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秘めたる柿 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 ああっ、コロ! また拾ったものに口をつけちゃって。

 めっ! ダメでしょ、そんなことをしたら! 出さないなら無理やりにでも取り出しちゃうよ〜。この極厚ゴム手袋をしたハンドで!

 ――ふう、コロが小さい犬で助かったよ。これが大型犬だったら、しつけに度胸が要りそうだ。

 犬の身体能力って、人よりも格段に上だからなあ。片腕を犠牲に噛みつかせて、そこを攻撃、とかでもしないと、勝ち目は薄いとかなんとか。本気で反抗されたら、マジヤバって奴だね。

 自分たちよりスペックで優れたものを、いかに有効に扱うか。これに関して、人間は高い技量を持っていると、僕は感じる。

 だからかなあ。与える罰とか、起こり得ることへの対処とか「まじで? そこまでやる?」と突っ込み待ちな方法も、ちらりと顔をのぞかせることも……。

 その一端に関する話、聞いてもらえるかな?


 むかしむかし、ある村のはずれに、小さなあばら家があった。

 この家には主人を亡くしたために、頭を剃ったという、年のころ四十ばかりの男が、もう二十年近く住んでいたらしいんだ。ただ見た目こそ坊さんだが、中身は世捨て人のようだったという。

 彼は読経、写経といった、いかにもな供養をするかたわら、かごやわらじを編んで売りさばき、わずかばかりの金を得る、ということもしていた。

 そして、彼の住まう家自体はつぶれかかっているものの、その敷地の中には立派にたたずんでいるものがある。


 柿の木だ。あばら家の屋根を優に超えるこの木は、両腕を広げるかのように何本もの太い枝を空に遊ばせながら、これまで自然に折れたことはない、という奇特な実績を持っていた。

 彼がこの地にやって来るのと同時に、種を植えたとこの柿の木は、知られる言葉にもあるように8年がかりで、やっと実をつけ、今に至るまで現役なのだとか。

 枝が減らないから、生えてくる実の数も年々、増えてくる。そして、枝は自分からは折れようとしないんだ。

 もぐのに手間がかかる、木のてっぺん近くに生えた実などは、時間と共に増していく自分の体の重さと、地面から引っ張ってくる力に耐えられずに、ひとり、またひとりと脱落してしまうんだ。

 彼のあばらやはちょっとした高台の上にあり、家の周りは斜面となっている。重みに耐えかねて、着地と同時に潰れてしまったものはそのままだが、耐え抜いたものは、自ら斜面を転がり落ちる。

 だいぶ勢いがつくのだろう。柿はたいてい、人々が往来する道まで転がり出てしまうんだ。当然、その存在が放っておかれることはなかった。

 

 ことの起こりは野犬だった。山野を点々とし、町や村にたどり着いても、家畜を荒らしかねないと見られ、問答無用で駆除されることもあり得る、はぐれもの。追い立てられて、腹を空かせた彼らが、道端に転がっていた柿をくわえ、逃げ去ってしまったんだ。

 それは、柿の木の男が、目にしていない時に、一瞬で行われたできごと。住民たちも野犬に関わることを嫌っていたし、しょせんは人様の問題だし、といった感じで、知らんぷりをしていたんだ。

 だが、彼らが飼っていた犬たちに、その辺りの心理は理解できなかったようだ。

 

 ――同胞が転がった柿を食べている。なのに、自分たちより偉い立場である、「人間サマ」たちは怒ろうとしない。だったら、あの柿を食べるのは許されているのだ。

 

 そう解釈したのかもしれない。実際、彼らは散歩に行かされる時、転がっている柿に目が行くや、そちらへグイグイと、主を引っ張ってでも強引に向かって、食そうとするんだ。

 勝手に食べることを注意する家も、あるにはあった。しかし、ほとんどは飼い犬の行動を咎めることはせず、食べさせ続けていたらしいんだ。

 今回は野犬の時と違い、絶対数が多い上に、柿の木の男が顔を出す可能性が高い、日中のことと来ている。男は、自分の家に成った柿がたどっている末路を知ると、目をひんむいて怒り出した。


「それは私が主君より賜った、種よりでた柿の実ぞ。勝手に奪い、あまつさえ食するとは、何事か! かの柿の木は枝のひとつも折れておらん。それはすなわち、主君の志が折れておらんという何よりの証。

 なれば、落ちぶれし者たちを漏らさず広いて、主に仕えさすが正道。拾った柿は持って来い。私がじきじきに面倒を見る!」

 

 主君を思う故だったのだろう。彼の言葉は厳しく、それだけでいさかいの風を呼びかねなかった。

 その語気の荒さに、面倒ごとの兆しを見た人々は、その場は従う顔を見せたものの、彼の姿があばら家の中へ引っ込むや、陰口をたたき始める。


「なんでえ、偉そうに。そんなに大事なものだったら、すべてをほっぽってでも、柿の実の面倒を見ろっていうんだ。木の周りに落ちているならいざしらず、家を離れて、人様が行き来する道へ出てきたものにまで、ケチをつけんのか。それも、『自分のもとへ持って来い』とか、ご足労まで願うとはよ。

