超変人、引きこもり、オタク少女と子育てライフ?!
初、なろう投稿作品です!
文系じゃないし、文才もないですけど、子供の頃、お話を作って、誰かに聞いてもらったりするのが好きだったんだよ!
また何か書いてみたい!…と思いましてです。
大学生からでも遅くないよね!笑
これちょっといいな、とかとかと思ってもらえたら幸いです!
「俺と、子育てしてくれませんか?」
……何言ってるんだ、俺。
一瞬にして空気が凍りついた。
姥桜荘住人、神多百都は、隣の部屋の住人である俺、邦枝斗真の発言に眉を引くつかせていた。
そして次の瞬間、俺の目の前に星が飛び散った。
そもそもだ、俺だってこんなことを口走ってしまったのには、わけがある。
昨日の晩、風呂に入ってそろそろ床につこうかと考えていた矢先だ。
「さて、明日は休みだし。ゆっくり寝るとするか」
そう思い、部屋の明かりを消したが、辺りはぼんやりと明るい。
光源と思われる方に顔を向けると、目の前に幼子の顔があった。
「うわ!」
驚いて声を上げるが、相手はそれには驚いた様子もない。
「あれ? わゎ!申し訳ございません夢幻様! 間違えて隣の部屋に来てしまいました!」
幼子の後ろに、幼子と同じような、巫女装束の格好をした黒髪の女性が堂々と立っていた。
「だ、誰!?」
「貴様、誰とはなんだ。夢幻様に向って、無礼であるぞ!」
「むげんさま? どこから入ったんだ! そ、そうだ。警察!」
幼子はペチッと、斗真の頭を叩いてきた。
「うるさいぞ。それに、察を呼んでも無駄なこと。我らの姿は不用意には見えぬようにしてある」
「そんな馬鹿なことはあるか。見えない人間がいたなら、それは人間じゃないだろう!」
幼子は、大きくため息をついた。
「夢幻さまぁ〜、どう説明いたしましょう?」
夢幻と呼ばれた後ろの人物は、花魁を連想させる容貌の持ち主だった。長いまつ毛、真っ赤な紅が凛々しく引かれた口元。その筋肉が微かに動き、
「ならばおぬしに、子を与える」
そう言った。
頭がおかしいやつらが侵入してきた。
大家さん……は、もう寝ている時間。絶対に起きない。
そうだ、もうすぐ例の時間だ。午前〇時三分、決まっていつもこのタイミングで……
バンッ!
「おかえりぃ〜 ヒックッ……よっしゃ飲み直すぞーっ!まだまだこれからこれからー」
「だから明美さん! ここは俺の部屋ですって! 何度言ったらわかるんですか!」
この酔っぱらいのお姉さんは、那須明美さん。農学部の大学生で、醸造の研究をしているらしい。
そのせいか、というかそれを言い訳に毎晩飲み歩き、へべれけになって姥桜荘に帰ってくるのだが、決まっていつも〇時を三分過ぎた頃に、俺の部屋に間違えて入ってくるのだ。
「えぇ? あ〜ごめんごめん。てへぺろ〜」
「もぅ。でも今日はあなたが救いの神に見えます! 助けてください!」
明美は、怯え助けを求める男子高校生を、さも面白がるように
「どったの〜? Gでも出やした?」
と、のんきなことを言った。
「なに言ってるんですか、この人たちが目に入んないんですか!」
明美は、ドカドカと斗真の部屋に入り、Gを探してキョロキョロとしていたが、斗真の言葉に不思議そうな顔をした。
「あんた、お酒は二十歳になってからよ?」
「はい?」
「未成年は、とっとと寝な〜。んじゃ、あっしは部屋で飲み直すんで。じゃ」
「ちょっ、あけみさ……」
バタンッと、扉が閉められ、斗真の部屋には斗真と怪しい二人組が残された。
「わかったか、今はお前以外に我らの姿は見えんのだ」
幼子は、どうだ。というようにふんぞり返った。
そんな馬鹿な。
「では、仕方がないから説明させてもらうぞ。我らは身寄りの無い赤子を保護し、里親となるべき者のところへ赤子を届け、支援するという活動をしておる」
幼子が勝手に説明を始めた。
「そして今回、新たな里親の元に赤子を届けるため、神多百都の部屋を訪れたのだが……」
そこで幼子は、悔しそうに顔を歪めた。
「この零めが未熟ゆえ、誤って隣の部屋に……申し訳ございません!夢幻様!」
この幼子は零、奥が夢幻という名前らしいという情報と同時に、斗真はとんでもない間違いに気がついた。
「待ってくれ! じゃあ、もともとあんたたちが探していたのは、隣の部屋の住人で、そいつが里親になる予定なんだろ? だったら、さっさと隣の部屋へ行ってくれよ」
そうだ。こいつらは隣に用事があるんだ。だったら、さっきの事も、隣の住人の用事だ。
しかし、
「おぬしに子を与える」
夢幻はもう一度、はっきりと、斗真の目を見て言った。
「という訳だ。おとなしく里親になってもらうぞ」
なにが、という訳だ。だ!
「いや、そんな適当でいいのか! 意味がわからないぞ? いきなり現れてきたやつに里親になれなんて言われる事なんか、俺の一生に一度もないはずだ!」
「お前の一生の計画なんぞ、把握しきれておらんわ。全ては夢幻様がお決めになられる。お前はおとなしくそれに従っておれ!」
なんて理不尽な。話せば話すほど、腹が立ってきた。
「もう、出ていってくれ! 俺はまだ高校生だし、隣のやつだって一応高校生のはずだ! そもそもが里親になんかなれっこないんだよ。もし怪しい宗教に誘おうってんなら、他を当たってくれ!」
斗真は怒りを顕にし、そうは言っているが、一方であるものに目を奪われてもいた。
夢幻の舞だ。夢幻は斗真と零の口論の間、舞を舞っていたのだ。
人の話を聞いている様子はない。なんとも場違いで、理解に苦しむ行動だが、不思議と心を奪われる美しい舞だった。
最後に夢幻は、天に両腕を伸ばし宙から何かを抱え上げるような振りをすると、いつの間にかその腕の中には、スヤスヤと眠る赤ちゃんが収まっていた。
「さあ、斗真よ」
夢幻に促され、差し出された赤ちゃんを我知らず受け取ってしまった。
白くて、サラサラした肌。もっちりとした感触から温かさを感じた。
はっと、我に返ったが、眠っている赤ちゃんがいるのでは、大声は出せない。
「安心せい。必要な物や費用は我らが準備する。育て方の助言もしてやれる」
零が小さな声で、しかしどこか頼りがいのある声で言った。
「それでも困ります。俺には無理です。俺、親の気持ちとか分からないし、この子のためにも、俺が里親になんてなってはいけない」
必死に目で訴えてしまった。
単なる面倒だから、という拒否ではない。
俺は幼い頃に両親を亡くした。事故だった。その後一人になってしまった俺は、親戚やらなんやらをたらい回しにされ、小学校高学年にあがる頃にようやく落ち着いたのだが、その家で虐待に遭っていた。そんな人生を送っていたため、俺は親の愛を知らない。
