アニヲタなりきり少女、愛無きものに鉄槌を!
今回はヒロインのターンです!
さてさて、百都ちゃんはどんな子育てをしてくれるのかと思ってくださった方……
どうか最後まで読んでいただければなと懇願いたします!!
「では神多百都、赤子を寝床へ運ぶぞ」
零が赤ちゃんを神多百都へ差し出す。
「もー、私は百都ちゃんじゃなくって、タミフルちゃんですです」
「おぉ、そうであった。では、たみふる、赤子を……」
「はっ! いけないです、基地から届いた丸秘ディスクを確認しなければいけなかったのをすっかり忘れていました! こうしちゃいられませんー!」
神多百都は、びっちりと並んだDVDボックスの中から、一枚のディスクをセットし、アニメを見はじめた。
さすがに零も、これのどこが丸秘なのだ? と疑わしく思ったが、神多百都があまりにも真剣にそのアニメを見ているので、零はため息をつきながらも赤ちゃんを寝床へ寝かせた。
時刻は午前十時。授乳とおしめ替えの時間。
「たみふる、みるくの作り方を教えるぞ」
ちょうどDVDを見終えた時、零は神多百都に声をかけた。
「ふむふむー、なるほど。最初のミッションですね」
そして台所へ立つ。
「よいか、まずは悪い菌を殺すため、この瓶を熱湯消毒する。そしてこの……ん? どうした?」
みると、神多百都はふるふると震えていた。下を向き、拳を握りしめている。
「タミフルちゃんは……できませんです」
「ん? どういうことだ? 赤子は菌に弱いゆえ、まずは容器を熱湯消毒しておくのだ。簡単であろう。やってみよ」
神多百都はブンブンと頭を横に振った。
「タミフルちゃんは、日々インフルエンザ菌と戦って皆様の平和を守っています。しかし、今タミフルちゃんの両手はインフルエンザ菌の呪いがかけられていて、触れるもの全てをインフルエンザ菌で汚してしまうのです!」
まるで舞台女優さながらのオーバーさで訴える。
「な、なんだと!? それはまことか?」
そして零は、まに受ける。
「はい。だから、たとえ熱湯消毒をしても、今のタミフルちゃんが触れれば赤ちゃんにインフルエンザ菌のミルクを飲ませることに……そんな、そんな残酷なこと、タミフルちゃんはできませんです!」
神多百都は、頭を激しく振りながら大粒の涙を撒き散らす。
「そうであったか……なら仕方がない。うむ。今日のところは零に任せよ」
零は、どーんと胸を張って言った。
「よしっ、ではしっかり見ておけ、粉は匙一杯でこのうちの……」
「ふむふむ……」
……
十一時、遊びの時間。
しかし、赤ちゃんはすやすやと眠っている。
「昨晩は斗真が手こずったため、赤子もよく眠れなかったのだろう。この間に零はすこし、夢幻様のところへ行く。たみふる、一人で大丈夫か?」
「大丈夫ですです。タミフルちゃんにどーんとお任せあれです!」
「うむ。では、よろしく頼んだぞ」
零はドロンと消え、部屋には神多百都と赤ちゃんが残された。
急に部屋は静かになり、赤ちゃんの小さな寝息だけが聞こえる。
赤ちゃんに近寄る神多百都。
そっと赤ちゃんの顔を見つめはするが、手は触れない。
「ごめんね。百都は、百都のままでいたら、なにもできないの」
起伏の無い口調で、静かに呟いた。
赤ちゃんは眠っている。神多百都は、それでも独り言のように続ける。
「だめだよね、結局は他の人になりきる事だってできてやしない。病魔撃退魔法少女☆は、困っている人を助けなくちゃいけないのに、いざという時だけしっかりと百都が出てきちゃう。失敗したらどうしようって。怖くて怖くて堪らない。百都がやったらダメなんだって。だったら最初からやろうとしなければいいのにね」
神多百都は、じっと動かず赤ちゃんを見つめ続ける。
そうして三十分ほど時間が過ぎた。
コンコンコン。
神多百都の部屋がノックされた。
