空っぽの私
「お姉さんっ!!」
力一杯叫んで、僕は体を大きく揺らがせた。視界がグラグラ揺れる。魔力切れと、僕の中にあった人々の悲しみが、全部抜けてしまったことで体に力が入らない。それでも僕は存在している。お姉さんが最後にくれた悲しみのお陰でっ!
ガランと、僕の手から滑り落ちた剣が転がる。そのまま倒れ込みそうになった僕の体を、抱き止めて支える人がいた。
「伯父さんっ、お姉さんが!」
僕をぎゅっと抱き締めた伯父さんは、僕の無事に安堵の息を吐いてから、尋ねた。
「落ち着け。どういうことか、説明しろ」
いつもの伯父さんの声音に、妙に安心感を覚えて僕は全てを打ち明ける。
「クロリス!!何でだ!!」
悲痛な声が、神殿の最上部へ響いた。お姉さんの剣はマナの粒子となって消え、代わりに転がったのは一振りの新たな剣。剣と変わり果てたお姉さんの姿だった。
「馬鹿野郎!こんなのがあるか!人には明日のために願えって言っておいてっ。自分はどうなんだ!」
シグルズと呼ばれた男が、お姉さんだった剣を掻き抱く。鋭い刀身が彼を傷付けるのも構わずに。
僕から全てを聞き終えた伯父さんが、静かな怒りを込めて言った。
「役目を終えた勇者は、剣へと姿を変えて次の勇者を待つ。魔王も同じことか。お前たち二人とも、この事を黙ってたな。何故自分を諦めた!馬鹿者が!」
「ごめんなさい」
最後の怒鳴り声に、僕は体を竦めて謝った。
伯父さんは、大きく息を吐き出してから、また冷静に戻る。
「過ぎたことはいい。反省して前に進め。カイ、お前はどうしたい?」
「お姉さんともう一度笑い合いたい」
「よく言った」
伯父さんはにっと口の端を吊り上げた。知らない人が見たら、背筋が寒くなるような獰猛な笑顔だ。
「眠れ、カイ。お前たちは夢で逢っていたんだろう?あれが偶然な訳がない。灰色の何もない空間。剣の記憶も、同じような空間で見たと言っていたな?」
頷いた僕を伯父さんはお姉さんの側へ運ぶ。シグルズが、燃えるような目で僕たちを見ていた。
「助けられるのか?」
「私の推測では、夢の中の灰色の空間は、剣の中だ。魔王の剣と勇者の剣は繋がっている。それと、勇者が最後にカイにやったことだ。カイが同じことをやれば、なんとかなるやもしれん」
「俺も行く。クロリスを必ず連れ戻す」
「貴方が一緒に入れるかは、保証できませんよ?」
「構わない。少しでも可能性があるなら!」
分かったと答える代わりに、僕は手を伸ばした。片方は剣になったお姉さんへ、もう片方はシグルズの額へ。
どちらにしても限界だった僕は、直ぐに夢へ旅立った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ゆらゆらゆら。
灰色の何もない世界を漂う。
地面もない。空もない。生き物もいない。私の体さえもない。思考は朧で、それすらもいつか消える。
皆の願いを叶え終わった私は脱け殻で、何にも残らなかった。
外側だけしかない、空っぽの私。思えば私は最初からこうだった。誰かの願いを叶えるだけの、がらんどうの中身。
悲しくもない。そんなもの、最初からないもの。
後悔もない。皆の願いを叶えられて満足してるもの。ああ、叶えられなかった願いが在るのが心残りかな。
そんな小さな思考も、浮かんでは泡のように消える。
ゆらゆらと何もない灰色の世界を漂う。
「お姉さん!」
…… ?知っている声。
「クロリス!!」
っ!!この声は、駄目だ。
穏やかだった灰色の空間が、荒れ狂う。色んな想いが溢れてくる。
駄目。私はここで、次の勇者を待ってなきゃ。
声の主は、逃げようとする私を逃がしてくれない。捕まった!と思った途端、掴まれた手首が、腕が、体があることを認識する。
認識したことで構築された私の体を、引き寄せられて、抱き締められて、どうしようもなく嬉しくなってしまう。願ってしまう。
「お前の願いを言え、クロリス。俺が叶えてやる」
シグルズの腕に包まれたまま、囁かれる。
「私の願いは、誰かの願いを叶えること」
私は震える声を絞り出した。
「違う!そんな紛い物の願いじゃねえ!お前の真実の願いを言え!お前自身の願いを!」
願い。私の願い。今、生まれてしまった私の願い。
「私の…… 願い…… 」
シグルズの声が、体が、回された手が熱い。嫌だ、離れたくない。
いいのだろうか?自分の為に願って。人の為じゃなく、私自身の願いを …… 。
私は大きな背中に、震える腕を回した。
「…… 生きたい。貴方と生きたい!」
「ああ。叶えてやる。俺が必ず!」
私の背中に回された腕に、力がこもった。
「お姉さん。僕はお姉さんに生きてほしい。それが僕の願いだ」
泣き笑いのカイくんが近付いてきて、私のおでこをコツンと押した。
灰色の世界が離れていく。現実の声が少しずつ近くなってくる。
現実に戻る私たちに、知らない声が語りかけてきた。
『お前たちが人としての生涯を終えるまで、もう少し私たちが役目を続けよう。今代の勇者と魔王よ』
向けた意識の先にいたのは、二人の知らない人物。だけど、どこか懐かしくて。
遠ざかる世界に向かって、必死に叫んだ。
ありがとう、と。
※※※※※※※※※※※※※※※
ポタポタと私の頬に液体が落ちる。重い瞼を苦労して開いた。
「良かった、クロリス」
青い瞳から流れる涙に胸が詰まる。シグルズの涙を初めて見た。
「自分のことを後回しな癖、何とかしろよ。心臓に悪りい。大体あんな告白があるか。あれでお前が戻って来なかったら、トラウマになるわ」
息が止まりそうな程、強く抱き締められ震える声で言われた。申し訳なくて、涙が溢れる。
「うん。ごめんね」
「ったく、お前のごめんは当てになんねえな」
苦笑してシグルズは、ぐいっと乱暴に袖で涙を拭った。
「好きだ。クロリス。一緒に生きよう」
「好きです。シグルズ。貴方と生きたい」
私の頬に大きくて温かい手が添えられる。どちらからともなく、互いの顔が引き寄せられて私は目を閉じた。
遂に次話で物語は終わります。
なんだか寂しい気分と、やりきった満足感と両方です。
ここまでお付き合い頂いた皆様、本当にありがとうございます。ご意見、ご感想など頂けましたら幸いです。
次回、「エピローグ ~クロリスの花言葉~」です。