「おぬし、この赤子をおぬしと同じ目に遭わせるつもりか」
斗真は、夢幻に心を見透かされ、動揺した。
「この赤子、そなたが里親とならねば見知らぬ者たちの間をたらい回しにされ、運良く落ち着いた矢先は、よく考えもせずオモチャとして赤子を見る、無責任で情のない者であろう」
「そんなの、俺の責任じゃないだろ」
「ほぅ、ではおぬしは、露とも知らぬ我らのこの赤子への情を信用し、なんの罪もない赤子の運命を見て見ぬふりをするつもりか? それでよいのならその赤子、こちらによこせ」
夢幻は、無造作に赤子に手を伸ばした。
まるで、この赤ちゃんをつまみ上げるかのように。
斗真は思わず夢幻の手から赤ちゃんを庇った。
「決まりだな」
夢幻は手を引っ込めた。
「やっと決意したか。零は待ちくたびれたぞ。では、必要な物を置いていく」
そう言うと、零は手を叩き、同時に斗真の部屋にベビーベッド、おもちゃ、哺乳瓶、オムツが乱雑に現れた。
まるで魔法だ。手品にしては、できすぎている。
「いったい、あんたらは何者なんだ……」
斗真は目を丸くした。
「自己紹介がまだであったか。我は零。漢数字でゼロと書いて、れい。こちらは夢幻様。夢に幻と書いて、むげんさま。我らは今後、そなたらの育児の支援を任された者である」
これが、俺が高校二年生にして育児をする事になった経緯である。
しかし、夢幻と零が支援をしてくれるとはいえ、一つ大きな問題があった。
「そういえば、俺は高校生だぞ」
「それがどうした」
「どうしたじゃない。平日は学校があるだろ」
「そうだな」
「そうだな、じゃない!」
その時、赤ちゃんが少しビクッと動いた感じがした。
「これ、あまり声を立てると赤子が起きるぞ」
「あぁ……」
「わかればよい」
「って、そうじゃなくて、さすがに学校には連れていけないだろ」
「そうだな」
「そうだな、じゃない! その時間は、零たちが面倒見てくれるのか?」
「我らの支援とは、あくまで経済面と知識面、その他例外もあるが、基本的に赤子の面倒を直接的にみることはない」
「なら、どうすればいいんだよ。俺に学校やめろってか?」
「そんな事は言っておらぬだろ。お前が学校に言っている間は、学校に行っていない者に、面倒を任せればよいだけのこと」
「俺は近所にそんなことを頼める親戚や知り合いはいないぞ」
「近所といわずとも、一つ屋根の下におるではないか」
零がそう言うまで、斗真は気が付かなかった。いや、気がついてはいたのだが、目をそらしていた。
零は、この姥桜荘の住人の事を言っている。
姥桜荘は、築何年だ?と、思わせる雰囲気を持つボロ屋だ。もともと三階建ての家だったのを改装し、今は借家として使っている。
斗真は二階の部屋を借りていた。
三階には、先程の酔っぱらい大学生、那須明美さんの部屋と、留年生、藤宮和希さんの部屋がある。
一階には、大家のお婆さん、松竹うめさんの部屋と、売れない漫画家、高田健次さんの部屋がある。
「待ってくれ。そこまで知っているのなら、ここの住人がどんな人か知ってるだろ。明美さんはさっき見てのとおりだし、大家さんは声は大きいし、何と言ってもボケは酷い。健次さんは仕事もあるってのもあるけど、楽観的すぎて任せておけない。和希さんの勉強の邪魔はしたくないし、あの体じゃあダメだ。この姥桜荘には、平日の昼間に人はいるが、誰一人として子育てを任せられるような人はいない!」
「お前、我らがなぜこの……何といったか? うばなんやら荘に来たのか聞いておらなんだか?」
まさかとは思った。そして、そのまさかだった。
「我らはもともと、神多百都を訪ねて参ったのだぞ。昼間の赤子の面倒は、神多百都に任せればよい」
「いやいやいやいや、確かに彼女は俺と同い年で同じクラスのくせに二年生になってから一度も登校していない引きこもりだから家にはいるけど、ダメだ! あんなやつにこの子を任せられるか!」
「おぉおぉ、お前、なかなか親心があるではないか」
「そうじゃ無い! 彼女は本当にやばいんだ!」
そう、あれは俺がここへ引っ越しをしてきた高校二年生に上がる前の冬の事。
俺は、大家さんと一緒に、姥桜荘の住人ひとりひとりに挨拶に回っていた。
「えっと、ここが誰じゃったかのぉ? 名簿名簿……あぁ、那須明美さんの部屋か! んだ。ここが明美さんの部屋で間違いねぇ……あんた、誰だぁ⁉」
「今日からその空き部屋に引っ越してきた邦枝斗真です」
「おぉ、そうじゃった」
大丈夫か……このお婆さん。
「そんで、ここが……誰の部屋じゃったかのぉ……」
「那須明美さんの部屋ですよ」
「おぉ、そうじゃった。あーけーみーさん! ちと良いかの?」
大家さんの馬鹿でかい声に、少ししてドアが開いた。
出てきたのは、真っ昼間から日本酒の瓶を片手に提げ、そのにおいをプンプンさせている、茶髪のショートボブヘアをしたすっぴんの明美さんだった。
「なぁ〜に? うめさん、あたし今日大学生が休みで、これから朝まで飲み明かす予定なんだけどぉ〜」
これから朝までって、今は昼間なんだが……
「なにって、二階に人が越してきたんだで挨拶して回らせとんのよ」
「ふーん。それが、この少年という訳だ」
明美さんは、お酒でほんのり赤くなった顔を斗真に近づけてきた。
間近で見ると、すっぴんの割に肌はきれいだし、酒臭くなければアップにもじゅうぶんに耐えられた。
「酒くさ……」
思わず声を漏らしてしまった。
明美さんはニヤニヤするだけで、気にする素振りも見せない。
「あたし、農学部で醸造やってんの。ここには大学入ったときからいるから、今年で三年目。好きなものは酒。だから、彼氏にして欲しけりゃ二十歳越えてからにしなね」
「何言ってるんですか」
「明美さんはいつもこんな感じさね……あんた誰だぁ⁉」
「今日から二階に越してきた、邦枝斗真です。高校二年生。よろしくお願いします」
大家さんのボケが良い自己紹介のきっかけとなってしまった。
「とーまね、よろしく」
次に挨拶に回ったのは、明美さんの向かいの部屋の住人、藤宮和希さんだ。
「こんにちは、あの、二階に越してきた邦枝斗真です。よろしくお願いします」
部屋から出てきたのは、青いフリースを着込み、咳き込んで出てきた辛気臭い雰囲気の人だったが、なかなかのイケメンだった。
「藤宮和希です……げほっげほっ……すみません、今ちょっと風邪をこじらせていて……げほげほげほ……よ、よろしくお願いします」
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、気にしないでください。いつもの事なので」
この人、今いつも風邪を引いていると言ったのか?
