全部流してしまおう
ぼんやり目を開けると、天井が見えた。柔らかく肌触りのいい寝具の感触。自宅のベッドとは大違い。
「クロリス様!」
メイちゃんが丸い大きな目に涙を貯めて、私の顔を覗き込んだ。
「ご気分は?頭は痛くありませんか?」
メイちゃんは、心配そうに私の額に手を当て、頬を擦り、それから手を握った。
「頭はちょっとだけ痛いけど、平気。気分は悪くないかな」
私はそう言ってベッドの上に半身を起こす。
うおう、動くと目眩が。
じっとしていると直ぐに治まった。ふう。
窓の外はもう夕方のようで、夕焼けの赤と夜の帳の紺色が同居していた。
「今日の訓練はもう終わり?」
「はい。今日はゆっくり休まれるようにと」
「そっかあ。中々ハードな一日だったなあ」
はーっ、と脱力してメイちゃんが背中に回してくれた枕に凭れた。
「何か食べられますか?」
あ、そういえば豪華な晩御飯、楽しみにしてたんだ。
「食べたい!」
「良かった!直ぐにお持ちしますね」
メイちゃんは嬉しそうに立ち上がった。
「あ、メイちゃん」
「はい」
ドアを開けたところでメイちゃんを呼び止める。
「メイちゃんはもう晩御飯食べちゃった?良かったら一緒に食べよ」
「まだですが」
メイちゃんは迷うように瞳を揺らした。彼女はあくまで下働きの侍女、私と一緒に食べて良いものか迷っているのだろう。
それでも一人で、こんな広い部屋で、食べられる自信が無かった。
「お願い。一人で食べるより、二人の方が美味しいんだもの」
私が頼み込むと、はい、と笑って頷いてくれた。本当、いい子だよね。
二人での食事は、やっぱり美味しかった。私は何だかんだでお腹空いてたみたいで、入る入る。メイちゃんはそんな私に驚きながら食べていた。
他愛もないお喋りをしながらの食事は、何だか家での食事みたいで。
楽しくて、でもほんの少し痛みを伴うものだった。
食事を終えてお風呂に入ろうと思ったけど、目眩がするのでタオルで体を拭いた。背中だけ手伝ってもらう。それから直ぐに横になった。
「それではクロリス様、お休みなさいませ」
「うん、ありがとうね、メイちゃん。お休みなさい」
恭しくお辞儀をして退出するメイちゃんに手を振る。
パタリとドアが閉じて、軽い足音が遠ざかり辺りに静寂が満ちた。
暫くじっと耳を澄ます。周りには誰もいない。
息を殺して誰もいないことを確認してから、私は枕にうつ伏せに突っ伏した。
「ううう~っ」
くぐもった嗚咽が洩れる。ぎゅっと枕を力一杯握りしめた。
辛かった。
痛かった。
逃げたかった。
怖かった。
剣なんて握ったことなんてない。
魔法なんて、遠い世界のことだった。
何で私なんだ!
なんで勇者なんだ!
こんなの理不尽だよ!
家に帰りたい!
だから。
だから、今だけは泣こう。
涙で全部流してしまおう。
そうすれば、また明日から頑張れるから。
そろそろ投稿時間を決めようかと思います。
前作は朝7時だったので、今作品は12時にしようかな。
と、いうことで明日は12時に!