明日を迎える為に
「これで、モンスターはクリア!」
魔力切れによる、目眩と倦怠感に苛まれる。が、気合いで無視する。
残る問題はマナの枯渇だ。
「皆、聞いて!」
足を踏ん張り、お腹の底から声を出す。メイちゃんとゲルパさんが、魔法で私の声を届けてくれている筈だから、本当は大声を出さなくてもいい。それでも私は出来る限り声を張った。
「皆の願いを私に預けて!どんな些細なものでもいい。大切な人の笑顔が見れますように、でも、明日は晴れますように、だっていい!」
元賢者と世界樹のもとで見た夢。剣の記憶。身体中から何かが抜けて、マナへ還っていった、あの記憶。
「また変わりない明日を続ける為に。泣いたり笑ったりする為に。当たり前の事が出来るように、願って!」
今まで訪れた町の人から託された願い。出会った人たちの願いが、私のなかにある。けれど、それだけじゃ足りないから。
「悲しみを抱える人たちへ」
カイくんの声が、人々へ訴える。
「どうか僕へ預けてほしい。大切な人を亡くすのは悲しい。笑い合えないのは辛い。全部消えはしないし、消してはいけないけど」
母さん、バルドール、かがり火たち。力を借りるよ。これからの人の為に。
「乗り越えて明日を迎えられるように。新しく出会う人と笑えるように。いつまでもウジウジして、亡くした大切な人に笑われたりしないように!」
今ここにいない人たちの願いや悲しみは、精霊の姿になって左手を木に同化させ、右手をメイちゃんと繋いだゲルパさんが、植物を通じて集めてくれている。
沢山の人たちからの願いが、悲しみが、私とカイくんに集まって、マナとなり、世界へ還っていく。
それは、息を飲むほど美しくて、過去を乗り越えて、未来への希望へ進む、人々の輝きだった。
上空の光の神と闇の神が溶け合い一つになる。融合した神は天へ上り世界を照らし、影を造り出した。
光と闇の乱舞が聖戦の終局を告げる。
私の中から、願いがマナとなって抜けていく。ひとつ。またひとつ。
マナは空へ舞い上がり、世界中へ散って世界を修復していく。
『戦いに勝って生きて戻る』
『死にたくない』
『平和になったら、お嫁さんになるの』
『お腹一杯ご飯を食べたい』
『お父さん、はやく帰ってきて』
一つ一つから聞こえてくる叶った願いが、嬉しくて私は微笑んだ。
『あの子が意地悪したから怒って』
『木に引っ掛かったボールを取って』
『お母さんのプレゼントを買いたいけど、ちょっと足りないの』
中には、懐かしい願いもある。まだ世界の破滅なんて欠片も見えなくて、花屋の娘クロリスだった頃、時に友達の話を聞き、時に体を張り、時にお小遣いで解決してきた小さなお願いたち。
『クロリス、貴女が幸せでありますように』
聞き覚えのある声に、胸が一杯になった。
お母さん、私は幸せだったよ。
『可愛いクロリス、嫁になんか行かないでいつまでも側にいてくれ』
お父さん、嫁には行ってないけど、もう側にはいられない。
『お願いだから、無茶しないで』
妹のミリアの声に、切なくなる。
ごめん、それは叶えられなかった。
抜ける。抜ける。抜けていく。人から託された願い。寄せられた希望。全て。
ーー 全て ーー 。
待って。もう少し待って。最期にやることがあるの。
飛竜に乗ったシグルズが、神殿の最上部へ降向かってくる。彼は降り立つのももどかしく、数メートル手前で飛竜の背から、私へ手を伸ばす。
「クロリス!!」
まだ距離のある、シグルズの手。伸ばしても届かない、泣きたくなるような距離。
小さな婚礼であの歌を聴いた時、シグルズが好きだと言ってくれたあの時の感情が、私の決意を揺さぶる。
切なくて、切なくて。今は考えられないとしか、言えなかった。だって、私は。
「シグルズ」
私は微笑む。そして、手を伸ばす。
「好きだよ。シグルズ」
私の伸ばした手の先が向かったのは、隣のカイくんの額だった。
「お姉さん?」
私と同じ状態のカイくんは、どこかぼうっとした瞳を向けてくる。
「私はカイくんは生きてくれなきゃ、悲しい」
「お姉さんっ?!」
私の悲しみが、空になったカイくんの中へ注がれる。
ーーそうして私は、真実、空っぽになった。
残すところ、エピローグを含めて二話となりました。ここまで読んで下さった方々、ブックマークして下さった方々、本当にありがとうございます。
次回は「空っぽの私」です。