「は、はいですー!」
神多百都は、急いでタミフルになりきり、ドアを開けると、斗真が立っていた。
「あ、あれ? 斗真さん、学校はどうしたですか?」
「ああ、今日は新学期のクラス発表と始業式だけで早く終わったんだ。バイトまでまだまだ時間があるし、一度戻ってきたんだ」
「そうなのですね! ちょうどよかった、今零ちゃんが夢幻様の所へ行ってて私一人なんですよ。良かったらあがっていってくださいです」
よかったらと言いつつも、神多百都は斗真の手をグイッと引いた。
「今は遊びの時間なんですけど、赤ちゃんは寝ちゃってて……あ」
みると、赤ちゃんは目を覚ましていた。
「チャンスですよ! 斗真さん! さあ、遊んであげてください!」
神多百都は、斗真の背後に回り込み、無理やり斗真の体を前へと押しやる。
「押すなよ! えっと、遊ぶって、どうするんだ?」
「なんだっていいですよ、斗真さんが楽しいことをしてあげてください!」
何でもいいわけはないが、斗真も何をしていいのかわからない。
「えっと……えっと……」
赤ちゃんを見ながら、どんどん険しい表情になっていく。
どうすればいいんだ、どうすれば……
斗真は、とりあえず手近にあったガラガラと音がなるおもちゃを手に取り、赤ちゃんの目の前で振ってみた。
険しい表情の男子高校生が、ただガラガラを振っているという、シュールな光景。
すると、赤ちゃんの表情もみるみる崩れ、今にも泣き出しそうになっていく。
「えっ、な、なんで!?」
ぽんっ。
そこに、零がちょうどいいタイミングで戻ってきた。
「おお斗真。戻っておったか」
「零! ちょうどよかった、赤ちゃんが泣きそうなんだ。助けてくれ!」
零は、とっとっとっと、助走をつけ、斗真の前でジャンプするとそのまま、ぺしん! と、斗真の頭を叩いた。
「痛!」
「お前、〇ヶ月にガラガラは速すぎる!」
着地する前に、ついでに零は斗真からガラガラを取り上げる。
「そうなのか?」
「そうだ。〇ヶ月には、お前の顔を近づけて笑いかけたり、舌を出したりしてあげることが遊びになるのだ」
それは、遊びというのだろうか? しかも、舌を出すなんて、相手を馬鹿にしているか、それとも零が馬鹿にしているのか……
「それ、馬鹿にしてるのか?」
「そうではない。真面目に言っておる」
零の、その口調から察するに、本当に真面目にそう言っているらしい。
「やってみよ」
斗真は、零に言われるまま赤ちゃんに顔を近づけ、舌を出してみた。
しかし、赤ちゃんは笑わない。
「笑わないぞ」
斗真は零の方へ振り返る。
「あほう。そんな険しい顔で近寄られたら笑いたくても笑えぬわ。もっと優しい表情はできぬのか!」
零に指摘され、ハッとすると、確かに斗真の表情は堅かった。
「優しい表情……」
斗真は無理やり笑顔を作ろうとする。
しかし、ひくひくと眉が動き、引きつった不自然な笑顔にしかならない。
零の顔も、思わず引きつる。
「……お前は赤子を怖がらせたいのか?」
「笑わせたいんだが…」
斗真は大真面目だ。大真面目に、赤ちゃんを笑わせたいのに……
「全くそうは見えぬぞ もっと、なんだ。赤子の笑顔を思い浮かべてだな、愛情たっぷりに笑えぬのか?」
零がもどかしそうに言う。が、
愛……
斗真は暗い顔になる。
「俺、そういうの分からないから……」
赤ちゃんから離れ、黙り込んでしまう。
部屋に一瞬、重苦しい空気がのしかかった。
「何言ってるですかぁ 斗真さんならできますって、ほらほら」
そんな空気を全く感じようともせず、神多百都が斗真の背中を押す。
しかし、そのヘラヘラとした態度は、斗真を苛つかせただけだった。
「じゃあ、おまえがやればいいだろ」
ジロッと、神多百都を睨めつける。
「ええー、私はダメですよ」
──は?
