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001 異世界転移、俺のスキルは体調管理

令和元年8月、現在70話まで書きました。やっと自分のペースがつかめてきたので、今後は金土日の更新とします。よろしくお願いします。

 俺はいつものように担当患者の検温に回っていた。この部屋は最近入院してきた十字靭帯断裂の岡田さんだ。なんでも警察官で剣道の試合中の負傷だったとのこと。今大会の優勝候補だったのに今後の選手生命すら怪しくなってすっごく落ち込んでるって話だ。こういう人って関わるのに気を使うんだよね。



コンコン



「失礼しまーす」



 努めて穏やかに部屋へ入る。俺の事をチラッとみてすぐ外を見る岡田さん。うん、とっつきにくい。



「検温です。体温と血圧をお願いします」



 といっても、この人は内科的な疾患じゃないから、体温や血圧はそんなに重要じゃないんだけどね。とは言え、膝のことも聞きにくいんだよな。


「ああ……」


 と体温計を受け取り、また外を見る。この体温を測ってる間が気まずい。よく喋ってくれる患者だと楽なんだけどね。血圧測定のため腕を借りようとしたところで、急に岡田さんが振り返った。



「ん? なにか?」


「へ? どうしました?」


「何か言いませんでした?」


「いえ、なにも……」



 空耳? 俺には何も聞こえなかった。岡田さんも勘違いかとまた外を見る。



!? ●



 俺も外へ目を向けた時、そこにそれはあった。黒く丸いなにかが。球体でもない、立体感がない。空間に穴が開いたようにも見える。何がなんだかわからず目が離せない。俺の腕を岡田さんが掴んだ。



「なんだこれは!」



 その瞬間、その黒い何かはブラックホールになったかの如く岡田さんを吸い込もうとし始めた。部屋の物も俺も何も感じないのに、岡田さんだけが髪や衣服をその黒い何かに吸い寄せられている。



「おい、やめてくれ、どうなってんだよ、おい!」


「ちょっと、岡田さん、放してください! うわぁ!」







--------------------------






「よく来てくれた、勇者よ! 突然のことで困惑するであろうが、どうかこの世界を魔族の手から救ってくれ! 魔王討伐に力を貸してくれ!」




 なんだ? ここはどこなんだ? 俺は絨毯の上にうつ伏せに寝そべっているみたいだ。 眩しい。絨毯が光ってる? 


 身を起こそうとして右腕が掴まれていることに気付く。


 ああ、そうだ俺はひっぱられて……。



「なんなんだこれは、ここはどこなんだ?」



 俺の腕をつかんだまま岡田さんが言う。


 なんなんだろうね、とりあえず手を放してほしいな。力が強くて痛いよ。


 俺の思いが通じたのかその岡田さんは掴んでいた手を放して体を起こす。俺は立ち上がり周囲を見渡す。光っていたのは漫画やゲームで見るような魔法陣だった。その光は徐々に弱まってきた。眩しさが収まり視界が広がるとこれまた漫画やゲームで見るような王宮にある謁見の間だ。王座には王者の風格をかもしだした男が座っており、俺たちを見ている。その左右には神官っぽい2人。さらにその周囲に騎士や魔法使いなどまるでファンタジーな面々が並び立っていた。



「あなた方はこの世界を救うために異世界から召喚されたのです。どうかお力をお貸しください」



 神官の一人、20代後半に見える女性が言う。



「意味が分からない、これはなんなんだ、悪い冗談か?」



 だよね、俺もそう思った。でも冗談にしては手がかかり過ぎてるな。この王宮本物っぽいし、王様っぽい人もその他の人も日本人じゃないよね? どう見ても外国の方ばかり。冗談でここまでできる? そもそもここに来る時のあれ、空間にぽっかり黒い穴が開いて俺たちを吸い込んだあれって、トリックでできるものとは思えない。もしかして本当に異世界?



「冗談ではありません、あなた方は我が国の秘法異世界召喚にて転移してきたのです」


「いや、ありえないだろ。それにまともに戦えなくなった俺に何をしろってんだ。質の悪い冗談はやめてくれ!」



 あ、怒ってる。そうだよね、岡田さん失意のどん底って感じだったもんね。正直ナーバスな感じが怖くて関わるのに気を使うって看護師に避けられてたよ。せっかくカッコいいのにって、あれ?