「あ、あぁそうですか。取り敢えずこれ、つまらない物ですが」
そう言って、明美さんのときも渡した手土産を手渡した。
「あぁ、これはご丁寧に……げほげほげほっごほっ、ごほ……」
「あぁ、本当に大丈夫ですか? 大変な時にすみませんでした」
「あ、いえ。今ちょうど新しい勉強法で、腹筋と腕立て伏せと背筋とスクワットをしながら英単語を覚えていた合間でしたから、大丈夫ですよ」
「全然大丈夫じゃない! 何やってるんですかあんたは!」
「いや、体を動かしながら英単語を覚えると良いって聞いたことがあって……」
「それで風邪をこじらせちゃ元も子もないでしょ」
「そ、そうか……げほっげほっげほげほごほごほ……」
「あぁー、もうおとなしく寝ていてください」
「うぅ……ごほごほっ……」
斗真は和希さんを布団まで誘導し、部屋から出てきた時には、大家さんにまた、
「あんた誰だぁ⁉」
と、言われることとなった。
そして、一階の部屋の住人、高田健次さんの部屋を訪れた。
「ちわーっす! 高田健次です! 気軽に健次くんでも、天才漫画家さんとでも、何とでも呼んでもらってオッケー! 歳は二十五歳で、うめっちを除いたうちでは最年長! だから兄貴って呼んでくれてもいいぜ!」
威勢良く開いたドアから現れたのは、これまた威勢の良い好青年、高田健次さんだ。
「二階に越してきた邦枝斗真です。よろしくお願いします」
「斗真か! いい名前だ! よろしく! そうだ、今夜うちで歓迎会しようぜ! そうと決まったら鍋だな! 今夜は姥桜荘の闇鍋大会だ!」
1人暴走をはじめた健次さんは、慌てて部屋に入ると、中から雪崩でも起きたかのような音がしたあと、バキーンと分厚い陶器が割れる音がした。
そして健次さんが戻ってきた。
「あははは、ごめんごめん! 鍋を割っちまったよ! でも大丈夫! 鍋がなければ薬缶を使えってね! あははははは!」
健二さんは、取り敢えず、割れた鍋を片付けるために部屋へ戻っていった。
ちなみに、手土産を渡したら、たいそう喜んでもらえた。
「さて、最後は一年前に越してきた子だね……あれ? それはあんただったかえ?」
「俺は今日引っ越してきた、邦枝です」
「そうそう、じゃあ、ここはあんたの部屋かえ?」
「ここは神多……なんて読むんだ? ひゃくと? かんだひゃくと?」
大家さんの部屋割表を眺め、斗真の隣の部屋の住人の名前を見る。
「あぁ! そうそう、神多さんね、これで“おと”って読むらしいのじゃよ。けらけらねぇむってゆうやつじゃの」
「キラキラネームって言いたいんですか?」
「もしくは、どくんねぇむ、じゃの」
「DQネームですね」
そういう事は覚えているのか、この婆さんは。
「かんださーん! お友達が越してきたでぇ、ちょっとええかのー?」
またあの馬鹿でかい声で大家さんが叫んだ。
しかし、返事がない。よく見ると、ドアの鍵は開いている。
「かーんーだーさーんー! 開いているでねぇ、失礼するで!」
そう言うより早く、大家さんはおもむろにドアを開いた。
「ちょっ、いきなり開けて大丈夫なんですか⁉」
そして、目の前に飛び込んできた光景は、俺と同じ年頃の少女が全力でヲタ芸をしている光景だった。
彼女はアニメに出てきそうなセーラー服に、これまたアニメに出てきそうなツインテールをして、魂の踊りを等身大フィギュアに捧げていたところであった。
斗真たちに気が付くと、踊りを続けたままドアの前までやってきて、ドアを閉めた。
「邦枝さん! 神多さんを紹介したいんですが! ちょっと、出てきてくれねぇかのぉ?」
「大家さん、おそらく今のが神多さんです」
「おぉ、そうか。……なら、あんた誰だぁ⁉」
斗真は死んだ魚の目をして、こう言った。
「邦枝です」
あれが、俺が初めて見た神多百都の姿。それだけでもじゅうぶんなヤバさをアピールしてくれた彼女だったが、彼女の本領発揮はここからだった。
その夜、俺は荷解きが一段落したところだった。
すると、向かいの部屋、神多百都の部屋から尋常ではない叫び声が聞こえた。
驚いて廊下に飛び出し、神多百都の部屋のドアを叩いた。
「神多さん! どうしたんですか⁉」
思わずドアノブに手をかけると、鍵が掛かっておらず、ドアが開いた。
「神多さん! 大丈夫ですか⁉」
緊急事態にやむを得ず、中へ入ると、真っ暗な部屋でテレビの前に正座する神多百都がいただけだった。
テレビの画面には、ゾンビのアニメーションが流れていた。
ゾンビは人々に噛みつき、ただれた皮膚を撒き散らしながら剣を降って近づいてきていた。
日本のアニメーション技術は物凄いことになっていると聞いてはいたが、ここまでとは思ってもみなかった。
絵だと分かっていても心臓が凍りつく、恐ろしいほどリアルなアニメーションだった。
しかし、斗真が本当に恐ろしいと思ったのは、神多百都の顔だ。
彼女はアニメのゾンビと同じようなペイントメイクを施していた。
そして彼女は鬼の形相……ゾンビの形相で、斗真を睨みつけている。
おそらく、アニメの世界に入り込んでいたのを邪魔されたからだろう。
「し、失礼しました!」
斗真は慌てて部屋を飛び出した。
その翌日、斗真が姥桜荘の庭を見物していたときの事だ。
庭と言っても、両腕を広げれば建物の壁と塀が同時に触れられるほどの狭さのスペースしかない。
ひと回り見るだけ見てみようと思って、ふと姥桜荘を見上げると、屋根に人影があった。
真っ黒なローブをまとい、フードを深くかぶって顔がよく見えないが、神多百都だった。
あんなところで何してるんだ?