「今タミフルちゃんの両手は、インフルエンザ菌の呪いがかけられていて、触れるもの全てをインフルエンザ菌で汚してしまうのです! だから今日は一回も赤ちゃんに触ってすら無いんですからー」
斗真の苛つきに気が付きもせず、神多百都は、やはりヘラヘラしながら言った。
「は? じゃあ、今日この子の世話はどうしてたんだ?」
「あ、それは、零が代わりにやっておいたぞ。たみふるの呪いのせいで赤子が病になってはいけぬゆえ」
神多百都のファンタジーをまに受ける零。斗真のイライラはピークに達した。
「いい加減にしろよ!」
神多百都の方を向き、声を荒げる。
「お前は神多百都だろ! 訳のわからない言訳で零に世話を押し付けて。やる気が無いなら初めから引き受けるなよ!」
言った瞬間斗真は、後悔した。やばい、女の子相手に声を荒げてしまった。
神多百都の瞳から、みるみる涙が湧いてくる。
「私は百都ちゃんじゃありません! タミフルちゃんです! 斗真さんこそ、笑うこと一つ上手くできないくせに、そんなので赤ちゃんのお世話ができるとは到底思えません! 愛が分からないのは、斗真さんの中に愛が無いからなんじゃないですか?!」
この場に及んで、まだファンタジー脳から抜け出さない神多百都。
しかし、神多百都は斗真の痛いところをピンポイントで突いてきた。
「……そうだな」
斗真は、静かにそう言った。
その光の無い目の奥に宿る真っ黒な闇に吸い込まれてしまいそうで、神多百都は思わず後退った。
「今日は、早めにバイト入らしてもらってくる。すまない、終わったらまた迎えに来る」
斗真はそれだけ言うと、神多百都の部屋をあとにした。
残された零は、一人オロオロとしている。
「ごめんね、零ちゃん。怖かったよね」
神多百都は、零の頭を撫でる。
零は頭を撫でられながらも、不安そうな顔だ。
まん丸の瞳を潤ませながら、ちょこんと神多百都の腕の裾を掴む。
「たみふる、今のことで斗真のことを嫌いになったりしないでくれ」
「え?」
「斗真は、愛が無いことなどないのだ。零はしかとこの目で斗真の愛情を見たのだから」
「どういうこと?」
「昨晩も、斗真は赤子のためにしっかりと夜中に自分で起き、慣れない授乳やおしめ替えなどを文句ひとつ言うことなくやってくれた。それに、夢幻様が斗真を試そうと、赤子をぞんざいに扱おうとした時も、斗真は赤子を庇ったのだ。零には、愛無き者はそのような行動はせぬと思うのだ」
確かに、斗真は神多百都に対しても、自分のみを犠牲にしてまで屋根から飛び降りた神多百都を助けてくれたり、病魔撃退魔法少女☆の台詞を覚えてきてくれた。
「じゃあ、なんで斗真さんは愛が分からないなんて……」
「それは……」
その時、神多百都の部屋が白い光に包まれた。
思わず手の甲で目を覆ったが、次第に光が落ち着くと、そこには夢幻が現れていた。
「夢幻様!」
「ここからは我が話そう」
そして、夢幻は語りはじめた。斗真の過去を──
いやぁ、百都ちゃん子育てしませんでした!
一体どんなハチャメチャさを見せてくれるかと思いきや、またも零が頑張る回に!
それどころか斗真とケンカですよー。
喧嘩ばっかり。仁娯は争いが好きなのか?(いえいえ、仁娯は平和主義者です)