02話 表紙②
「お、予想出来ているみたいですね。次は彼にいってもらいましょうよ」
「ちょっと短いけど、きりが良いな。長くなるけど、并から読んでくれるかな。并のしたが何文字かからいって」
デブ二号が楽しそうにしている。デブ一号も区切りとしてちょうどよかったと、ぼくに手で合図する。
あきらめて読んでいくことにする。
「まず、字数は……七文字です」
「そう七文字。じゃあ、なんて読む?」
そう、ここが問題なのだ。ぼくは、并を花と読んでいたから、その次の字を清と思っていた。しかし、花ではなかったのだから、この字が清とはとても思えない。
ぼくが何も言えないでいるため、美人と悪友はちらちらと心配そうにこちらを見てくる。デブ一号二号は意地の悪い笑みを浮かべている。
「さっき同じのを読んで十分もたってないぞー」
「しかもこの字、今日三回目ですもんね」
さっき読んだ! しかも三回目?
ぼくは急いで今日の分を確認する。
似ているのなんてないぞ。でも、まさか、これか?
「もしかして、御ですか?」
「その通り、これは御。今までのとは似てないようで似ているやろ」
似てないようで似ているって、全然ちがうじゃないか。
毒づいても仕方ないが、心の内では毒づかずにはいられなかった。
「それじゃあ、御が後は? これは余裕やろ」
「えっと、買上? 買うと上って読んだんですけど」
「んー買上は無いやろう」
デブ一号が、デブ二号へ視線を送る。辞書を引いていたデブ二号は、黙って首を振った。
「うん、無いみたいやね。やっぱここは買上か」
「買上であります。意味はそのまま買い上げること。買い上げるは下の者から物を買う、です。おかいあげだと、売り手から買い手に対して敬意をこめた言い方とあります」
「御じゃなくて御になるってことですか」
「そうなるな。じゃあ、続きはどうなる?」
ここは貨と読んでいたところだが、さっき読んだ文字と同じだとわかる。
「さっきもあった賃銭です」
「その通り。じゃあ、ここまで通して読むと」
「并からですよね。并御買上賃銭になります」
「よっし、そうやな」
デブ一号はくずし字辞典を片手に立ち上がる。首を傾げながら、また似たような字を書いていく。
「うっわ下手くそ」
何度も書き直すが、最終的に納得できるものが書けなかったようだ。
「賃銭の下、部首はこれのどっちかになる」
どっちかってまたそんなのかよ。
「この二つの部首は、区別が本当につきにくい。慣れてないと各部首を総当たりで探すこともある。今回の字は常用漢字ではないから、三人でしっかり探して」
そう言うと、また辞書を片手に文字を書き始める。
「私はきへんを探すから、てへんを頼める?」
「わかった。てへんはっ三百八十五ページっと」
悪友が手早くページを開く。
負けていられないと、古文書と辞書の字をしっかり見極めていく。
打の字で手を止める。悪友と顔を見合わせ、何度も確認をする。
似ているがどうも違う。それにデブ一号は常用漢字ではないと言っていた。悪友も小さく首を振るので、ページをめくる。
するとすぐに、てへんに口、今まで見たことがない字が目についた。
読みはコウ、たたく、ひかえる、とある。さらには「控」の略字とも書いてある。
悪友が何度も古文書の字と見比べる。ぼくは、ページをめくっている美人に手で合図する。熱心に辞書の文字を追っていてなかなか気が付いてもらえなかったが、ふとした拍子に気づいてもらえたらしく、美人がこっちに視線を向ける。
ぼくは悪友から辞書を取り上げて、美人に見せる。ページを確認すると、すぐに同じページを開ける。美人も古文書と見比べて、うなずいてくれる。
「見つけたかな。じゃあ、何か答えてもらおうか」
「どの読み方かわからないんですけど、たたく、もしくはひかえるです」
「そうや。てへんに口で扣な。てへんに空の控えるは書くのが面倒やから、その略字。中世では見かけないけど、こういうのがあるって知っとくのは大事。んで、中世でも出てくる大事なのが次のやつ」
デブ一号は椅子に座りながら、ホワイトボードを示す。ホワイトボードには、またくずし字を書いてあった。
「字としては書になる。上段右側の『出』みたいな感じで中世では出てくるから、注意すること。もちろん他のくずし方でも出るけどね」
「さっきと合わせて読み方は扣書です。意味は後日に備えて書き留めておくこと。もしくは控えておいたそのものになります」
デブ二号が辞書を開きながら言い添える。
ともかくも、これで真ん中の二行を読み終えたことになる。
御上下人馬共
御定賃銭并御買上賃銭扣書
「御買上賃銭ってのがいまいち何を指すのかわからんけど、貴人が京の往復にかかる伝馬の費用についての控えってことになるかな。御買上は内容を読んだらわかるやろう。じゃあ、次は右端の方にいってみようか」
悪友に対してデブ一号がうなずく。悪友ももう心得たものだったのだろう、慌てることなく返事をする。
「文字数は、たぶん六文字です」
おもわず悪友に顔を向ける。自分はここを五文字と思っていたのだ。
「六かぁ、おしいなぁ。ちなみにどんな風に切った?」
デブ一号が立ちあがって、悪友に近づく。ぼくと美人も悪友のをのぞき込んだ。
