1:旅の仲間たち 2
第1章 旅の仲間たち 2
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「どうもお久しぶりです。アリア・リーベルトさん」
「かぁ~!湿気た面見せに来てんじゃねよ。イェンチェ・クルーガー……」
「ははは……」
こいつの仕えているノーザン・アルドがろくでなしだ。
あいつと関わるとろくなことがない。
まぁ、こいつ自身もろくでなしだがな。
「まぁまぁ、そんな邪険にしないでくださいよ。」
うっすらと困っていますというポーズのこういう顔が気に食わない。
「それに……。アリアさんも理解しているでしょう?そういう時期になってしまったのですよ?」
「……。わかっちゃぁいるがなぁ……。あと、アリアさんとかお前に名前を呼ばれるのが食わない」
そんなに時間がたったという実感があまり持てない。この20年かなりゆっくり進んでたように感じる。
複雑な心境のままアリアは思いを馳せた。
20年前共に魔王に挑み、逃げたこと。その勇者がもたらしたこの穏やかで、緩やかな時間。
それにここの子供たち。
巣立っていったものもまだまだ雛のような子も、優しい子も少しひねくれた子も家庭不和で荒れた子も。
長いこと孤児院を営んでいると思いも増える。
併設された教会に毎日顔を出すおばあちゃん。お孫さんが重い病気で、不便なところにあるこんなさびれた教会に来ていたな。
ここから降りたふもとの小さな町は、みんなが知り合いみたいなもんだったな。
「……はぁ~あぁ」
重く長い溜息と共に、20年分の時間を吐き出したような気分になっていた。
肺の空気が出きってからアリアは、大きく息を吸い。
新たな時代に向かう決意をした。
今度はあたしが守る番だと。小娘だった時代はとうに過ぎ去ったと。
「アリアさん出掛けられますか?」
「セイラか。まだ起きてやがったか。ガキは寝てる時間だぞ」
セイラ・リーベルト。15年くらい前、この孤児院の前に手紙と一緒に捨てられていたのを保護した。
その手紙に、『私たちの罪をお許しください。この子はセイラ。願わくばこの子の未来に幸あらんことを。』
ただそれだけ書かれ捨てられていた。
血のつながりはないがこの子にリーベルトの姓を与え、ほかの子たちとは比べ物にならないほど厳しく育てた。
「セイラすまないな。私はここを長いこと開ける。お前はここに残り他のガキ共を頼めるか?」
「それはできません。話からおおむね想像はできています。僕も一緒に行きます」
聞き分けのないガキに育ててしまったと後悔するアリアだったが、この戦いにセイラは約に立つのもまた事実なのだ。
息子として厳しく育ててしまったがセイラを共に旅に連れて行くのを、親心が実益を阻む。
「安心してください。僕はアリアさんに育ててもらった恩は忘れることはないです。僕は役に立ちます。そのことでアリアさんは何も悩む必要はありませんよ。」
「ガキがいっちょ前に格好つけんじゃないよ。死ぬかもしれない」
「大丈夫です。僕は死にません。アリアさんに鍛えて貰いましたから」
「……すまないな。ほんとにすまない。こんなことに巻き込んで」
セイラは十分に強い。
しかし、だからと言って息子を戦場に笑顔で送る母親はいない。
セイラには特別な力がある。
それは人の世を変えるものだ。
もっと平和な時代だったらこなことに使わなくてよかっただろうに。
もっといろいろなことが違えばと、育てざる負えなかったことを、そのことがセイラを戦場に向かわせてしまったことを後悔した。
「……時間もあまり残されていない。明日の朝にここを出る荷物をまとめときな。もちろんあたしの分もな!」
「はい!」
翌早朝。
布でぐるぐるまき巨大な包みを背にしたアリアと、二人分の荷物を抱えさせられたセイラは見送られていた。
「にーちゃん。シスター・アリア行ってらっしゃい」
「はい。行ってくるよ。僕たちが帰るまでいい子にしててね」
セイラは孤児院のちびどもの頭をなでながらやさしく微笑んだ。
「シスター・メグ。しばらくここは任せたよ」
