2:ギルド上編 2
クエスト名:~ブラックアリゲーターの討伐~
唯は受けたクエストの募集欄とかをぼーっと見ていた。
「あぁー。ぶーちゃん、くーちゃん今日もかわいいでちゅね!」
「アリアさん邪魔しないでくだいさい」
愛馬に両ほほをこすりつけ熱烈な愛情表現を今日もしていた。
アリアはかなりこの2頭のことを気に入っているらしく、ブラッシングを念入りにやる姿や、今日のようにほほをこすりつける姿はたびたび目撃していた。
そんな邪魔の入る環境に慣れているセイラは、ここまで旅をともにしてきたアリアの愛馬ぶーちゃんとくーちゃんを荷台とつなぎ、冒険の準備を手早く済ませた。
「さぁ。危ないですからアリアさん離れてください」
アリアを愛馬から離すとセイラは御者として席に着いた。
なんとなくだがアリアが馬を溺愛するのが分からなくもないと唯は思った。
つぶらな瞳に艶やかな毛、無駄のない引き締まった筋肉、揺れる尻尾は時折感情を見せる。
仕草もかわいい。
アリアが離れた後、少し顔をプルプルさせてからぶふっと軽く嘶く姿は萌えって感じだ。超エモい。
態度もそうだ。アリアを鬱陶しそうにしながらも決して自ら離れようとしない。
離れた後少し寂しそうに見えるのはわたしのエゴだろうか。
「やばい。馬ってちょっとかわいいですね」
「だろう?」
よっこらせとオッサン臭く荷台へと帰ってきたアリアが答えた。
そのことを確認したセイラはじゃ行きますよと軽く声がけをして出発した。
目的地は繁殖期を迎えて気の立っているブラックアリゲーターの巣のあるところ。
ここからは西へ馬車で一日といったところ。
どうやら今年は数が多く例年以上に近隣の村々に被害をもたらしているそうだ。
ある程度数を間引くといったことが今回のクエスト内容。
報酬は出来高制で、討伐数が直接影響するがだからと言って討伐のし過ぎもよくない。
ちょうどいい塩梅を見据えろと言ったものだった。
このクエストの難点はいくつかある。
1つは、個体一体一体は中級以上の冒険者なら気を抜かなければ問題ない程度だが集団で襲ってくること。
2つは、気がたっていて普段より好戦的であること。
3つは、討伐のし過ぎも生態系に大きく影響を与えるので狩り過ぎてもダメ。
というものらしい。
そこそこや少々、一つまみみたいな小さなものが集まって、このクエストはかなり高位の冒険者に配布されるものとなっている。
しかし、高位の冒険者は暇じゃない。
ブラックアリゲーターなんて雑魚は狩りには来ない。
そのためこのクエストは放置されがちである。
証拠と言わんが、ボードに長く張り付けられてあったのか紙は少し擦り切れ、日焼けも見られたことを唯は思い出した。
冒険に出てからはアリアによるこのクエストの諸注意や戦い方の指南を受けた。
「そういえばアリアさん。このクエストは高位の冒険者しか受けれないのになぜ受けれたのですか?」
「んあ。あぁー、どーこ行ったかな…。…あったあった。ほれ」
セイラのバックパックを長いことごそごそと荒らし。
あれでもこれでもどれでもないと時間をかけ取り出し、投げてよこしたものは細かく装飾の施された白金の羽をモチーフにした耳飾りだった。
「これは?」
「それとこのロザリオが私の身分証みたいなもんだ。」
「まじか!?アリア、おたくプラチナ階級の冒険者だったのか。若いのにそらぁすげーな!」
「プラチナ?」
「この世界にはな…」
ロビンはこの世界のギルドの仕組みについて語った。
上からダイア、プラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズ、カッパー、無星の7階級がある。
冒険者の登録をすると、無星に自動的に振り分けられそこから階級を昇格させていくシステムらしい。そのシステムの上から数えて2番目。
大きな功績を残す必要があるそうで、今この世界にというか過去にもダイア級の冒険者はいないそうだ。
つまり実質一番強い、最強の一角、と言える冒険者ということになるそうだ。
そして今回のクエストが、ブロンズ級以上が目安になるということは、逆の意味で分相応なクエストだ。
「まぁ、もう昔のことだ。正直どうでもいいんだよ」
本当にどうでもよさそうに、散らかした荷物をまた適当にバックパックに詰めなおしながら言った。
「ちっ!はいんねーじゃねぇか!」
「アリアさんが雑なだけですよ」
セイラは知っていたから驚かなかったが、ロビンや唯は素直に驚いていた。
「それが価値があれば売って旅の足しにしたんだがな。大した査定額にならんかった。」
「……おいおい。売ろうとしたのかよ…」
普段飄々としたロビンにしてはかなり珍しく、ただただ普通に驚いていた。
そしてアリアは散らかしたものを片すのをあきらめた。
旅は安定を極め、なんの危なげもなく当初野営しようと考えていたスポットに到着した。
テントの設営から焚き木を起こす、そしてご飯の調理まで旅のお供に一家に一人セイラ君!みたいな感じでせっせと準備を済ませた。