「うん、非常におしい。一文字目のところな、田の部分に続いてるように思ったんやろう。けど、よく見ると田につながる前に筆を止めてるねん。だからここは七文字な」
言われてみると、昔に習字でやったように止めてるようであった。
「そういうわけで、一文字と読んでたそこは、掘と田の二文字になるわ」
「堀田になるんですか?」
「そうやね。後の区切り方は合ってるから、読んでみて」
ここは字数が間違っていたのもあって、自分は全然読めていない。悪友がどう読んだのか興味があったが、顔つきから読めていなさそうだ。
「えっと、上の後が読めてなくて、最後が万って読みました」
「うん、違うね。上と万はまあ、がんばったかな。パッと見たらそう読んでまうのはわかるから」
「上と読んだところとその下の一文字は数字ですよ、漢数字」
数字と言われて僕たちは思わず古文書を見る。数字と言われると一・二・三・四・五・六・七・八・九・十、あとは百・千・万くらいしかない。
悪友も指を動かしてどの数字か確認している。そしておもむろに顔を上げた。
「三と四です」
「そう、三・四な。四の下の字は郎だから、三四郎になる」
なんだよ、それは。三郎か四郎かはっきりしろと言いたくなる。
とはいえ、数字とは思わなかった。
そう思っているうちに、デブ一号・二号が字を書き始める。
「数字は昔の壱・弐・参・肆・伍・陸・漆・捌・玖・拾などもあるから気を付けてくださいね」
デブ二号が昔の数字を書いていく。
陸と漆じゃないのか。
そうしているうちにデブ一号が書き終えたようだ。
「今日に覚えて帰ってほしい字の一つ。おおがいは元の形と全然違うから覚えておくことが大切な。右側、旁にあるこういう形はおおがいをまず疑うこと」
一つを除いてどうやったらおおがいになるのかわからない。下に書いてある今の字は、さっきやった金と同じようにひっくり返していると思えばいいのだろう。
「金の字をさっき紹介したけど、今も同じようにひっくり返すことな。古文書に書いてある左側の字とは、少し違うけど、今と頁をくっつけた字はどうなるやろうか?」
今と頁をくっつけた字?原稿用紙の空いたところに、左に今、右に頁を書いてみる。うん、こんな字は存在しない。しかし、悪友はなにか気が付いたようだ。
「一画たして領になります」
「そう、組み合わせてみるとわかる字もあるからな。今っていう字はひらがなの『と』みたいな形でも出てくるから覚えとくと便利やで」
悪友が得意げな顔をしているのがくやしかった。しかし、存在しないと割り切ってしまった自分が悪かったのだ。
「んで、次の字やねんけど、くずし方が微妙やねんけど、分でいいと思う。辞書の九十七ページにあるから見比べてみて」
言われたとおりにページを開いてみると、確かに書かれているのとは違う。
「読み進めたら変わってくるかもしれないけど、分にしといて。少なくても万ではないからな」
デブ一号がごまかすように笑っている。
「あとの二行やねんけど、印鑑の字を読んだやろうし、読めてるんちゃうかな。じゃあ、読んでくれるかな」
今度は美人を、いつも通りに手で合図する。
「江戸の江と、川の点が三つある州、あとは滋賀県の滋賀……郡、になりました」
「郡はよく読めたね。江州滋賀郡になるねんけど、ここの滋の字は下に心があるから、濨っていうのが正しいかな。今の滋でも良いやろうけど、ここは念のため濨と書いといて」
ここの部分が心になるからと、デブ一号がみんなを回って心の部分を示していく。
その間に、今度はデブ二号がホワイトボードに書き込んでいく。
辞書を見比べては書いては消してを繰り返す。それにデブ一号も加わるが、二人そろって首を傾げてうまく書けないようだ。やがて諦めて僕たちに向き直る。ホワイトボードにはよく似た字が羅列されている。
「江と濨のさんずいやねんけど、すごく見分けのつきにくい部首になるから注意しておくこと。見てわかるように『し』みたいな部首にはさんずい、にんべん、ぎょうにんべんと非常に似ている。正直、これも内容で読み分けないとあかん字もあるから、出てきたらまた説明するわ」
右に行くほどもう見分けが付かない。確かに『し』としか言いようがない。
「じゃあ、最後の行やねんけど、もうこれは言ってしまうわ。木戸は印鑑にもあるからわかるな。最後の文字は宿屋の宿になるわ。読みは宿で、あと原稿用紙には宿の後にかっこをして黒印と書いておいて。ちなみに木戸は滋賀県の大津市と高島市との中間地点らへん」
最後に順番が回ってくるかと思ったが、そうならなかった。言われた通りに宿の後に書き足しておく。
堀田三四郎領分
江州濨賀郡
木戸宿(黒印)
これで表紙の部分が読み終わった。読むんでいる最中はおもしろかったが、読み方では理不尽に思うことが多かった。
「じゃあ、次のページを配るから。内容に入ってくるけど、よく似たないようやから二枚配るな」
最初と同じように、美人に渡され、悪友、ぼくと順番に回ってきた。
パッと見ただけだが、また複雑そうというのが印象だったが、さっきやった文字もあることに気が付いた。
「同じ文がありますね」
ぼくの言葉に悪友はうなずき、美人はさっきのと見比べている。
読もうと筆記具を手に取るが、デブ一号二号が本などを片付けだしたのが見えた。