 痛みを訴えていた左膝を見ると、俺の視界に何かが移りこんできた。



< 左膝 疼痛 6 >



 まるでテロップたな。なにこれ、どうなってんの?



「勇者よ、どこか負傷しているのか?」


「ちっ! 膝だよ。十字靭帯の断裂だよ」


「ジュウジ……ジンタイ?」



 王様に十字靭帯が伝わってないみたいだ。スポーツやってたら医療関係者じゃなくてもそれなりに有名な損傷なんだけどな。



「聖女よ、治せるか?」



 王様が神官の女性に問う。聖女?



「手足の欠損を修復するよりは困難ではないかと」


「では頼む」


「はい」



 聖女と呼ばれた女性が岡田さんへ近づく。鋭い目をした綺麗な人だ。左足を抱えるように座った岡田さんへ手を差し出す。しかし今、手足の欠損って言った? そんなの修復できる?



「おい、何をする気だ」


「少しだけ触れさせてください」



 鋭い目が下がり優し気な表情で言う。こりゃ聖女だ。先ほどまでとまるで違う優し気な表情だ。これが看護師なら若い男の患者の目がハートになって猛烈アタックされるやつだ。岡田さんもその優し気な表情にやられたのか拒む様子はない。


 聖女と呼ばれた女は岡田さんの膝にそっと触れる。



「あるべき姿へもどれ……再生」



 その言葉が終わると同時に女の手がフワッと光を放つ。薄い水色と緑色の混じった光だ。



「魔法?」



 思わず声が出た。これ魔法だよね、癒しの魔法だよね。聖女・呪文っぽい言葉・光る手、これで本当に効果あるなら……。


 光が収まる。岡田さんはその光に見とれていたが、ハッと驚いた表情となり、座ったまま膝を曲げたり伸ばしたりし始めた。



「痛くない。どういうことだ。痛くない!」



 立ち上がる岡田さん。膝を曲げたり伸ばしたり、軽く踏み込むようなステップをしたり膝の調子を確かめるように体を動かす。



< 左膝 疼痛 0 >



 その膝を見るとまたテロップが出てきた。


 痛みが0になってる。なんだこれ、リアルタイムに状態がわかるのか? 岡田さんすっごい嬉しそう。そりゃそうだよね、十字靭帯断裂で、この世の終わりみたいな顔してたもんね。

 しかしこりゃ本当に異世界か……。魔法……だもんな。俺は看護師で医療の世界に9年居たけど、こんなの見たことない。当たり前か。こんな魔法みたいな治療、俗に言う「パッチン詐欺」でなら聞いたことはある。だけどそんなのには当然効果はない。プラセボー効果くらいはあるかもしれないけど、実際にこんな効果があったら詐欺なんて言われないし、とっくに医療機関が本格的に研究するはずだ。



「どうかね、この世界で最高クラスの回復魔法は」



 岡田さんを見ていた王座の男が言う。


 やっぱり魔法か。ずっと膝の調子を見ていた岡田さんがそれをやめ王を見る。そして聖女を見る。



「本当に魔法なのか……ここは地球じゃないのか?」


「魔法です……地球とは、あなた方の居た世界のことですか?」


「そうだ、まぁ世界というか星だな」


「違う世界から召喚したことは間違いありませんよ」



 聖女が答える。岡田さんがまた軽く膝を動かしながら考え込んでいる。



「膝の具合はどうかな、勇者殿」



 王座の男が言う。



「問題ない……」



 王座の男は大きく頷くと、立ち上がる。座っていた時は分からなかったが、かなり鍛えていることがわかる引き締まった体型だ。王と言うより歴戦の勇士と言われた方がしっくりくる。



「では、遅くなったが名乗らせてもらおう。私はこの国の王、シリウス・ミラ・カーフだ。勇者殿がこの世界へ訪れたことに感謝する」



 そう言うと王はうやうやしく礼をする。 



「そして今、勇者殿の怪我を癒したのがこの国の聖女であるメグミだ」



 めぐみ? 和名?