「はい。シスター・アリアさん。行ってらっしゃい」
アリアと事情を知るシスター達は目くばせ合い、互いに理解した。
アリアやセイラがここに、もしかしたら無事に帰る事はないかもしれないと。
二人は、孤児院の子どもと残されたシスターたちに見送られながら旅路を行く。
セイラは孤児院の人たちが見えなくなるまで手を振った。
アリアはぶっきらぼうを装い振り返らなかった。
「アリアさん。行きましょう」
「はんっ!とっくに歩いてるっつーの」
アリアはセイラを軽く頭をはたいき、セイラは痛いですよと軽く答え。
とてもこれから先が、地獄のようであるとは感じられないほど和やかだった。
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約束の刻限になった。3日なんてものは早かった。しかしこの3日、唯には長いようで短い3日だった。
~1日目~
唯が諦めを口にする少女と話しているとき急なめまいがした。
地面がグラグラとまるで不安定化のように感じ、視界はゆがんでいるがくっきりと鮮明に。目の奥が燃え盛るように熱く感じた。
唯はそこで一度気を失った。
次に目を覚ました時、あたりは夕暮れで村長にあてがわれた唯の部屋のベッドの上だった。
頭痛がひどく頭が割れそうに感じた。
体調不良だというのに体はやけに軽く感じた。
それこそ、むしろここが唯にとってのホームグラウンドであるかのように錯覚するほど。
体は最高に動きたがっているが、頭が動かない。
意識と肉体が遊離している感覚。唯はそのように表現するより他がなかった。
「……ぎもぢわるい”」
健康優良児だった唯は、今までインフルエンザはおろか風邪すら引いたことがなかった。
そんな唯にとっての初体験の感覚に頭が混乱した。
「……寝ておこう」
できることもなければ、やる気も起きない。
そんな時は寝るに限ると唯はもう一度寝直すことにした。
~2日目~
唯はロビンよりたまに異世界より迷い込んだ人間に、このようなことがあると説明を受けた。
寝起きは非常にいいほうの唯だが、体調不良のためか靄がかかったように頭が冴えず、話は右から左へと流れていった。
動けるようになったころには、昼時を過ぎていた。
ベッドから体を起こし伸びをする。30秒ほどかけ意識を覚醒に向けた。
普段より鋭敏になった感覚は、頬を撫でる風の動き。
働く大人達の作業音、対称に遊ぶ子ども達の無邪気な笑い声。焚き木の煤の臭いに青い小麦の未成熟な香り。
覚醒し目を開くと、さらに良く見えるようになっていることに簡単に気が付いた。唯は視力は悪くなかったが目が悪い人が眼鏡をかけるとこんな感じなのかなと想像した。
1歩ベットから足を下ろした。
いままで感じることのなかった大地の動きを感じた。これは別に地震が起こったとかそういうことではなく、大地も一つの生命なのだと唯はこの時、知識ではなく経験として知った。
二歩目を踏み出した時、床板を踏み抜いた。
力が体中からあふれるのを感じた。3歩め以降は床を踏み抜かないよう慎重に、力をかけすぎないようにゆっくりとキッチンに向かった。
30時間以上何も食べていなかった体は、まるで食欲の権化だった。
キッチンにはハイネがたっていた。
「ユイちゃん!あんた大丈夫かい!?」
ゆっくり、ゆっくりと慎重に、床板を踏み抜かないように歩いてきたので、体調がまだ悪いのかと勘違いさせてしまった。
「た、食べ物を~…。空腹で倒れそうです…」
「……ちょっと待っててね。今すぐ作るから!」
ハイネは、唯の体調がもう大丈夫そうだと安心したのか、少しクスッと笑ってから食べ物を拵えた。
唯はハイネが拵えてくれたものをペロッと平らげると、違和感に気が付いた。
食欲からハイネのことを気にする余裕がなかったが、腹が満たせれ余裕ができたためだ。
ハイネの周りがうっすらとオレンジや黄色といった暖色系に見えた。
唯は興味心から、周りの人の観察をしてみようと家から出た。遅かれ早かれ気が付くことだが、興味心は猫を殺す。同様に人間も殺すんだと唯は思った。
