筋肉痛があああっ!
目を冷ましたのは、まだ薄暗い夜明け。枕に突っ伏して泣いてそのまま眠ってしまったらしい。
習慣通り、いつもの時間だ。
私はいつも通りに伸びをしてベッドから降りようとした。
が。
「痛だだだだだっ!」
全身筋肉痛に悶えた。
なにこれ!超痛い!特に腕!
筋肉痛ってこんなだっけ?レベルが違うよ!
ちょっと動かすだけで激痛。無理無理、これ起きられない。
こんこん、と控えめなノックの音が響いた。メイちゃんだ!
「おはようございます、クロリス様起きてらっしゃいますか?」
遠慮がちにメイちゃんが顔を覗かせた。ああ、メイちゃんが天使に見える。
「メイちゃぁぁぁん、助けて~っ」
私はベッドの上から動けないまま、情けない声でメイちゃんに助けを求めた。
「はあ~、極楽~」
私はベッドにうつ伏せになったまま、メイちゃんの回復魔法を受けていた。じんわり温かくて気持ちいい~。
メイちゃんはほんの少しだけ回復魔法の素質があって、今勉強中なんだって。といっても、まだ擦り傷とか軽い打撲や筋肉痛を直す程度で、怪我などは治せないとか。
「本当は昨日もかけて差し上げたかったのですが、シグルズ様が筋肉痛にならないまま回復魔法をかけてしまうと、筋力がつかないから駄目だと」
成る程ね。私はふんふんと適当に相槌を打ってから起き上がった。まだほんの少し筋肉痛が残っているけれど、これくらいなら問題ない。
「はあ~、メイちゃん様々だあ。これで今日の稽古もバッチリよ」
あの筋肉痛のままだったら、剣を振るの地獄だったものね。
「……クロリス様は」
「ん?」
私はメイちゃんが差し出してくれたお水を飲みながら、視線で先を促した。
「どうして頑張れるんです?剣の訓練も、魔法の訓練も、見ているだけで辛そうです。私だったら泣いちゃいます。出来ないって逃げ出します」
メイちゃんは私を真剣に見つめていた。
そうだよね。不思議だよね。私も自分でも不思議に思うもの。
「うーん、何て言うかさ」
意味なくぽりぽりと頭を掻く。
「うちって花屋でしょ。花はお祝いや大切な人へのプレゼントに買うものじゃない?でもそれだけじゃなくて、誰かが亡くなった時も買うのよね」
窓の外、実家の方角を見る。ここからは見えないけれど。
「ここ最近、お祝いやプレゼントの花よりもお葬式やお墓に供える花の注文の方が多くてね」
「ゼペッタお婆ちゃんの息子さんは、町の衛兵でね。壁を越えて侵入しようとしてきたモンスターと戦って死んじゃった。ルカおじさんは森に漁に出てね、やっぱりモンスターに遭遇して反対に食べられちゃった」
私は肩を竦める。私たち民衆は、誰よりも身近に敏感に不穏な影を感じ、怯えている。
「そんなだからご近所さんとの会話もね、暗い話題が増えたよね。で、そんな暗い話してるとさあ、きっといつか勇者様が現れるって話になるの。そうやって明るい話題にして希望を持つのよ」
吟遊詩人が歌う英雄譚。絵本として皆に読まれている冒険譚。その中でも勇者が世界を救う話は別格だ。誰もが魅せられ、焦がれる希望。
「私はただの町娘だから、王様よりも城の偉い人たちよりもずっと知ってるよ。どんなに勇者が皆に望まれてるか知ってるよ」
私も勇者に希望を持っていた一人だったから。歌やお話の中の勇者のようにはなれないだろうけど。
「何がこいつのお眼鏡に叶ったのかはさっぱりだけど、その勇者に選ばれちゃったのは私だから」
腰の剣をこつんと突つく。返ってくるのは硬い金属の感触だけ。
「頑張らないわけにはいかないでしょ?」
ふふっとメイちゃんに笑いかけた。
辛かったり、泣いちゃいそうだったり、逃げ出したくもなるけれど。実際こっそり泣いちゃったけど。
私は勇者に焦がれて希望を持った一人として、誰よりも希望であり続けたい。
そうして、いつかの私みたいに勇者に希望を見出だしてほしい。
出来るかどうかは問題じゃない。出来るように私の精一杯で努力するだけだ。