「メグミ・ホウジョウと申します。お見知りおきを」



 聖女は優雅にお辞儀をすると王の隣へと戻る。ホウジョウ? 北条とか北條? めっちゃ和名だよね。この世界の名前って元の世界と共通した感じなの?



「ここに居る他の物は皆、この国の重鎮だ。おいおい紹介させてもらおう」



 そして王が岡田さんを見る。



「俺は岡田隼人ハヤトだ」


「俺は松本健治ケンジって言います」



 なんか空気だけど、俺も名乗る。



「ハヤト殿か、珍しいが良い響きだ。先程の動き、ハヤト殿はすでに何か武芸を身に着けておるのか?」


「剣道をやっている」


「剣道? 剣術に近い武芸かの?」


「そう取ってもらっていい」


「では勇者ハヤト殿、スキルを教えていただきたい」



 神官の男が言う。



「「スキル?」」



 俺と岡田さんが同時に疑問を声に出す。岡田さんは完全に困惑した表情だ。漫画やラノベがそれなりに好きな俺としては異世界物でお約束のスキルではあるけど、やっぱり驚いた。



「スキルオープンと、自分の持つ力を見たいという気持ちで念じてください」



( スキルオープン! ) こんな感じ?


 シュン! っという感じに半透明の映像が目の前に現れる。

 不思議だ。それが表示されても周囲の視界が悪くならない。意識すれば読め、周囲を見れば透過して見える。なにこのサイバーな感じ、ファンタジーの世界ってより、ゲームの世界に迷い込んだみたいだ。表示された文字は普通に読める。言葉が通じるもんね、文字も理解できるような気がしてた。異世界系の物語では定番だよね。自動通訳、自動翻訳。


 俺のスキル画面に書かれていたスキルの名前は「体調管理」だった。


 なんか地味な名前のスキルだな。看護師やってる俺の役目がそのまんまスキルになったみたいな感じ? 岡田さんもスキル画面を見ているようで、不思議そうな顔して空中を見てる。この画面って他人には見えないみたいだな。



「ハヤト殿、なんと書いてある?」


「剣鬼……」


「「「「おおおおおおおおお」」」」



 室内にいる俺と岡田さん以外の全員が驚きの声を上げる。聖女も華やかな笑顔を見せている。



「剣士でも上級剣士でもなく、剣の達人すら超えて剣鬼とは!」


「これは素晴らしい、期待できますな、どうかお力を貸していただきたい」


「伝説にある剣聖を生きているうちに目にすることができるかもしれぬな」



 剣鬼って凄いんだ! 岡田さん剣の鬼か。警察剣道って荒っぽいって聞いたことあるな、その荒っぽい剣道で優勝経験あるんだから、剣の鬼ってのも納得かも。

 しかし気になる。俺ずっと空気だよな。最初はあなた方って話しかけてきてたのに今ではほぼ岡田さんに向けてしか話しかけてこない。ここは一つアピールしてみるか。



「すみませーん、俺もスキルがありました。【体調管理】って」



 聖女と神官が首をかしげる。他の人たちも?な顔をしている。



「体調管理? なんでしょうそのスキルは、内容を教えていただけますか?」


「内容?」


「スキル名を見つつ、詳しく知りたいと念じれば説明が見れます」


「やってみます」



 誰も知らないスキルみたいだ。もしかして地味な名前に反してレアで強力な効果があったり? えっと、この「体調管理」を見て詳しく知りたい! だったかな。シュン、お、出てきた。なになに。

 俺は声に出して読んでみる。



「スキル詳細……体調観察、対象の体調を視覚的に見ることができる」



 これが、さっき岡田さんの膝を見た時に出たテロップみたいなやつか。



「体調操作、体調を操作でき健康維持に必要なバランス調整が可能となる」



 看護師だもんなー、完全に関連したスキルになってる。岡田さんは警察剣道の実力者で剣の鬼。これも完全に元の世界で身に着けてるものがそのままスキルになってるね。説明はまだまだある。