その間、唯は燃料になりそうな枯れ木や枯れ枝を探しに、ロビンはうさぎをとってきて、アリアは馬の世話をしていた。
旅の夜更け、焚き木を囲い飯を食す。
4人が出会って旅を初めて、たった1週間弱のファンタジーな光景に落ち着きすら感じた。
「寝れませんか?ユイさん。」
わたしがぼーっと夜空を見上げていたらセイラ君が話しかけてきた。
「セイラ君もですか?」
「あっ、いえ。僕は明日のご飯の仕込みですね」
「そうですか…」
セイラ君は働き者です。
「今夜は月がきれいですね。街の明かりとか雲とかがなく、空気が澄んでいるからですかね?」
「そうですね。とてもきれいです。この様子だと明日は晴れますかね?」
「どうでしょうね?山とか森とかの天気は変わりやすいので何とも…」
月がきれいな夜更けに同世代の男の子と世間話。
なんといえばいいのでしょうか、冒険に出るというまたまたいつもとは違う非日常感がさらに修学旅行みたいです。
その非日常感から、ぽつぽつと自身の事や自分のいた世界の事を唯は語り始めた。
「わたしのいた世界にはね。学校ってものがあるんだよ。そこではいろいろなことを学ぶのです。数学や国語といった勉学。ひいては人付き合いまで」
「そうそう、社会なんてものも学びます。この世界では神様を信仰する人って結構多くみられました。そうですね……。わたしのいた世界では産業革命のときに人間は神様の手を離れたのです。つまり産業革命のときに神様死んでしまったのです」
「わたしのいた国には福祉や憲法によって、何億という単位の人が等しく人権を与えれています。ロビンから聞いた話では奴隷とかが普通にこの世界にはいるそうですね。わたしの国にはいません。もちろん世界にはまだそういう国があるかもしれませんが。貴族制もないので、貴族の子は貴族。農民の子は農民。みたいなこともなく職業選択に自由があります」
わたしはわたしの事をぽつりぽつりと少しづつ少しづつ話しました。
語れるほど多くはない高校生までの私生活ですが、話し始めればいろいろなことを思い出しました。
それをまるで勉強するかのように、話を真剣にセイラ君が聞くものですからついいろいろ話していろんな気持ちが溢れました。
「ユイさんはいつか元の世界に帰りたいですか?」
ハンカチを差し出しながらセイラ君がわたしに尋ねました。
ほほを伝う涙に気が付いていませんでした。
周りの命の息吹く感覚は鋭敏に感じれるのに、自分自身のことをわかってない。
そんな矛盾した感覚、ちぐはぐな感覚。
なんとも情けなく感じてしまいました。
「…。…うん。帰りたい…」
ハンカチを受け取りながらわたしは涙ぐみながら答えてしまいました。
「きっと僕がユイさんをもとの世界に帰してあげます。約束です」
にっこりと微笑みながら頭をなでるものですか、天然のたらしの才能が有りますね。
これはお姉さんが教育的指導をする必要がありますね。
「ねぇ、知ってる?月がきれいですねって、わたしの国だと告白なんだよ?」
年下の男の子に涙まで見られて、かっこいいセリフを言われながら頭をなでられてしまった。
その意趣返しにちょっと驚かせてやろうと、いたずら心が唯を少し意地悪にさせた。
困ってる、困ってる。君はかわいい顔で困るのね。
「ごめんね。意地悪言っちゃっいました。…そうですね。お返しの言葉です。きっとまだ、明日の月の方がきれいですよ?お休みなさい、セイラ君」
「?あっ、はい。おやすみなさい」
唯は軽く謝るとサッと立ち上がってテントに戻っていった。
さぁ、明日に備えて眠りましょうか。
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きっとまだ、明日の月の方がきれいですよ。って、なんて恥ずかしいことを言ってしまったのでしょうか!!
今わたしは昔の事を思い出していた。
たぶんこの時が最初にセイラ君かっこいいなぁ。って思った時だと思います。
にしても、キャーーーー!!
今から考えると、ちょうありえなくないですか?こんな恥ずかしいセリフを素面に言ってのけたのですよ?顔面から火属性の魔術ぐらい簡単に出せそうです!
「こら!座禅が乱れておる!」
「あいたーー!」
不安定な足場で心の乱れ、それをじいちゃんが座禅の修業みたいなときに持つ棒警策というらしいですが、そんなものじゃないただの杖で肩をベチ!!と叩くもんですから思わず声が出てしまいました。
ぬぅ。痛いです。
まぁ、そんな一度は振ってしまった未来の旦那様のために、今を集中して少し頼りなかった旦那様をお守りしないとね。
必ず生きてる。
セイラ君はあたしを帰してくれるって言ったもの。死んでたらお断りの一言も言えないじゃない!
集中しなおすのに、時間はかからなない。
心を乱すな。わたしたちの世界を守るために。
今必要なことをするんだ。未来のために。
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