010 偽名、ケインとアマンダ、そして冒険者に
「じゃぁ早速だが、このカードに血を一滴垂らしてくれ」
イメルダさんが、俺とアーニャへ銀色のカードを差し出す。ギルドカードってやつかな。しかし血の一滴か、俺、注射するのは得意だけど自分が刺されるのは苦手なんだよな。看護師だったから血には慣れてるけど自分の血は別だ。
ボールペンの先が2㎜ほどの刃物になっている道具を取り出すと、その先端を火で少し炙り水につけて冷やしてからアーニャへ差し出す。
あ、もしかして火炎滅菌ってやつ? この世界にもそういう概念あるのかな。微生物とか感染症とか。
「どこ刺したらいいの?」
「指からが多いな」
アーニャが、少し迷った後、左手の親指の中央へ刃先を向ける。
「アーニャ、手のひらの小指側の側面がいいよ。あまり痛くないし、物を持つ時傷口が気にならない」
「そっか」
俺は血糖測定の時、その部分から血を取るのが一番痛くないと思ってる。元の世界の仕事中に自分で実験したから自信がある。指や耳たぶが主流だけどね。
「あ、本当だ、そんなに痛くない、さすが元看護師さん」
アーニャは、左手を握りしめ、その傷から血を絞り出すとカードへ滴らせた。
痛くなかったみたいでよかった。実際痛みに関しては痛覚にどう当たるかとかもあるから、その都度違う。よく患者さんが注射にたいして、痛かった痛くなかったと看護師の腕を評価するけど、注射の技術が同レベルでも、痛覚なんて目に見えないから、痛みに関しては運だと思ってる。技術が下手すぎて、針先がプルプルしてたりしたら別だけどね。
そういえばカードに血が付いた時、薄っすら光ったように見えた、これも魔法? 魔道具的なやつ?
「看護師? なんだいそれは元の世界での役割とかか?」
イメルダさんが首をかしげる。看護師ってこの世界じゃ無い表現なんだろう。俺がどう説明しようか考えてたらアーニャが先に答える。
「教会の治療院に居るシスターとかと似た感じかな。怪我や病気の治療を手伝う人だよ」
「ああ、なるほど、じゃぁ補助魔法だけじゃなく回復魔法も使えるのか」
「主流じゃない自然治癒力を高めるような過去の魔法らしいですが」
「いや、それでもあるだけいい。どこで役に立つか分からないからな」
俺のスキルを応用して回復となると、組織の再生速度を速めたり、免疫力を高めたりって感じかな。でもそれって癌化したり、自己免疫疾患になったりしない? ちょっと怖いな。実験してからじゃないと自分やアーニャには使えそうにない。
イメルダさんが刃物をまた火で炙り水で冷やして俺へ差し出す。同じように手のひらの小指側側面へ刺し、カードへ血を垂らす。やっぱり光った。血液データから個人情報を認識……って感じかな。
「よし、これでこのカードはそれぞれあんたたち専用となった。ちょっと待ってな」
イメルダさんは血の付いたカードを持って受付カウンターへ入っていく。登録の作業だろう。そう待たされることなく戻ってきたカードには、先日考えた名前が刻まれていた。
「アーニャにはこのアマンダのカード、ケンジはこのケインのカードだ。今後はこの名前で呼び合うんだぞ。せっかく偽装するのに、自分たちで暴露するような真似はするなよ」
受け取ったカードには先程までは無かった情報が書き込まれていた。
ケイン
冒険者
ランク D
そか、これからこの偽名で生きていくんだな。ケンジって名を捨てるみたいでちょっと寂しいがアマンダと呼び慣れておくことも、ケインと呼ばれ慣れておくことも大切だ。早速そうしよう。
「アマンダ、名前を捨てるみたいでちょっと寂しいね」
「うん、私もそう思ってた。だけど逃げるって決めた時、そういうのも覚悟してたから大丈夫だよ。ケイン」
アーニャも練習するかのように俺をケインと呼んでくれる。よし、俺は今日からケインだ。
「そうだ、それでいい……よし、つぎに進むぞ。そのカードに魔力を通してみろ」
魔力を通す? 当たり前のように言うイメルダさんだが俺にはどうすればいいかさっぱり分からない。そもそも俺に魔力なんてあるのか? でもアーニ……いやアマンダが前に生活魔法は誰にでも使えるって言ってたな。
「あ、何か出てきた」
アマンダのカードを覗き込むと、さっきまでは無かった文字が書き込まれていた。
アマンダ
冒険者
ランク D
総合力 B
総合力という項目が追加されていた。これってどうやって判定してるんだ? あれか、体脂肪計みたいな感じ? 体内に流れる電気的な物の代わりに、魔力を判定してるって感じ?
「ほう、やっぱり高いな。裏を見てみろ」
アマンダがカードを裏返す。
筋力 A
反応 A
体力 B
魔力 D
お、これはステータスってやつか? ゲームみたいに数値じゃないんだな。俺的には筋力・素早さ・体力・器用さ・運・魔力・魔法耐性・攻撃力・防御力みたいなのが馴染みがあるけど、さすがにそれはゲーム的すぎるか。人間を数値化なんてそうそうできるわけがない。これだけザックリした判定なら、さっきアマンダが通した魔力で判定できるんだろう。
「さすがだな、マクシムやサユリと似たような判定結果だ。これなら十分冒険者としてやっていける」
「お父さんやお母さんもこんな感じだったんですか?」
「ああ、そうだ、だがマクシムは筋力と体力がSだったし、サユリは反応……反応速度の判定がSだったがな」
「そか、私はまだお母さんに追いつけてないんだ」
アマンダも俺から見たら出鱈目に強いのに両親はそれより上なんだ。アマンダのパンチで鎧が意味をなさなかったのに、S級のパンチとかどんだけなんだ? もう体貫通する? エグイな。あとこの評価ってSが最高なのかな、まだSSとかSSSとかがあったりする?