と、思ったその時だった。
「安息の地を揺るがす漆黒の魔物。そして裏切りは更なる試練を我に与えた」
神多百都はそう言うと、フードを片手で抑えながら屋根上で助走をつけ、飛んだ。
そして案の定、それは飛んだ、ではなく跳んだ。であり、神多百都の体は、六メートル程の高さから落下するのである。
人が飛び降り自殺をするなら五階建て以上と聞いたことがある。なので高さ的に、死にはしないと思った。
しかし、建物と塀の距離は両手いっぱい。斗真は神多百都の落下地点が塀と重なることに気がついてしまった。
塀の高さは一五〇センチメートル程。斗真は塀に片手を突き、走った勢いのまま踏み切って空いた手の方で神多百都の頭を守った。
斗真は神多百都と庭側に落下した。
「いててて……」
斗真が目を開けると、真っ黒なローブに包まれている神多百都を確認した。見たところ、どこも怪我はしていないようだ。
「何やってるんだ! 危ないだろ、死にたいのか!」
斗真が神多百都に声を荒げた。すると、神多百都はひっ、と小さく声を立て、一目散に姥桜荘へ逃げ込んでいってしまった。
……と、まぁ挙げればきりがない。
「とにかく、神多百都だけは絶対にダメだ。得体が知れなさすぎる」
「ほぉ、では得体が知れればよいのだな」
「そういう問題じゃない!」
「では、この赤子の昼間の世話はどうするのだ? 保育所の保護者欄には夢幻様の名は使えぬぞ」
斗真は何か反論をしようとした。しかし、言葉に詰まってしまい、零を睨めつけた。
「なあ、お前。明日明後日は休日であろう。ならば、少し神多百都の得体を調べてみるがよい。それからものを判断してみよ」
「調べるって、どうやってだよ」
「うむ。まずはここの住人に神多百都のことをどう思うかなど尋ねて回ってはどうだ?」
「そんなことしてなんの意味が……」
「ではお前、お前がそれほど奇妙不可解とする神多百都の事を、お前より彼女を一年長く知る他の住人たちはどう見ているのか知っておるのか?」
確かに、他の住人たちは彼女のことをどう捉えているのか、斗真には想像もつかなかった。
斗真は姥桜荘へ来ておよそ一ヶ月。神多百都は1年以上になる。
「明日明後日は、我らもこの赤子の面倒はみてやれる。しかしそれ以降は我らはお前と神多百都の2人が正式な里親になるという想定で物事を進める。つまり我らは神多百都を里親として問題ないとしておる。ゆえ、お前の問題で神多百都を認めるか認めぬかなどという事は我らが扱う問題ではない。しかし、お前が神多百都を認めるのに協力しようというのだ。ありがたく思え」
ああだこうだ言いながら結局、明日斗真は姥桜荘の住人ひとりひとりに神多百都について聞いてまわることとなった。
取り敢えずのところ、斗真もまだ正式な里親ではないので今日のところは夢幻と零が赤ちゃんを預かって帰っていった。
置いていかれたベビーベッドやおもちゃやらが場所を取り、斗真は僅かなスペースで窮屈さを感じながら今日のところは布団に入った。
一方で夢幻と零は、赤ちゃんを一旦預かる部屋へ運び寝かしつけ、部屋をあとに廊下に出た。
「はゎゎゎゎゎゎ! 我は鬼か!鬼なのか⁉ 斗真はまだ子供。我は鬼過ぎたかの⁉」
夢幻は取り乱し、頭を抱え、へたばってしまった。
「む、夢幻さまぁ! お気を確かに! 夢幻様は正しかったです、あれで良かったのです!」
「斗真の過去をいたぶるようなマネをして、大人気なかった……いや、人間として我は失格である! はゎゎゎゎゎ……」
「夢幻様! そのような事は決して! 夢幻様、夢幻さまぁー!」
「そもそもなんじゃ? もともと百都のもとを先に訪れる予定を急変して、偉そうに“ならば先におぬしに子を与える”などと偉そうに……偉そうに……はゎゎゎゎゎ!」
「夢幻様! それは零めの失態でございます! 夢幻様の判断は間違ってなどおりませぬ!」
「はゎゎゎゎゎ!」
「夢幻さまぁ!」
「はゎゎゎゎゎ!」
「夢幻さまぁ〜!」
翌朝、斗真が廊下に出ると、ランニングを終えて帰ってきた健次さんとはち合った。
「お帰りなさい、健次さん」
「おぉー! 斗真! ちょうどこれからランニング後の汗を流しに銭湯へ行くところなんだ! お前も来るか⁉」
朝から元気な健次さんは、健康的な白い歯をキラーンとさせて斗真を誘ってきた。
「い、いえ。大丈夫です。そ、そうだ健次さん、神多百都のこと、どう思います?」
唐突だとは思ったが、健次さんなら問題ない。なにしろ、健次さん自身が1番唐突な人間だからだ。
「おとっちか! 彼女は熱いやつさ!」
健次さんのコメントに、斗真は思わず聞き返した。
「彼女は熱いやつさ!」
やはり、健次さんはそう言った。
「いや、神多百都って、すぐそこの神多百都ですよ?」
「あぁそうさ!」
「いったい何をどう見たら彼女が熱いやつになるんですか⁉」
「あれは、去年の夏のことだ! 俺はマンガ大賞に出すマンガのネタを考えるために、姥桜荘のみんなで海へ行こうと誘ったときの事だ!」
姥桜荘の住人、那須明美、藤宮和希、神多百都、そして松竹うめが高田健次によって廊下に集合させられた。
「何なのよもう、暑いんだから部屋でビール飲ませなさいよねったく……ひっく」
「みんな! 夏だ! 夏といえば、海だ! 海へ行こう!」
「と、突然ですね……でも、海までの移動時間を利用して漢字を覚え……」
突然、というより元より顔を真っ赤にして廊下になんとか立っていた藤宮和希が、ついに熱中症で倒れた。
「あーあー、あんたは移動時間に文字を見たら車酔いするでしょうに」
「いや、明美さん、その前に熱中症で倒れてしもうたよ。 たく、最近の若いもんは弱っちいのう」
「いやいやみなさん! 氷! 氷!」
「だ、大丈夫です……ちょっと、水飲んできます……」
「あーあー、あたし付いていくから」
那須明美が藤宮和希を部屋の中へ担いで行ってしまった。
「で、何じゃったかの?」
「だから、海へ行きましょうよって話でしたけども!」
「おぉ、そうじゃった。わしゃ、そんなガチャガチャしたところに行くのは気が進まんね」
「まぁ、状況が状況ですし、俺もあきらめるところでしたけども! くぅ〜! 残念! 無念!」
そして、姥桜荘の海へ行くかどうかの会議は、早くもお開きとなってしまった。
その夜、高田健次は部屋でマンガのネタを絞り出していた。
そこへ、部屋のドアを叩く音がした。
「はい! 開いてますよ!」
と、そこへ青いものがドアからバサッと音をたてながら流れ込んできた。
「な! なんだなんだ!」
部屋のドアから流れ込んできたのは、ブルーシートだった。
そして、ブルーシートを勢い良く高田健次の部屋に広げた犯人は、スクール水着に三つも浮き輪をつけ、ごっつい水中メガネを装着した神多百都だった。
「おとっち!?」
神多百都は、ブルーシートを引くと、一度自分の部屋に戻り、何やらガチャガチャと探しものをして戻ってきた。
戻ってきた神多百都は、腕いっぱいに、水着を着た女の子達のフィギュアを抱え、それをおもむろに高田健次の部屋の畳の上に並べだした。
「健次! 諦めるのはまだ早いぜ! この病魔撃退魔法少女☆対うつ病、SNRIが来たからにはもう大丈夫! 海へ行けないのなら、海を連れてこればいいのさ!」
少年漫画に出てきそうなセリフに決めポーズ。
神多百都は、呆気にとられている高田健次をよそに、目を輝かせながらフィギュアを畳の上に並べていった。
「できたぜ! さあ、遊ぼぶぞ!」
呆気にとられていた高田健次だったが、キラキラした神多百都の顔を見ると、自分もと顔を輝かせた。
そして、現行の山をバサバサとかぎ分けて泳ぐ真似をしたり、フィギュアの美女にナンパを仕掛けたり、かき氷を作って食べたりした。
「……ということがあったわけよ!」
「は、はぁ……」
確かに、海へ行きたかった健次さんの願いを叶えようとしてくれた熱い心がある。と言われればそんな気がしないでもないが、正直言って、あの神多百都がそんな事をするようには到底思えなかった。
「そのおかげで俺はこの、“ファイアー・オブ・ブルーシート”を描き上げることができたのよ!」
