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エピローグ ~クロリスの花言葉~

 片手で持てるような小さな鉢植えに、細い緑の葉が瑞々しくピンと生えている。根本から伸びる花芽は精一杯背伸びをして膨らみ、黄色に色づいていた。


 私は小さな水差しでたっぷりと水をやる。朝陽が射し込む頃にする、毎日の私の日課だ。

 水をやった鉢を、日射しが当たり始めた窓辺へ移す。寒暖差の激しい春は、夜間は部屋の暖かいところへ、昼間は陽当たりのいい窓辺へ移動させる。


 早く咲かないかな。柔らかく綻びかけた蕾を、指でつついて催促する。


「クロリス、そろそろ支度なさい」

お母さんの声に私は「はーい」と返事をしてから自分の部屋を出た。


鏡の中の自分は、なんだか自分ではないみたい。

結い上げられたプラチナブロンドを飾る白い花飾り。ほんのり化粧を施された、桃色の頬、薔薇色の艶やかな唇、瞼に引かれたアイシャドウが、私の瞳を何時もよりも大きくみせている。お母さん手作りの純白のドレスにも、たくさんの布の花が散りばめられていて、溜め息が出るほど素敵だった。


「素敵よ、クロリス」

 私を見て微笑むお母さんの目が、ちょっと潤んでいて私も同じように目頭が熱くなる。お父さんは既に涙が止まらず、これから挨拶とかあるのにちょっと心配だ。


「ふふふ、まだ泣いちゃ駄目よ。綺麗な貴女を皆に見せてから」

「うん。今まで本当にありがとう。お父さん、お母さん」


「いつでも遊びにおいで。私たちはいつまでも貴女の親だから」


「遊びにじゃなくて、戻ってこい。っというよりも、行くな」

 泣きながら、未練がましいことを言うお父さんの頭を、お母さんがスパンと叩いた。


「私、お父さんとお母さんの子供で良かった……!」

「ほらほら、笑顔、笑顔」

 お母さんは笑って少し背伸びをして、私のおでこに口付けた。お母さんの元気が出るおまじない。


 私は笑顔で、泣きじゃくるお父さんの手に引かれ、神殿の控え室から出た。



 神殿の扉が開いて、式典の間に入る前にはお父さんも泣き止み、精一杯キリッとした顔をしていた。赤くなった目と鼻の頭のせいで、そんな努力も台無しなんだけどね。


 式典の間には、ところ狭しと参列者が並ぶ。


 花屋の常連、ゼペッタお婆ちゃん、ルカおじさん、同年代のセーラたち。

 城でお世話になった侍女さんたち、警備の衛兵さんたち、厨房の皆も、フーリエさんもいる。


 あ、バオバフ町の酒場のご主人もいる! その節はご迷惑をかけました。


 タニカラ町の人たちもいる。あの時の母子もいる。今でも胸が痛むけど、私は笑顔で手を振った。


 私たちが通りすぎた様々な町の人たち。


 聖戦での戦いに参加してくれた英雄たちも、並んでいる。いかつい体を上等な服で包み込み、神妙な顔の彼らに笑顔で応える。


 メイちゃんは、ボロボロと涙を溢していた。ゲルパさんが支えて涙を布で拭ってあげていた。いつもと反対だ。


 フィンさんは、ラクシアさんと並んで立っていた。美男美女が並ぶと壮観だ。

 フィンさんはあれから民衆を先導して、王族を引きずり下ろし、民主主義の国を立ち上げた。だから、ここはもうレナド王国じゃない。レナド民主主義国だ。ラクシアさんは、そんな彼を文句を言いつつ支えている。


 妹のミリアは、せっかくおめかししたドレスをくしゃくしゃに握りしめ、泣いていた。お母さんがミリアの肩を抱いて、涙ぐんでる。


 反対側に参列するのは、魔族たち。エリィさんをはじめとする諜報部員の皆さん、術をかけた老人、赤の礼服に身を包んだジェド王、祝福してくれているんだろうけど、笑顔がなんか怖いバドスと、その横に立つ少年。


 黒髪に赤い瞳の少年、カイ・シュターロ。また少し背が伸びて顔付きも変わった。すっかり王としての威厳を備えつつある彼だけど、赤の瞳が少し潤んでいた。カイくんに艶やかな笑みを向けてから、前を見る。


我は光 人々照らし 希望を歌い 幸せ運ぶ

我は闇 人々安らぐ 揺りかごとなりて 癒しもたらす

我ら対となり 常に寄り添い 共に歩まん

いつしか分かれ 離るる時も 心は永久に 離れるなかれ


ああ 光と闇 表と裏 引き合う我ら

ひとつとなりて 福音満ちる 世界よ 久遠なり


 光と闇の神は本来は一つの神。光だけの世界は癒しがない。闇だけの世界は希望がない。マナが枯渇し、世界の明暗が濃くなる時、光と闇の神は降臨し、一つとなって互いの欠落を補い、世界をもう一度マナで満たす。

 一つになる神を祝福するこの歌は、いつしか婚礼の歌として人々に伝承された。


 父の手から離れ、最愛の人のもとへ。大きくて節だらけの手を取り、共に神殿の中央へ進む。


 祭壇の中央へ鎮座した台座には、一振りの剣が刺さっていた。もう、私の手に戻ってこない勇者の剣が。


 剣よ。あなたが最後にくれた私の生きる時間を大切にします。必ず幸せで彩ってみせるから。


「俺と生きるという願いを、生涯をかけて叶えると誓う」

「貴方と生きたいという願いを、生涯を終えるまで祈り続けます」


 私の部屋で春の日射しを受けて、鉢植えの花が開く。淡い黄色の花が陽光を反射して輝いた。

 鉢の下には、いつかの花嫁がくれた紙で出来た黄色の花。くしゃくしゃになったそれは丁寧に広げられ、本物の花と並んで飾られていた。


 花の名前はクロリス。

 花言葉は『未来への希望』


 きっと希望に満ち溢れた未来が待ってる。


挿絵(By みてみん)

これにて完結です。

ご愛読ありがとうございました!


クロリスは私そのものでありました。そして私はカイであり、メイちゃんであり、シグルズであり、フィンであり、ゲルパでもありました。


いかがでしたでしょうか?

私の物語は、あなたの心に余韻は残せましたか?


最後に一言。

どうかあなたの未来が、希望に溢れたものでありますように。


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