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鬼いさん

作者: odayaka



 鬼いさんは、とても良い人だ。

 あくまで任意の参加である近所の清掃活動には毎回参加しているし、参加してやってる、みたいな態度ではなく、いつも真面目に草むしりもゴミ拾いもしていて、いわゆる不良と呼ばれている人たちも、彼の姿を見倣ってる。

 迷子の子供がいたら、警察に届けて、親御さんが迎えに来るまでかまってあげたりもしてたらしい。迷い猫を探している人がいれば、近所中に駆けずり回ったりもする。

 横断歩道の前で立往生をしている老人がいれば、助けてあげているし、電車内では常に席を譲っているので、大概、立っている姿しか見ない。

 何時も朗らかなそんな鬼いさんだけど、節分の時だけは、別だ。


 節分の時だけは、世の中の理不尽に憤ることが多いらしい。












 「ピーナッツはねえよな」


 鬼いさんは、実は、私の義理の兄だったりする。

 私の姉の旦那さん。――今はリビングでポリポリと柿の種を食べている。混じっているピーナッツを、私の前に置いた汁椀の中に入れている。――つまりは、食べろ、と言う事である。別に嫌いなわけでもないから、口に運ぶ。カリッとした触感に、ほのかな塩気、淡白な味。ピーナッツである。


 「鬼いさんは、ピーナッツのこと嫌いなの?」

 「まぁ、俺は、そんなに好きではないけどさ」

 「ふうん」

 「でも、鬼がみんな、ピーナッツ嫌いではないんだよ」

 「はあ」


 何が言いたいんだろう?

 と、思いつつ、私は汁椀を彼の方に寄せる。


 「私は柿の種の方が好きだけど」


 彼は、ふむ、と手の中の柿の種の袋を傾けた。汁椀の中に柿の種とピーナッツが満たされる。

 私が引いて、ぽりぽりと食べだすと、さっさ、とピーナッツが継ぎ足される。

 俺はピーナッツが嫌いだ、と言いたいわけである。



 「だから、大豆の代わりにピーナッツで良い、ってのは、鬼に対する侮辱だと思う」

 「…へぇ?」

 「いや、俺、さっき車で買い物に行ったんだけどさ。その時にラジオで言ってたんだけどな。近頃は、大豆ではなくてピーナッツを投げたりするらしいんだよ」

 「へー」 


 それは初耳だ。――私は何気なく、手の中のピーナッツを鬼いさんに投げてみた。


 「あぶね!!」


 鬼いさんは機敏な動きで避けた。

 ピーナッツはカーペットの上に落ちた。



 あれ?


 「え、鬼いさん?」

 「いやっ、今のは。お前、いきなりは、そりゃ、駄目だろ」

 「いや、ピーナッツだし」

 「お前、食べ物を粗末にすんなよな! な!?」


 鬼いさんは、露骨に慌てた調子で言った。

 私はマジマジと汁椀の中のピーナッツを眺める。

 そして、それを十粒ほど拾った。


 「…お前、ちょっと、待て。洒落なんねえぞ、それは」

 「えいえいえいえいえいえいえいえ…」


 そして、手の中のピーナッツを投げまくる。鬼いさんは避けまくる。悲鳴をあげて、避ける。



 これは、楽しい。と、悦に浸っていると、頭に衝撃があった。


 見上げてみると、そこには、拳を固く握りしめた、姉がいた。


 「旦那を苛めてるんじゃねえよ」


 鬼の形相である。


 「べ、別にいじめられてなんてねえよ!!」


 鬼いさんが、ぜぇはぁ、と荒い息をつきながら、安堵の顔を浮かべて言う――ふぅん…。と姉が剣呑な声をあげ。


 手早く、私の汁椀からピーナッツを一つ摘んで、鬼いさんに投げつけた。



 ぴしっ、と何かがはじける音が響いた。


 鬼いさんの額にヒットしたピーナッツはそのまま彼の額に貼りついて。


 そして、鬼いさんは、その場に倒れ伏した。








 ――どこからともなく、声が聞こえた。



 『鬼いさんは倒れた。静子さんに100000の経験値が入った。静子さんはレベルが上がった!』



 てれれれてってってー


 気の抜けるファンファーレと共に、ガッツポーズをする静子さん(姉)。

 私はこういう世界観だったのかー、と思いつつ、ピーナッツを一つ食べた。



 鬼いさんは静かに震え、息絶えようとしていた。





 彼は、姉の旦那である。


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