健次さんはそう言うと、いかにも熱い少年漫画! という感じの表紙のネームを突き出してきた。
「これをおとっちに読ませたら、おとっち、泣いてくれたんだぜ!」
斗真は渡されたネームをパラパラとめくってみたが、泣ける要素があるようには見えなかった。
「ああここ! この主人公の少年が愛用していたブルーシートを泣く泣く燃やしてしまうシーン! くぅ〜! 今思い出しただけでも、俺も涙が!」
いったい、どういう状況でブルーシートを燃やすのだろうか。そもそも、愛用していたブルーシートってなんだ。
「とにかく、おとっちは少年漫画の主人公のように熱い心の持ち主だぜ!」
その後、健次さんは銭湯へ行き、斗真は姥桜荘に回ってきた回覧板を読み、明美さんへ回しに行った。
「明美さん、回覧板持ってきましたよ」
声をかけると、空き缶がカランカランと床に転がる音がして、明美さんが出てきた。
「あー、どうもどうも、ご苦労さん」
斗真は唐突ではあると思ったが、一応聞いてみることにした。
「あの、明美さんは神多百都のこと、どう思いますか?」
言ってみると、やはり唐突だったと思った。
明美さんは、ははーん、といった顔をしていた。
「さては、百都ちゃんのことが気になるとか」
「そんなんじゃありません」
そう言われるのも無理はないかもしれないが、斗真は真っ向から否定した。
「明美さんは、ってことは、他にも同じ質問をしたか、するつもりなんだね」
明美さんはまだあまり酔っていないのか、鋭い。さてはこの人、シラフだと頭いい系の人間なのか? と思ったが、まず明美さんにシラフがあるのかが問題である。
「はい、えっと実はさっき健次さんにも同じ質問をしました」
「で、なんて言ってた?」
「神多百都は熱いやつだって」
それを聞き、明美さんは驚くでも笑い飛ばすでもなく、ただほうほう、と頷き、
「健次さんらしいね」
と満足そうに言った。
「じゃあ、あっしは性格面以外で攻めてみようかな。百都ちゃんは、かなり可愛いぞ」
多方面の情報が得られることはありがたいが、今斗真は、神多百都の得体を知るのに、見た目についてはあまり必要な情報とは思えなかった。
「可愛いとか、そういうのはいいですから」
「じゃあ、とーまは百都ちゃんの顔みたことあんの?」
「いやいや、俺けっこう神多百都の顔を見るチャンスありまし……」
そういえば、言われてみると斗真は神多百都の顔を見たことがなかった。
固まった斗真を見て、明美さんはほらね。と言わんばかりだ。
「百都ちゃん、髪は銀色に染めてるみたいだけどサラサラだし、色白で綺麗な肌してるし、目は奥二重の割にぱっちりしてるしね。今度しっかり見てみなよ」
「見てみなよって……」
「ま、あとは他の人に取っといてあげる。はいこれ、和希んとこ回しといて」
神多百都の説明をしている間、明美さんは回覧板を一通り読み終え、必要な物を回収し終えていたらしい。
回覧板の袋を斗真に渡すと、よろしく〜と回覧板を押し付けてきた。
「まぁ口実として丁度いいですし」
「んじゃ、あっしはこれから一杯やるんで」
「また飲むんですか!? っていうか、まだ朝ですよ?」
「何言ってんの、酔が冷めてきた頃だから飲むの。んじゃ、頑張ってね〜」
そしてそのまま回覧板を持って、斗真は和希さんの部屋を訪れた。
ノックをすると、しばらくして真っ青な顔の和希さんが出てきた。
「だ、大丈夫ですか? 顔色悪いですよ⁉」
「はは……大丈夫大丈夫。ちょっと食べ過ぎただけだから……うっ……」
よく見ると、和希さんは食パンを持っており、その食パンにはチョコペンで数学の公式がびっちりと書かれていた。
そして和希さんの部屋は、パンの酵母の匂いと、チョコレートの甘い匂いと、胃酸のツンとくる匂いが漂っていた。
「あの、これ回覧板です。明美さんにパシられて」
「あ、そうなんだ、なんかごめんね」
そう言いながら和希は回覧板を受け取ると、袋の中のボードに蛍光色の付箋を見つけ、思わず剥がして見てみた。
「斗真くん、俺に何か聞きたいことがあるの?」
そう言いながら和希さんは付箋を斗真に見せてきた。
そこには、明美さんの文字で“とーまが聞きたいことがあるから聞いてやって”と、書いてあった。
「明美さんいつの間に……」
本当にいつの間に仕込んだのだろう。なんとなくだが明美さんをシラフにしてはいけない気がしてきた。
「大したことではないんですけど、神多百都のこと、和希さんはどう思いますか?」
「神多さん? 彼女は一言で言うなら、とっても優しい子、かな」
また斗真は聞き返しそうになってしまった。
神多百都は不可解な行動ばかりとっていて、優しさを見せる場面など見たことがなかった。
「ちなみに、どうしてそう思われるんです?」
「あぁ、斗真くんが越してくる前、俺インフルエンザにかかっちゃって、神多さんが元気づけに来てくれたんだよ」
ある冬の日、藤宮和希はインフルエンザで四〇℃の熱を出していた。
そこへ、神多百都が入ってきたのだが、彼女の格好はまるで魔法少女のような格好だった。
「私は病魔撃退魔法少女☆対インフルエンザ、タミフルちゃんです。私が来たからにはもう大丈夫です!」
神多百都は、持っていたステッキをバトンの選手のように振り回すと、ていや!だの、そいや!だの部屋中を駆け回った。
「さぁ、とどめよ! ウィルスはお空に〜バイバイ菌〜!」
神多百都は、ステッキを巧みに操り、ベランダの扉を勢い良くスライドさせた。
外は真冬の吹雪。神多百都が扉を開け放つと同時に凍えるような冷たい風が藤宮和希の部屋に吹き荒れた。
神多百都は、あまりの吹雪の強さに、慌てて扉を閉めた。
息を整え、ふう、と一息。
「もう大丈夫、悪いインフルエンザウィルスは、このタミフルちゃんが追い出しました!」
そしてポーズをキメると、玄関の方へ向かい、
「私は病魔撃退魔法少女☆対インフルエンザ、タミフルちゃん! 名乗るほどのものではありません、では、さらばです!」
そう言って出て行ってしまった。
「と、いうことがあってね、あの後本当にインフルエンザが治ったんだよ」
「空気を入れ替えたからじゃないですかね」
「けど不思議とインフルエンザは治ったんだけど、熱は下がらなかったんだ」
「猛吹雪に当てられて熱が出たんでしょうね」
「でも、神田さんはインフルエンザを治しに来てくれた、優しい子じゃないかな」
「は……はぁ……」
「それにその時、お守りもたくさんくれたんだ」
「お守り?」
和希さんは、そう言うとポケットの中から、カラフルなマスコットがいくつも連なったキーホルダーを取り出した。
「なんですか、それ?」
よくよく見ると、それは菌のような形をしたゆるいキャラクターだった。
「なんですか? それ」
「幸せ菌っていうらしいんだ。これを持っていると幸せに、更に1つずつ誰かに分けていくと、その人も幸せ菌に感染して幸せになり、自分ももっと幸せな気分になれるんだって」
和希さんは、三つ連なったマスコットの一番上のフックを外し、二つマスコットを取ると、
「はい」
そう言って、真っ青な顔を笑顔にして斗真に手渡した。
「あ、ありがとうございます」
「うっ……ごめん、俺……吐きそう……回覧板、ありがと……うっ!」
和希さんは、話してくれている間中、真っ青な顔をしていたが、ついに限界を迎えたらしく、部屋の奥へ駆け込んでいってしまった。
「お……おだいじに」
外へ出ると、大家さんが掃き掃除をしていた。
「こんにちは、大家さん」
「ありゃ、今から学校かえ?」
「いいえ、今日は土曜日なので学校は休みなんですよ」
最近になって、ようやく大家さんに顔と名前を覚えてもらえた気がする。
「そうかいそうかい、じゃあ今日は全員姥桜荘にいることになるねぇ」
「明美さんも休みですし、和希さんも休みですから、そうなりますね」
「あと、神多さんもあんたと同い年じゃなかったかえ?」
「えぇ、よく覚えていましたね」
「ほっほっほっ、この姥桜荘の美女三人の事はしっかりと頭に入っているからねぇ」
つい一ヶ月前、明美さんの部屋を忘れ、神多百都の苗字を間違えたのは忘れたのか?
