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グリーンドア  作者: 綾沢 深乃
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「一章 皆瀬陽菜の事情」

「一章 皆瀬陽菜の事情」


 皆瀬陽菜との出会いは十年以上前、幼稚園時代まで遡る。

 一緒に積み木のお城を作ったり、砂場で掘ったトンネル水を流した思い出は今でも覚えている。

 僕達は小学校から中学まで常に同じクラスだった。

 ところが高校からは違う。僕は近場の公立高校、陽菜は電車通学で私立の女子高。学校が違う事で今までのように会えない寂しさがあるが、永遠会えないより遥かにマシなので、まあ良しとしよう。

 それに、通う学校が違うという事は、放課後に駅前の噴水広場で待ち合わせをして、会う事になる。まるで、毎日デートをしているみたいで新鮮だ。

 うん、悪くない。

 同じ高校に通っていたら、放課後の待ち合わせなんてまずあり得ないのだ。

 ウチの高校とは違う、古風なデザインのセーラー服に身を包む陽菜。

 最初は、彼女が自分の知らない遠くへ行ってしまった気がして嫌だった。

 けど、そんな事はただの杞憂でしかない。どんな格好をしても、陽菜は陽菜。横を歩く彼女にそんな事を考えていると、目の前で陽菜の手がヒラヒラと踊る。


「もしもし悠君? 話聞いてる?」


「へっ?」


「あっ、聞いてなかったな?」


 頬が膨らむ陽菜。繋いでいる僕の左手に彼女の力が入る。


「久しぶりにグリーンドアに行かない?」


「そう言えば、最近行ってないね」


 グリーンドアと言うのは、近所にある喫茶店だ。幼稚園時代に親同士の付き合いで行ったのが始まりで、中一からは自分達だけでも行き始めた。あそことの付き合いは大分長い。

 今月は始まったばかりで、金銭的に余裕はある。行かない理由は見当たらない。


「じゃあ、行こうか」


「よーし、決定。今日はココアケーキにしようかなぁ」


 僕の隣には、何年も変わらないメニューに目を輝かせている陽菜の横顔があった。

 僕達は中学三年の時から付き合っている。

 小、中と同じ学校にいて、中々そういった関係に発展しなかったのは、いつも傍にいる。っと言う安心感が強力だったせいだろう。小学校でも中学校でも、僕を悠君と呼んで、周りにからかわれても、苗字で呼ぼうとはしない陽菜。

 告白なんていつでもいい。むしろ、しなくても構わないんじゃないか。だって恥ずかしい。今の関係は付き合ってるみたいなものだから、特に不自由していない。

 ……なんて、馬鹿げた妄想を当時、頭に置いていた。

 けれども現在、学校が違うのに毎日放課後に待ち合わせをしているのは、陽菜の恋人が僕だからであって。

中学三年のあの日。馬鹿げた妄想に無駄に固執して、告白を見送っていたらこうして隣で笑顔を見せてくれる事はない。


「悠君、今日は何だかずっと黙ってるね? お腹痛い?」


「ちょっとこれまでの人生を振り返ってた」


「まあ、これまでの人生についてっ!!」


 大げさに驚く陽菜。お腹が弱かったのは小学校で治っているが、何かにつけて彼女はよく聞いてくる。きっと一生言われるんだろう。


「それでそれで、悠君はこれまでの人生を振り返ってどうだった?」


「それは……」


 陽菜とこうして付き合えてなかったら――。なんて言える訳がない。どう誤魔化したものか。僕が黙っていると、陽菜が先制攻撃をしかけてきた。


「もしかして私の事を考えてくれていた……とか?」


「うっ」


 バレた。下手に隠そうとせずに、最初から素直に話した方が恥ずかしくなかった気がする。少なくとも、そっちの方が傷は浅かった。僕の動揺を陽菜が見逃すはずもなく、心の内をいとも簡単に読まれてしまう。


「私の事考えてくれてたのかぁ」


「ま、まあね」


 陽菜は僕と繋いでいる手をブンブンと振り喜んでいる。その子供のような仕草が可愛いと思ってしまうのだから、完全に僕の負けだ。


「一体どんな事を考えてくれたのか。グリーンドアで聞こうっと。きっと山科さんも聞きたがるよ?」


「あー、超恥ずかしい」


 今度は隠さずに気持ちを口から出す。

今の感情は恥ずかしい。これに尽きる。

 そんな会話をしつつ、僕達はアーケード商店街に入った。中にあるお店は多少変動しているが、ここの透明なアーチは昔と変わらないのでほっこりする。

 夕方という時間帯もあって、寄り道する学生や夕飯の材料を買う主婦達で賑わっている。ガヤガヤとした人の音がする中、二人で手を繋いで歩くのは、そこそこに緊張する。付き合い始めの頃よりは、多少緩和されたが気にならないと言えば嘘になる。結果、自然と早歩きになってしまう


「うわっ。悠君、速い速い」


「おっと、ごめん」


 つい速く歩き過ぎてしまった。考え事をしていた時は、僕が引っ張られていたようだが、こっちが速くすると彼女は追い付けない。

 気を付けよう、相手は女子。


「もう~、悠君もココアケーキ食べたかったんだね? 食いしん坊だなぁ」


 絶賛誤解中。グリーンドアに着いたら、まずそこからだ。

 ここでは敢えて反論しない。あと少しで到着するから、店内で反論してからの方が効率が良い。

 アーケード商店街の出口まで歩いて右に曲がる。

そして、目の前にある横断歩道の向こうにレンガ造りの小さな喫茶店グリーンドアが見えた。夕焼けと赤いレンガは写真に収めたくなる程、見事に合っている。

 現在、信号は残念ながら赤なので青になるのを並んで待つ。

 けれど、どうやら陽菜は我慢出来なかったようで。


「先に行ってるよ~」


 僕と繋いでいた手をふっと離して、そのまま前進した。


「危なっ……」


 っと言いかけて、最後までは言わずに飲み込んだ。今の陽菜にとって、別に車は危なくない。

 言いかけた僕の言葉は陽菜の耳に届いておらずサクサクと前に進む。

 信号は未だに赤。

 車は未だ走行中。付近に高速道路のインターチェンジがある影響か車の流れは速い。

 車は進む陽菜を認識しない。容赦なく走行する。

 一台、また一台と車が彼女に当たり、そしてすり抜けた。

 車が生む風にバサバサと後ろ髪を揺らしながら、陽菜は歩く。

 その光景を見たら、僕は嫌でも実感させられる。能天気に歩いている陽菜には、少しくらい恐怖はないのか? 

 こればっかりは、当事者でないと分からない。

 同じ環境になれば分かるのだろうが、当分先の話だと思う。

 

 


 

 陽菜と同じ幽霊になった時、初めて謎は解けるのだろう。

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