 あんなの無視無視。あいつの目が光っている時だけ気をつけて、後は不可抗力だ」


 機嫌を損ねた者は多かった。その証拠に、これまで犬が柿を食べることをたしなめていた家も、ぱたりと注意することをやめてしまったんだ。

 犬たちにとって、柿はだいぶ美味らしく、例の斜面の近くを通るたびに、柿そのものがなくても、残り香を嗅ぎ続けて、しばらく動かないことさえあったという。

 柿を試しに、口へ入れてみた者もいた。渋柿に慣れていた一同は、その甘さに驚く。落ちている柿たちは、いずれも頬が落ちるかと思うほどの甘味を誇っていたんだ。

 砂糖菓子が、まだまだ高価であった時代。人々は主の目を盗み、飼い犬ともども、そのほとんどが柿を懐におさめ、食してしまったという。


 時を経て、柿を口にする者は増えていく。その中でも、例外がひとりだけいた。

 両親を戦で亡くし、身体が小さいが為に重労働に向かず、近所の使い走りをしながら日を過ごしていた少年。彼は親が残してくれた小さい家と、犬を飼っていたんだ。

 主君を亡くした柿の木の男と、親を亡くした少年。思うところがあったのかもしれない。彼は、皆が手に持って、しきりにすすめてくる甘柿を食べないばかりか、柿を食べようとする犬に根気強く注意をして、その柿を律義に男の元へ持っていくんだ。

 男も町での状態を知ってか知らずか、初めの数回はすごむような声とまなざしを向けてきたが、少年は変わらずに彼を尋ね続け、とうとう彼の頬を緩ませることができたという。


 家の中へと招かれた少年。彼はそこで男が仕えたという主君について聞く。

 たわむれの褒美として、主君が男に種を渡した数日後。命を受けて主君の屋敷を離れていた彼だが、帰ってきた時には、主君のものとは違う旗が、屋敷にはためいていたんだ。

 その旗を男は知っている。主君の家臣のひとりで、普段より主君との不仲をうわさされていた、そいつの家のものだ。

 裏切り。それは男が信じる中道の真逆を成す行い。許す気はなかったが、自分ひとりで叶うすべもない。そして、主君から賜った種を捨て置くこともできない。

 彼は流れ流れて、この地にたどり着き、種を植えた。日々、読み書きする経に、主君への弔いと、裏切った家臣への怨嗟を込めながら、柿の成長を待った。

 たとえたわむれでも、柿の種は自分と主君をつなぐもの。それがこうして成り、一度も折れることなく実を着け続けていることこそ、主君の意思が途絶えていない証だと。

 だが、話の雲行きは、どんどん怪しくなってくる。


「俺は皆を見定めようとした。もし俺の言葉を守ってくれるものならば、命を賭けてもすくおう。だが、守らずに裏切るようならば、容赦はせんと。結果、守ってくれたのは、お前だけだ。

 どうだ、助かりたいか?」


 穏やかな声と、物騒な内容が合っていない。少年が黙ってこくりこくりとうなずくや、男は動いた。

 少年の口を左手でがっしりと押さえ、右手を懐に突っ込む。取り出したのは、刃渡り三寸ほどの小刀。その鞘が滑って、ところどころがへこんだ畳の上へ落ちる。

「じっとしてなよ」という、男の声。その小刀の切っ先は、獲物を見定めるかのように少年の眼前でふらふらとしていたが、やがて一気に隠れて見えなくなる。左目の下で「ぷつり」と音がする。


 刺された、と思った時には、ずるりとした何かが涙のように頬を伝い、畳に落ちる音が耳に届いていた。見ると、血をまぶされた大きめの柿の種がひとつ、い草の上に横たわっている。

「塗るぞ」という声。口をふさがれたまま、男がまた懐に手を突っこみ、今度は小さい貝殻を取り出した。

 男が器用に片手で開くと、中身は黄色い軟膏が小さな山を成している。その丘の一部を指で削り取り、先ほど刃が突き立ったと思しき、少年の目の下付近に塗りつけていった。


「生きて動けるから裏切られる。ならば、生かさず動けないようにすればいい。永久の忠義はそこにある。だから、俺は仕込んだんだ。あの柿に近づくもの全てが、将来、裏切らなくなるように。見込みある者しか、生きることのないように。

 さあ、お前の犬も連れてこい。それが終わったら、もう帰れ。そして荷物をまとめよ。家を出られるようにな」


 少年は犬の処置が終わるや、慌てて家に引き返した。その際に、近所の人に男の話をかいつまんで話し、自分が負った傷まで話した「いかにも、柿を守りたい奴の言いそうなことさ」と相手にされなかった。

 彼は翌日、犬を連れて家を出る。皆にはちょっと出かけると話したが、あの男から、あの村から少しでも距離を置きたかったんだ。

 ゆく先々で、自分にできる仕事を探し、食いつないでいく彼は、数ヶ月後にとあるうわさを聞き、故郷へと取って返した。

 そこには柿の木が、往来のところどころで不自然な間隔を開けながら生えていたんだ。いるはずの人や犬の姿はなく、あの男の家も、元々の柿の木に加えてもう一本。家の中央の畳と屋根を突き抜けるようにして、見覚えのない柿の木が立っているばかりだったとのことだよ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 古い柿の木の近くには、たいてい屋敷が。主君との絆をつないだこの柿の木には尋常ならざる男の思いが詰まっていたのですね。 それにしても、道端まで落ちて、坂を転げた柿の実。 拾いにいけばいいのに……
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