「美女三人って……もしかして大家さんがこの姥桜荘って、名前を付けたんですか? よくそんな勇気ありましたね」
「何か言ったかえ?」
「いえなにも」
姥桜とは、ヒガンザクラの一種であるが、他にも、若さの盛りを過ぎても、なお美しさが残っている女性のことを指す。
つまり、大家さんは自分を姥桜という認識のもと、それにちなんでこの名を付けたということになる。
「そうだ、その神多百都の事なんですけど、大家さんは彼女のことをどう思いますか?」
「どう思うって、どういう事だい?」
契約者である住人のことをどう思うかなど大家さんに聞いてはいけない事かもしれない。だから少し、質問の仕方を変えようと思った。
「ほら、彼女少し変わってるというか。例えば、俺が越してきた翌日、怪我して大家さんに絆創膏を貰いに行ったじゃないですか、あれ、実は神多百都が屋根から飛び降りたからなんですよ。それにその時、わけの分からないことも言ってましたし。漆黒がどうとか、裏切りがどうとか……」
「そんな事あったかねぇ? そうじゃ、わしの日記を見てみればその事が書いてあるやもしれん! ちと待っとれ」
そして大家さんは姥桜荘の中へほうきを持ったまま駆け込んで行き、ほうきの代わりに何とも派手な、小学生の女の子が使っていそうなノートを一冊持って出てきた。
「それは、二月頃じゃったかの……おぉ! これじゃないかの!」
開かれたページを覗き込むと、箇条書きで大家さんのその日の出来事が書かれていた。おそらく、一日の終わりにまとめて思い出すことができないので、ちょくちょくメモのようにしてあるのだろう。その中の一つに、こうあった。
・カラスに姥桜荘のアンテナを曲げられてしもうた。神多さんに屋根に登って直してもらっているのを忘れ、ハシゴを片付けてしもうた。あとで神多さんに文句を言われた。てへぺろ。
・邦枝さんが姥桜荘の庭で怪我をした。絆創膏を貼ってあげた、わし優しい。
「んな……‼」
漆黒の魔物……カラス!
裏切り……ハシゴを片付けた!
更なる試練……飛び降りる!
「そういうことだったのか……」
なんだか、随分とあとになって新たな発見をしてしまった。
出来事のことでは無い。神多百都のことである。
斗真は、自分の部屋に戻ると、零がいた。
「戻ったか。して、どうであった? お前の神多百都への見方は変わったか?」
零は当たり前のように斗真の湯呑みを使い、お茶をすすっていた。
「まぁ、変人レベルが十から八くらいにはなったかな」
「何だよく分からぬが、まぁよい。我らはその、変人レベルとやらがいくつであろうとも神多百都をお前と里親にする事に変わりはないのだからな」
「俺としては、あとは神多百都が里親になることを知った時の反応によると思う」
「どういうことだ?」
「だってそうだろ? 零たちが神多百都のところへ行って、俺と里親になりました。なんて聞いて、神多百都はどんな反応を示すのか、あとの判断はそれによるってことだよ」
斗真の言葉に零は首を傾げた。
「お前、我らが神多百都に説明をすると思っておるのか?」
「え、違うのか?」
今度は斗真が、零の言葉に首を傾げた。
「我らが説明するより、お前が説明したほうが遥かに合理的というもの。神多百都には、お前から説明をするのだぞ」
なんということだ。この、説明のしようのない事を説明しろとでもいうのか⁉
「ま、待ってくれ! 俺はこんな事、ちゃんと説明できる自信がないぞ」
「自信どうこうという問題ではない。それに、これから共に里親として協力してゆくのだ。それくらいの意思伝達作業はできた方が良いだろう」
「なら、方法を教えてくれ。いきなり神多百都を訪ねて、俺と子育てしてくれませんか? とでも言えってか⁉ 神多百都の顔は知らないが、神多百都の頭の上にハテナマークが浮かび上がる光景が目に浮かぶぞ!」
「それでよいではないか。よし、なんなら今からそうしに行こうではないか。昔から、善は急げと言うだろう」
そう言うと、零は身軽に斗真をかわし、ドアノブに手をかけ、あっという間に神多百都のドアをノックしてしまった。
「ちょ、こら零! 待て!」
慌てて出てきた斗真は、零を捕まえようとしたのだが、
「斗真、ふぁいとだ」
零は狐がドロンと姿を消すように見えなくなってしまった。
そして零と入れ替わるようにしてドアの向こうから現れたのは、銀色の髪に猫耳、おまけにいかにもコスプレですといった感じの服装をした少女……神多百都だった。
何の心の準備もしないまま神多百都が出てきてしまった。
「あの……」
神多百都の表情が、少し強張っているように見えた。
やっぱり、いきなり訪ねて来てこれは不審すぎる。だけど、何か、言わなくては間が持たない。説明しなくては。
そして──
「俺と、子育てしてくれませんか?」
何言ってるんだ、俺。
一瞬にして空気が凍りついた。
神多百都は、ピクッと猫耳をひくつかせた。
そして次の瞬間、俺の目の顔面から星が飛び散った。
「みゅっ!」
神多百都の手にはめられた、星型の肉球をもった猫の手のグローブが、斗真の頬にペタリとかまされた。
「……」
「あ……殴っちゃった……けど、謝ったりしないん、だからね……」
「ええっと……?」
「その……なんとなく、こういうシーンでは、こうするのが鉄板かなて……」
肉球と肉球を突き合わせてもじもじする神多百都。
さっきのは殴られたのうちに入るのか? 頬を触られただけのようにしか思えなかったのだが。
そんなことより、神多百都って、こんな感じだったか?
「えっと、君が神多百都さんで間違いないんだよね?」
「ちがう、あたしは百都ちゃんジャない。クラリスよ」
思わず確認してしまった斗真に、しかし神多百都は不機嫌そうにそう返した。
「えっと……」
困惑する斗真。すると、神多百都がふふん、と鼻を鳴らしながら1歩近づいてきた。
奥二重だがぱっちりした瞳。長いまつ毛、白い肌。明美さんの言ったとおり、可愛い。斗真は不覚にもそう思ってしまった。
「幸せ菌」
「え?」
神多百都は、斗真が和希さんにもらったマスコットを肉球でつついた。
どうしていいか分からなくて、取り敢えず手首にかけていたのだ。
「幸せ菌は、いい人にしか感染しないと言われているけど、本当かしらね。でもまぁ、今はとりあえず信じてあげる」
なんの事を言っているんだ?
「あんたが敵じゃないと分かるまで、あたしはあんたを警戒せざるを得なかった。だけど、幸せ菌がしっかり感染しているから、一応敵ではなさそうってこと」
神多百都は、猫のしっぽをキュルンとひるがえした。
なるほど。つまり、今までは俺が……なんのか分からないが……敵であること恐れ、警戒していたが、和希さんから貰ったこのマスコットを俺が持っているのを発見し、警戒が解け、いきなりフレンドリーになってきたと。そういうことか?