「Sが一番上なんですか?」
「ああ、そうだ、それ以上は測定不能だからな。最高のS、スペシャルのS、測定不能のS、などと言われている。冒険者ランクもSが最高ランクだ。最も多いランクはCだな。ランク自体はFからあるが、基本Fは採集専門の危険がない依頼専門だ。普通はEランクスタートだが、それだと護衛依頼が受けられないからおまえたちはDランクにしておいた」
なるほどね、測定不能か。
あれ、俺たちの冒険者ランクDからスタート?
「いきなりDからスタートとかできるんですね」
「はっはっは、もちろん偽装だ」
「「ええ?」」
「それ、大丈夫なんですか?」
「バレれば重罪だな。ギルドの職員としては追放されるレベルの重罪だ」
「ダメじゃないですか、イメルダさん」
「はっはっは、あんたら誰に向かって言ってるんだい? 私はそのギルドのトップだぞ。しかも王都のギルドのトップだ。これでもかなりの権力があるんだ。そもそも情報の偽装を判定して裁くのは私だ」
あら、イメルダさん実はそんな権力者だったのね。ギルド長だもんな。気さくなキャラクターで忘れそうになってた。
「ところでケイン、お前も早く魔力を通せ」
ギルドカードに魔力を通さない俺に気付いたイメルダさんがそれを促してきた。
「あ、俺はまだ魔力とかよく分からないんです、この世界に来てすぐに牢に入れられてたし、そういうのを教えてもらう機会がありませんでした」
「そうか、お前の判定結果も楽しみにしてたんだがな。まぁそういう事情なら仕方がない。あんたたちの世界が魔法に縁がないってのはサユリから聞いている。だが生活魔法くらいならすぐに覚えられるから旅の途中にでもアマンダから教えてもらうといい」
「もともと私が教えるつもりだったから、大丈夫」
「カードに情報が無いままなのは問題ないんですか?」
「それは問題ない。アマンダ、カードから文字が消えるように念じて魔力を通してみろ」
アマンダがカードに集中する。
「あ、消えた」
「そういう風にできてるんだ。自分の能力を見せたがらない冒険者も多いからな、ケインが判定を表示していなくても、Dランクのくせに何気取ってやがるんだ! って思われるだけで不審に思われることはない」
はは、不審に思われることはないけど、そういう目で見られることにはなるのね。早いとこアーニ……アマンダに教えてもらおう。生活魔法覚えたいしね。ギルドに来てからは今後のことばっかり考えてて、魔法を教えてもらうの後回しになってた。
「よし、装備とギルドカードが揃ったな。あとは出発前に食料と多少の荷物を準備するだけだがそれもこちらで揃えておこう。あんたたちは明日出発するといい」
明日? 急だな。でも追われる身なんだから、早いに越したことはないんだろう。アマンダもイメルダさんの話に頷いている。
「分かってるようだが、追われる身だ、少しでも早く町を離れるべきだろう。そして目的地なんだが、アマンダの都合を考慮して『アルドラ』へ近づくコースにするといい。国境の町エルナトであれば私の良く知る信頼できるギルド長が居る。連絡をしておくからそこを頼ってもいいだろう」
「アルドラ皇国へ逃亡した方がいいんでしょうか?」
「それは状況を見て判断してくれ。追手がどの程度の規模になるか想像がつかない。現状では表立って指名手配などは出ていない。私の所に届いている情報では、王宮騎士団の5人小隊が数隊組まれ、王都の中で何かを探しているらしく、このギルドにも来たそうだ」
「ここにも?」
「ああ、当然だ。まぁあんたたちのことは一切誰にも伝えてないからな。当然騎士にはなんの情報も漏れていない。安心しろ。ということでアルドラへ渡るかどうかはその時の状況しだいだ。アマンダが両親を探しに行くならエルナトでもそれなりに情報が得られるだろうが、魔族と交流のあるアルドラへ渡る必要も出てくるかもしれない」
「分かりました、その辺りは状況次第ってことで」
「ああ、そうしてくれ」
「なにからなにまで、本当にありがとうございました」
アマンダがしっかりと頭を下げる。この体育会系の礼儀正しさは学生時代は苦手だったけど今見ると凄く気持ちがいいな。俺もそれに倣い頭を下げる。
「いや、役に立てて良かったよ。これでまたいつかサユリに会えた時の楽しみが増えた」
「お母さん、見つけたらイメルダさんが会いたがってたって伝えますね」
「おおいいね、そうしてくれ。よし、今日はもう寝ろ。護衛任務はもう手続きを済ませてある。職員が出勤する前にここを出るんだ」
何もかも準備のいいイメルダさんだ。王都のギルド長ってのはそういう能力が必要なんだろうな。有能な社長って感じだ。見た目は武闘派だけどね。
俺たちはイメルダさんに言われた通り、明日に備えてすぐにベッドに潜りん込んだ。
護衛任務か、この世界に来て、牢に入れられ、ギルドに引きこもり、ほとんど外での活動が無かったけどこれで一気に世界が広がるな。冒険者だもんね。なんか凄くワクワクしてきたぞ。
物語は作者的はこの回でひと段落です。これより二人は冒険者となり王都より旅立ちます。まだ世界ことも自分のスキルのこともほとんど分かっていない主人公がどんな成長をしていくのか、書いている本人も楽しみにしています。
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