人に何かしてもらったらお礼です!
メイちゃんは私の話を噛み締めるように、胸に手を当てほうっと深く息を吐いた。
それから胸に手を当てて、私の前に膝を着き頭を垂れた。
え?何、何?
「クロリス様、私は騎士でも聖女様でも何でもないただの侍女ですが、貴女に忠誠を誓います」
「え?ちょっと、メイちゃん?」
「私の全身全霊で貴女に仕えます。貴女は誰よりも輝く私の勇者様です」
「ちょっ!ちょっと、メイちゃん、顔あげて!私今のところ剣も魔法も並み以下のダメダメなんだから!そんな風に誓われる資格なんて無いよ」
ひえええっ。顔から火が出そう!私はメイちゃんの態度に大慌てだ。
「今は、です。クロリス様はきっと誰もが認める勇者様になります」
彼女は顔をあげて立ち上がり、悪戯っぽく唇に人差し指を当てて笑う。
「絶対です。私が保証します」
その笑顔はとても綺麗で、 同性の私ですらドキッとするほど魅力的だった。
「さ、朝食までもう少し時間があります。また中庭を散策されますか?」
メイちゃんは私の手を引いてドアへ向かう。
「あ、うん」
そうして、完全にメイちゃんに呑まれたまま、中庭へ向かったのだった。
早朝に起床して朝食と散歩の後、午前中はひたすら木剣を振り回し、昼食休憩を挟んで午後からは魔法のどSな訓練。夕方はメイちゃんと親睦を深めつつ、食事とお風呂ですぐ就寝。そんな毎日が一週間続いた。
流石に私も慣れて筋肉痛もましになり、メイちゃんの回復魔法のお世話にならなくなった。午後からの魔法は、覚える魔法が次から次なので、相変わらずフーリエさんの回復魔法にお世話になっている。
真っ直ぐ振り下ろした私の木剣を、シグルズは難なく受け止め、弾く。弾かれて後ろへたたらを踏んだ私の胴に追撃の横一線を寸前でピタリと止める。
今度は胸を狙った突きを繰り出すが、簡単に避けられ肩に寸止め。
ひいいいっ、怖い。
真っ直ぐ木剣を構える。今度は何処へ打ち込もうかと隙を探る。といっても初心者の私が隙なんて分かるわけがないけれど、分からないなりに必死で探る。
ひたすらの素振りに加えて、こうやって打ち込み稽古が始まった。シグルズがわざと隙を作るので、そこへ私が打ち込み、反撃の寸止めでまた仕切り直す。その繰り返しだ。
みっちり30分ほどの打ち込み稽古を終えると、久し振りに体が悲鳴をあげて震え出した。
うわあ、これまた筋肉痛だよ。
最近は素振りや筋トレ、走り込みもやっていて随分筋力も付いた。それでも実際に人とやる稽古は違うんだなあ。
「お疲れ様です、クロリス様」
重たい体にうんざりとメイちゃんが用意してくれた椅子に座り、蜂蜜とレモンたっぷりのジュースを口にする。
最近はテーブルまで用意してくれて、その上に運んできた昼食を手際よく並べてくれた。
「美味しい~っ。メイちゃんありがとう」
ああ、酸味と甘さが疲れた体に染み渡る。メイちゃんの優しさも染み渡るわぁ。
私がしみじみとジュースを飲んでいると、シグルズがどっかりと椅子に座った。メイちゃんがすかさずジュースをシグルズの前に差し出す。
私のものよりちょっと蜂蜜控えめのシグルズ専用のブレンドだ。その小さな気遣いが憎いね!メイちゃん。ってそれよりも。
「ちょっと、人から何かしてもらった時はありがとうでしょ。あ、り、が、と、う!」
私はシグルズに向かって、テーブルを指でとんとんと叩きながらありがとうを強調する。
「っていうか、当たり前のように座るんじゃないわよ」
私はシグルズにしっしっと手を振る。
「はん、剣の師匠に向かって何だその態度は。大体メイが俺の分の椅子も用意しているんだから、座るのは当然だろう」
シグルズはそんな私にも動じず、椅子の上に腕と足を組んでふんぞり返った。
あー、くそ!初対面からして印象悪かったけど、腹立つわあ。
「訓練の時間以外はあんたなんて、ただの態度悪い失礼な男よ。メイちゃんがあんたの分用意してくれるのは、あんたが図々しく催促したからでしょう?」
それも、じろりとメイちゃんを一瞥して「俺には無いのか」だよ。何なのこいつ!
シグルズとは、毎朝の散歩で顔を合わす。最初こそ剣の師匠として敬意を払ってたけど、この横柄な態度にそんなもの吹っ飛んだ。
勿論訓練の間は師匠として、敬っている。それはそれ。これはこれ。
「まあまあ、クロリス様」
メイちゃんが私の前に具材たっぷりのスープと、高級なお肉の挟まったサンドイッチを置いてくれた。
美味しそうー!
「ありがとう、メイちゃん。」
私はメイちゃんが仕度を終えて椅子に座るのを待ってから頂きますの挨拶をする。
シグルズの奴はもう食べてるよ。本当、協調性のない奴だね。
「作ってくれたシェフさんにも、美味しかったって伝えておいて」
私はサンドイッチを頬張り、満面の笑みでメイちゃんに伝言を頼む。朝と夜は自室で、昼は訓練場で食べているし、そもそもシェフは厨房から出てこないから会ったことがない。
「はい、とっても喜ばれますよ。今のクロリス様のお顔を見せてあげたいくらいです」
「んふふふ、美味しいもの食べてる時は幸せだもの。幸せな時は幸せな顔をしなきゃ損よ、損!」
「ふん、お気楽な女だ」
ぼそっとシグルズが私の幸せに水を差す。だが気にしない!食事中だもの。目の前の幸せに集中よ!
「って、あんたもう食べちゃったの?ちゃんと噛んで食べた?ご馳走さまは?」
「…… 本当、何なんだお前は。調子が狂う」
シグルズは大きく溜め息を吐いて、席をたった。
「ちょっと、挨拶!」
私は訓練場を後にしようとするシグルズの背中に声をかける。彼はドアの前で肩越しに振り向き、早口でぼそりと言った。
「ご馳走さま、それとありがとう」
ばたんと大きな音をたててドアが閉まる。今度それも注意してやろう。