「自己紹介してあげる。あたしは病魔撃退魔法少女☆対マイコプラズマ、クラリス。別にどうでもいいけど、あんたは?」
そうか、やっと分かった。和希さんから話を聞いておいて良かった。おそらく彼女は今、その猫耳のキャラクターになりきっているのだろう。何だかもうややこしくなるので、突っ込むのはあとにしておこう。
「邦枝斗真、普通の高校生です。よろしく」
なんともまあ、当たり障りの無い自己紹介ができたところで、神多百都が切り出してきた。
「それで、さっきの子育てって、どういう事?」
「あぁ、それ……」
斗真は頬を掻いた。
神多百都がこんな状態でややこしい事になっているところへ、更に話をややこしくしてしまっても大丈夫だろうか?
けれど、仕方が無い。斗真は、取り敢えずこの神多百都、ないし猫耳キャラに一度説明することにした。さいあく上手く説明できなくて警察でも呼ばれそうになった時は、全部神多百都のテンションに合わせたということにしてしまおう。
斗真は、昨日の晩の出来事を、包み隠さず全て話した。
斗真が話している間、神多百都は、ただうんうん、と頷くだけだった。
「なるほどね。それで今に至るわけ」
神多百都は驚くでも、否定するでもなく、ただそう言っただけだった。
本当にファンタジー脳だと思わざるを得ない。ここまでくると感心してしまう。
「その件については、あたしから百都ちゃんに伝えてあげる」
伝えておくも何も、君が神多百都だろう、と斗真は突っ込みそうになるのをぐっと堪えた。
「それで、明日中に返事をもらえないかな? そうでないと困……」
「拒否」
神多百都が斗真の言葉を遮った。
「えっ、えっと……本当急で悪いと思ってるよ。でも明日中に返事もらえないと本当に……」
「ちがう、そうじゃなくて、明日中にってのが拒否じゃなくて、返事が拒否。さっき、あたしは百都ちゃんの脳内に直接語りかける風邪の噂菌ってのを使って連絡取って、そしてもらった返事が拒否だったってわけ」
あいた口が塞がらなかった。
ここまで徹底的にファンタジー脳だとは。
普通の神多百都として話をするのと何の違いがあるというのか。二度手間にもほどがある。
見た目が可愛いだけに、本当に残念な子だ。
いやしかし、斗真が本当に残念がったのは、神多百都の返事だった。
いや、普通の人なら拒否される事は分かりきっていた。
しかし、斗真は神多百都のファンタジー脳ならあるいは……と、どこかで期待をしていた。それだけに、神多百都からの拒否という返事にがっかりさせられてしまったのだ。
「そうか、そりゃそうだ。信じてくれない事は分かっていたし、信じてくれたとしてもこんな面倒なこと、引き受けてくれるはずが無い」
「信じてないとか、面倒とか、そんなこと言ってないでしょ」
「いや、もういいよ。俺は部屋に戻る」
斗真は断られた苛立ちから、少しぶっきらぼうにそう言ってしまった。
背を向ける斗真に、神多百都はどこか後ろめたさを感じながらも、ただ見送るだけだった。
斗真が部屋に戻ると、いきなり零が斗真の頭をぺしん! と、叩いた。
「痛! いきなりなんだよ」
「なんだとはなんだ! 拒否され、そのまま尻尾巻いて帰ってきておいて、お前はそれでも日本男児か!」
零は腕を組んで、ぷりぷりとしてみせた。
「本人が拒否してるんじゃあ無理にとは言えないじゃないか」
「あれでは拒否されても仕方がないだろう! それにあれではまるでケンカ別れではないか!」
「じゃあ、どうすれば良かったって言うんだよ……」
斗真はため息をついた。
「お前はちゃんと神多百都について知ろうとしたのか?」
零はまだ声を荒げている。
「したさ。したから、みんなに神多百都について聞いて回ったんじゃないか」
今度は零がため息をついた。
「ならばお前、なぜ神多百都は拒否をした?」
「さぁな。面倒だったんだろ。て言うか、普通あんなこと頼まれて拒絶反応を示さない方がおかしいだろ? 普通の人なら信じ難いことだし、たとえ信じたとしても高校生が高校生に、俺と子育てしてくれませんか? と聞かれて、はい、します。なんて言う方がおかしい」
「ならば、なぜお前は夢幻様にはいそうですと言ったのだ?」
「はいそうです。とは、言ってない!」
「引き受けたのだから、同じことよ」
斗真は言葉に詰まった。
確かに、斗真は高校生であるにも関わらず里親になることを引き受けた。
だがそれは、斗真が特殊な身の上だったからだ。
斗真の両親は、交通事故で斗真が幼い頃に死んでしまい、斗真は親戚をたらい回しにされた。
そして、長く居ることになった家では虐待に遭い、だから今こうして姥桜荘で一人暮らしを始めたのだ。
そんな斗真自身の特殊な身の上が、この赤ちゃんを放ってはおけなかったのだ。
「まぁ、まだ明日もある。今夜はゆっくり考えてまた明日だ。では、また明日来る」
零はそう言うと、また狐のようにドロンと姿を消してしまった。
夢幻は、暖かな丸みのある部屋で、赤ん坊のおもちゃに囲まれながらあの赤ちゃんを抱いていた。
そこへ、斗真のもとへ行っていた零が戻ってきた。
「夢幻さまぁ〜。斗真のやつ、神多百都とケンカしやがりましたよぉ〜」
ぴょんぴょんと跳ねながら報告をする零に、夢幻はシーッと、人差し指を口に当てた。
零は慌てて口を手でおさえた。
「眠っておる。可愛えのぅ」
夢幻はゆっくり、ゆっくりと赤ちゃんを左右に揺らしながら、その寝顔を覗き込んだ。
「しかし夢幻様、このまま赤子の親として神多百都を引き込めなくては……」
零は小声で夢幻に言った。
「大丈夫じゃ。斗真は神多百都とは切れぬ縁で繋がっておる。必ず答えを見つけ、この子を二人で育ててくれるであろう」
赤ちゃんを見て幸せそうな笑顔を浮かべる夢幻に対し、零はまだ納得がいかないようだ。
「夢幻様がそうおっしゃるのであれば」
と、口を尖らせながら言った。
翌朝、斗真は健次さんと街のアニメショップへ出かけることにした。
なぜ来たかといえば、神多百都についてもう少し何か分かればと思ったからだ。
そして、なぜ健次さんと一緒かというと、健次さんが付いてきたのだ。
今朝方、ランニングを終えた健次さんと玄関で会い、どこへ行くのか尋ねられ、街のアニメショップだと答えると、自分も行くと言ったのだ。
斗真はこの手の店に入ったことがなかった。一人で行くには何となく心もとない気がしたので、健次さんの申し出はありがたかった。
「健次さん、病魔撃退……なんとかっていうアニメを知っていますか?」
アニメショップへ向かう電車の中、斗真は健次さんに質問した。
「ああ! 知ってるぜ! おとっちが好きなアニメだろ? 人気シリーズアニメだから今から行く店にもグッツがあると思うぜ!」
そして、斗真たちは街のアニメショップに着いた。
斗真はこれまで、アニメショップというものに入ったことが無かった。何となく、自分が入ってしまったなら、とてつもなく場違いで浮いてしまうだらうと思っていた。
「あ、あれ……?」