例の氷の柱だ。前まではきれいとさえ感じていたが、今この瞬間から見方が変わった。
真っ黒だ。柱はどす黒く、負の象徴のようにすら見える。
「……。なんなんですか、あれは…。あれが魔王ということなのですか…?」
立ち向かう気力が失てくる。
しかし、だからと言ってほっとくこともできない。何より、今の唯は少しおかしかった。
異常の力。内側からあふれ出る全能感のようなもの。
「今のわたしならできるんじゃね!?」っと、旅に向かう一歩目の理由が、そんなものだというのだから、唯は正義漢ではなくただのお調子者だ。
まぁ、そんな全能感もすぐになくなってしまうんですけどね☆
~3日目~
「約束の刻限です。唯さんお返事をいただけますか?」
ノーザン・アルド領の領主、ノーザン・アルドより遣わされたイェンチェ・クルーガーが三日たち唯を訪ねてきた。
その際二人にしてくださいと村長夫妻を、クルーガーは家の外に追い払っていた。
「答えをお聞かせ願いますか?」
いささか胡散臭い微笑みをその薄い顔に浮かべながらクルーガーは唯に尋ねた。
「あ、あの~、いいですか?」
まるで先生に質問するかのように、申し訳なさそうに小さく手を上げ今度は唯がクルーガに尋ねようとしていた。
人見知りの性格ゆえ、昨日の「わたしできるんじゃね?」感は、次の浮上の機会を待つかのように、あっさりと息を潜めていた。
「はい?なんでしょうか?」
「たった、例えばですよ?わ、わたしがここで無理です。おうちに返してください!って言っても大丈夫でしょうか?そ、そしたらわたしは、おかーさんとおとーさんの待つおうちに帰れますか?」
クルーガーはやや困り顔で、その開いてるのかわからないような薄い目で唯を少し見つめていたと思う。
そして、少し間を開け困ってる風に答えた。
「……そのー、無理ですね。この世界が死ぬまでここにいて死を待つか、魔王様を倒して帰るかの二択ですね」
唯は無理という言葉に気を取られ、なぜ魔王を倒したら帰還できるのかという初歩的なことにも気づけなかった。
あえておこなった失言の意図をとらえれない唯に、クルーガーは落胆してさらに困り顔が深くなった。
「け、結局一択だったんですか!」
「そんなことはありませんよ?あくまで決めるのは唯様です」
「そんなこと…」
唯はかなり正常だろう。現代の戦う準備をしていない人間が、はい!じゃあ今から殺し合いをしてください!どうぞ!と、急に言われたところで、「無理です。」と答えるに決まっているのだ。
なぜなら、今のご時世ではそんなことを行う必要がないから。
だから唯も、無理強いされて、ひどい事させられそうになって、なんでわたしが!と、若干のヒステリックを起こしていた。
短くため息を吐いたクルーガーは一言だけ、唯に言った。
「……きっと、唯様ならできますよ?」
この時の唯には、励まされたかのように感じて、勇気をもらったかのような気分になっていた。
後々考えると、精神支配魔術の一種をクルーガーは使っていたと容易に想像がつくが、その時の唯は魔法や魔術を知らなかった。
いつの時代も、どの世界においても無知な馬鹿な子供は騙しやすい。そういうもので、あえて言うなら騙されるほうが悪い。
「わたし……、やります。魔王を討伐します!」
「ありがとうございます」
唯には謝辞を述べるクルーガーの顔のように映っていた。
実際はとてつもなく微妙な顔なのだが。文字に起こすと、あほでかわいそうな馬鹿な子供を苦虫をかみつぶし、頬の内を嚙み切らんがばかりに破顔しないように必死に抑えてる。そん感じ。
「では、さっそく向かいましょうか?」
「よぉ~、村長。畑なんだが……」
ロビンが村長を訪ね、村長宅に入ってしまった瞬間クルーガーは指を鳴らしてしまった。
高度な転移魔術は難易度が高い。
そのため村長宅内部の人型と特定して転移を行い、人物特定などの余計な情報を介入させないことが、この世界において一般的な常識だった。
要は一緒に飛ばされてしまった。
あぁ……ロビン君、君はどうしてそういつも間が悪く、厄介ごとに巻き込まれてしまうのか。
彼はそう、言わば巻き込まれ体質なのです。