「そんで……」


「いや、そこまでで良いでしょう、回復系スキルのようですね、体調を良好な状態に保ち自然治癒を速促進……そんなスキルでしょう」



 聖女が言う。そうだねー、まさにそんな仕事してた。ちょっと疲れて嫌にもなってたけど毎日毎日頑張ってやってましたよ。



「そうか、もしかするとと思ったが、残念だ」


「残念? 王様、俺のスキルは残念なスキルなんですか?」



 思わず聞いてしまった。



「お主も見たであろう。先程聖女が使った回復魔法「再生」を。聖女ほどの回復魔法は滅多に見られないが世界には回復魔法が使えるものが多数存在する。お主のスキルは回復系ではあるが、自然治癒力を促すような回復魔法はすでに過去のものとなっておる」



 なんてこった! 何そのスキル? レベルの過去のものかよ! 



「我らは世界を救うための強大な武力を持つ、勇者となれる人物を求めて召喚の儀式を行なった。お主はその召喚に巻き込まれてしまったのだ。お主には申し訳ないと思っている」



 だと思ってましたよ! がっちり腕掴まれて、黒い穴にすいこまれちゃったからね。巻き込まれて異世界転生ってやつね!



「えーとですね、じゃぁ送り返してもらえます?」



 国王が男の神官を見て促す。



「可能ではある、しかしすぐには不可能だ。、魔王を討伐し準備が整えば……二人とも送り返すことができるであろう」



 やっぱりかー、秘法とか言ってるもんね、気楽にポンポン呼んだり送り返したりはできないってか。しかも魔王ってのを無能の烙印押されたのに、この世界に3年も居なきゃいけないの? しかも魔王を討伐できれば……って、もう岡田さんがやってくれるの待つしかないじゃん。俺、過去のものと言われる回復系だし。



「これに関してはハヤト殿にも本当に申し訳ないと思っておる」



 王は岡田さんに向き直る。



「ハヤト殿よ、こちらの都合で呼び出し、世界を救えなどと唐突にお願いすることを申し訳なく思っている。しかしこの世界の人類は本当に窮地にあるのだ。日々魔族によって人の命が摘み取られている。騎士団やギルドが対応しているが、状況は大きく動かず拮抗しておる。どうにかそなたの力をかしてもらえないだろうか、魔王討伐に協力してもらえないだろうか?」



 岡田さんはあまりの展開についていけてない様子だ。左ひざが治った喜びから落ち着きを取り戻し、現状を理解しようとしているのが分かる。



「どちらにしても、すぐに元の世界へすぐに戻すことはできない、丁重にもてなす故、まずは慣れるためこの世界について学び、剣術の訓練を行うなどして過ごしてみてはどうだろう」



 ちょっとマイルドな提案がきた。うーん岡田さんには丁寧だ。国王がかなりお願い姿勢だ。まぁ窮地にあるって言ってたし、なりふり構ってられないくらい追い詰められてるのかも。地味で無用なスキルの俺には何も期待されてないみたいだね。岡田さんは「剣鬼」ってスキルで驚かれてたし、まさに異世界チート物語がこれから始まるって感じなのかな。でも岡田さんはこういった異世界物への免疫がなさそう、色々困惑してるみたいだ。

 しばらく悩んだ後、岡田さんが何かを飲み込むように頷き、国王へ言う。



「正直現状が今一つ理解できない。だけど膝を治療してもらった恩はある。魔族だとか魔王だとかはまるで想像できないけど、俺はまた剣を振れるようにしてもらったことを凄く嬉しく思う。だから……まずは勧められたようにこの世界を知りたい。松本さん、あなたもそれでいいか?」



 うお、急に聞かれてびっくりした。そんな判断、何も期待されてない俺に聞かなくていいのに。



「俺も同じですよ。とりあえず状況を理解できるように色々知りたいですね」



 こう答えるしかないよね。



「おお、勇者ハヤトよ、その英断にあらためて感謝する。丁重にもてなすゆえ、どうかこの王宮を自分の家だと思って過ごしてくれ」



 こうして俺の異世界生活が始まった。





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