しかし、健次さんと一緒というのもあり、思い切って入ってみると、ぱっと見は本屋の漫画コーナーを拡大しただけのような感じがした。よくよく見ると、やはりそれはアニメの雑誌や漫画ばかりでとてもついていけそうにない内容のものもあったりだが、自分が身構えていたほどの事ではないと、斗真は思ったのだ。
「おぉ、斗真! あったぞあったぞ、病魔撃退魔法少女☆!」
さすがに、健次さんの大きな声で名前を呼ばれたのは恥ずかしかったが。
しかし、妙な視線を投げる人はいなかった。
手招きする健次さんのもとへ行くと、そこには神多百都と同じ服を着た少女が表紙に描かれた漫画本が積まれており、お試し本が一冊、置いてあった。
斗真は、おもむろにお試し本を手に取ると、中を読んでみた。
健次さんはその間、店内をウロウロし、しばらくして戻ってきた。
「どうだ斗真、おもしろいだろ!」
「健次さん……」
斗真は、ちょうどお試し本を読み終えたところだった。
「すみません、俺ちょっと行かなくちゃ……」
「ん? どうした?」
「俺、分かったことがあるんです。だから、確かめに行かなくちゃ」
お試し本をもとの場所に置き、申し訳なさそうに斗真は言った。
すると、健次さんは斗真の肩をがしっと掴んで、
「何だかよくわかんないが、行ってこい! ただし、ダッシュでな! 全力ダッシュだ!」
わっはっは! と笑いながらそう言ってくれた。
斗真はうなずき、足早に店を出ると、人通りの人通りの多い道をダッシュした。
駅の改札にカードをタッチし、電車に飛び乗り、息を整えた。
窓の外を流れていく景色をじっと眺め、駅を五つ通り越したところで電車を降りると、姥桜荘へダッシュした。
姥桜荘へ着くと、息を整え、神多百都の部屋のドアをノックした。
「はーい」
ドアが開くと、中から水色の服を着て、猫の格好をした魔法少女……斗真がお試し本で見た、病魔撃退魔法少女☆対マイコプラズマ、クラリスの格好をした神多百都が出てきた。
「あなたは、昨日の……なんの用?」
「クラリス、だよね」
「あたりまえでしょ、バカなの?」
「今の君は、神多百都じゃない、クラリスなんだな」
「はぁ? さっきからしつこいんだけど」
「そうか」
斗真は一歩、後ろに下がると、姿勢を正し、スッと息を吸って、
「ごめん」
頭を下げた。
「えっ……なに?」
いきなり頭を下げて自分に謝る斗真に、神多百都、ないしクラリスはわけが分からず困惑した。
「ちょっと、何なの⁉ えっ、え?」
「俺、お前の気持ちを何も考えてなかった。ただ一方的に俺の要求を押し付けて、お前の感情を決めつけて苛ついて……」
クラリスは目をぱちくりとさせ、斗真を呆然と見ていた。
「病魔撃退魔法少女☆の、第一巻を読んできた。主人公のひかりは、強制的な力で病魔撃退魔法少女にさせられるが、人のために何かできる事に素直に喜びを示す。一方、ひかりの幼馴染のみゆうも病魔撃退魔法少女にさせられてしまうが、みゆうは自分が人を守るなんて荷が重すぎる、失敗したら迷惑をかけると思って戦いに行かない。けれど本当は、みゆうも誰かの助けになりたい。その力を与えられているのに動けない自分にもどかしさを感じている。ひかりはみゆうに、一緒に頑張ろうよと言う」
病魔撃退魔法少女☆第一巻のあらすじを語る斗真に、神多百都が一歩近づいてきて、
「あたしには人を助けられる自信がない」
漫画の中の、みゆうの台詞だ。
「私も自信が無いの。だけど、みゆうと一緒だったら勇気が湧くの」
斗真が漫画の中の、ひかりの台詞を続ける。
「あたしが失敗したら、みんなに迷惑かけちゃうでしょ」
「その時は、私が全部帳消しになるくらい頑張るの」
「ひかりに迷惑かけたくないよ」
「迷惑だなんて思わない。それなら、私も迷惑かけちゃうから」
「あたしはきっと上手く人を助けられない」
「じゃあ、私が助けるよ」
「だったらあたしは、いらないじゃん」
「みゆうは、本当は誰かを助けたいと思っているよね」
「思っているだけで、いざ行動しようとしても、いつも足がすくんじゃう。だからあたしは助けられない」
「じゃあ、私がみゆうを助けるよ!」
「え?」
「みゆうが誰かを助けられるように、私がみゆうを助けるよ!」
そこでみゆうは笑うのだ。涙をポロポロと、流しながら笑うのだ。
神多百都も同じように涙を流しながら笑っていた。そして、斗真の手をとった。
「ひかりは、病魔撃退魔法少女☆対インフルエンザ、タミフルちゃん。あたしは、病魔撃退魔法少女☆対マイコプラズマ、クラリス」
第一巻はここまでだった。
姥桜荘の廊下は、しんと静まり返って、斗真の頭の中は、神多百都の台詞がこだましていた。
神多百都がゆっくりと斗真の手を離した。
「でも、百都ちゃんは、それでもきっと拒否するわ」
「あぁ。そうだと思うよ。でもいいんだ。自分の態度を謝りたかっただけだから。俺の気持ち、神多さんにも伝えておいてくれ」
斗真は優しい顔をしていた。
本当に、斗真はただ自分の押し付けてばかりだった態度を謝りたかっただけなのだ。
神多百都はファンタジー脳で、本気でクラリスになりきっているのなら、クラリスの気持ちと今の神多百都の気持ちは同じだと思った。
誰だって不安や恐怖から、身動きがとれなくなることはある。それは、他人から見たら怠けていたり、面倒くさがっていたりしているだけのようにうつるかもしれない。
けれど、それは本当だろうか?
人は、人を決めつける前に相手をよく見て、知って、考えて、見えてきた人の悲鳴に耳を傾け、手を差し伸べなくてはいけない。
「お前はちゃんと神多百都について知ろうとしたのか?」
零の言葉が心を刺した。
あの時自分は、それができていなかった。
「子育てのことは、神多さんは気にしなくていい。それじゃあ」
そう言って、斗真がその場から離れようとした時、神多百都が……クラリスが斗真の上着の裾を掴んで引き止めた。
「百都ちゃんじゃなくてさ、あたしたちに頼めば?」
下を向いて、こころなしか顔を赤く染めている気がする。
「え?」
「だから、百都ちゃんは拒否ってても、あたしは別にいいよって言ってるの! 勘違いしないでよね、これも人助け。しかも、あんたじゃなくて、子供を助けるつもりなんだからね!」
斗真は混乱して、しばらく何も言えなかった。
つまり、神多百都は子育てを拒否しているが、クラリスは子育てをしてくれると。神多百都はクラリスで、クラリスは神多百都で……
「結局、神多は引き受けてくれるのか!?」
「違うって言ってるでしょ! なんでそうなんのよ! 引き受けるのはあたし、病魔撃退魔法少女だってば!」
ふんっ、と鼻息を吐くクラリス。
斗真は、ははっ、と声を漏らして笑った。
「何笑ってんのよ、気持ち悪いわね」
もうなんでもいい。こうなったら、このファンタジー脳にとことん付き合おう。
「ああ。病魔撃退魔法少女さん、これからよろしく頼むよ」
子育て、しませんでした…
まだまだこれからなので!
うぅ…文章読みづらいですけど、分かりにくいですけど、頑張りました!