獄か極楽か……まぁ俺の知ったこっちゃねーけどな」
そう言うと男はニヤリとし、手の指をピンと伸ばし、自分の首の前を滑らせる。斬首の真似か? 処刑されるって言いたいのか? ムカつく奴だ。
「そんで、こっちのお嬢さんはどうしてる?」
そう言うと斜め前の牢屋へ向かう。鉄格子に捕まると中を覗き込む。
「いつ見てもいい女だなー。もったいねーなー、これも処刑になんのかな。どうせなら最後に楽しませてくれりゃーいいのになー。どうだ? ちょっと遊んでくれるなら、こっそりここを開けてやってもいいぞ?」
「結構です。お帰りください」
「つまんねー奴だなー、まぁいいさ。死んだ後、運ぶ時にでもその体を触らせてもらうかな。楽しみにしてるぜ。あーまったく、吐き気がする場所だぜ。なんで俺は地下牢専属なんだよ」
そう言いながら汚い騎士は牢から離れ帰り始めた。
おまえがそんな汚らしいから地下牢専属なんだろ! 吐き気がするのはこっちだ。死んだら触らせてもらうって、変質者かよ。吐き気がするならわざわざ来るんじゃねよ!
俺がそいつの背中を睨んでいたら、体調観察のスキルが発動した。吐き気を意識してたからか?
< 嘔気 0 >
うは、吐き気なんてねーじゃねーか! 口先だけか!
あ、そういえば体調操作ってこの数値を変更できたりできるのかな。でもどうやって? 観察スキルのほうは意識するだけで発動するみたいだから、とりあえず念じてみるとか? よし試してみるか!
ヨロヨロと歩き去る男の背中を睨みながら念じる。
( 吐き気がする吐き気がするって、そんなに吐きたきゃ吐きやがれ。全て吐き出しやがれ! )
< 嘔気 10 >
あ、数値が変わった!
ブオェェェェォロヴォエエェエェエェエ!
うげ、吐きやがった!
突然のマーライオンだ。さらに四つん這いになり吐き続ける。出るものが無くなっても、オエオエ繰り返している。
なんだこれ、やばくね? 俺は慌てて念じる。
( 嘔気なし! 嘔気なし! )
ピタリと止まる嘔吐。しかし息もできないほどの嘔吐だったのかゼェゼェしながら、口の中に残った吐物をペッペッっと吐き出す酔っぱらい騎士。
「なんだ、どうなってんだ俺は、死ぬかと思った。悪いもの食ったか? 飲み過ぎた?」
男は急な吐き気とそれが綺麗に収まったことに首を傾げつつ階段を登り消えていった。
いや、吐いたの片付けていけよ! 吐かせたのは俺だけどな!
ガシャン……
しかしなんだこのスキル、効果抜群すぎない? あのまま放置してたら呼吸困難か脱水で死ぬんじゃないかってほど吐いてたぞ。健康を維持するためのバランス調整って説明の最初に書いてたけど、健康から完全にかけ離れた操作もできるってこと?
「ねぇ、どうしたの? 変態騎士、吐いてたみたいだけど」
変態騎士! 変態紳士ってのはよく聞くが、変態騎士ってのも居るんだな。
「いや、突然吐き出したんだよ」
俺がやったってことは隠してしまった。まだ自分が理解してないしね。
「そう、ざまーみろね」
アーニャ結構きついこと言うのね。
しかしこのスキル使えるかも。もちろんアーニャの喘息に対してだ。スキルの説明を急いで読む。体調を操作して嘔気させることができるんだったら、喘息にだって何かできるかもしれない。それに使い方によっては俺の武器になるかも。
一通りスキルの説明を読み俺は立ち上がって鉄格子に張り付いた。
「アーニャ、ちょっと鉄格子まで来てくれないか? できるだけ近くに」