運命を変える為に
「カイくん!」
上下も左右も見渡す限り灰色の空間。すっかり慣れ親しんだこの場所と目の前のカイくんを認めて、私は歓声を上げた。
「わっ!お姉さんどうしたの?」
驚いた顔で私を抱き止めたカイくんは、また少し背が伸びている。
私はカイくんをぎゅっと抱き締めてから、体を離して私は大きく深呼吸した。大丈夫。私はカイくんを信じてる。
「カイくん、話があるの」
「えっ?うん。な、何?」
心なしか頬が赤い彼をじっと見る。しかし、私のただならぬ気配に、カイくんは顔色を戻し表情を引き締めた。
「聞いて。私は『勇者』よ」
カイくんの表情が凍った。よろりと一歩後退る。
「そんな、まさか、嘘、だよね?」
探るように私を見て、冗談でも嘘でもないと悟った彼は、くしゃりと表情を歪ませた。
「そんなっ。こんな事って!」
激しく赤の瞳を泳がせて、打ちのめされたように自らを抱え込み、体を震わせる。
「…… お姉さんは、何時から知っていたの?」
「ついこの間よ。天地がひっくり返ったかと思ったわ」
「…… それは、上手い例えだね」
カイくんは自分を抱いていた腕をほどき、背筋を伸ばした。まだ少し手は震えているけど、その目に宿るのは強い光。王の眼差し。
「なぜそれを僕に?」
「カイくんを信じているから。カイくんと私の絆を。今までの事に嘘なんてなかったから」
カイくんは赤の瞳で私を射る。初めて見せる、見透かすような強い視線。それを真っ直ぐ受け止める。
「いいだろう。嘘偽りない真実を語った貴女を信じよう」
ふっと剛の眼差しが弛んだ。いつものカイくんに戻る。
「ありがとう。カイくん!」
私は破顔してもう一度カイくんへ抱き付いた。おでこにちゅっとキスをする。
身長の伸びたカイくんは、私の肩で溜め息を吐いて言った。
「お姉さんのこれは反則だよ」
「ん?何が?」
「…… なんでもない」
彼はふいっと顔を横に向け、拗ねた顔をした。最近、彼は時折こういう顔を見せ始めた。反抗期かなあ。
「で?どうするの?聖戦は避けられないよ」
「勿論やるわよ。正々堂々、戦いましょう」
「結局そうなるんだ?」
「ふふふふふ。ただし!」
私は皆で考えた作戦を、カイくんに伝える。カイくんは全部きいて、呆れたような感心したような顔をした。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
目覚めると視界に入るのは見慣れた天井。僕は、馬鹿みたいに大きくて柔らかいベッドからさっさと抜け出した。
慣れた手順で服を着替え、勝手に僕に擦り寄ってきた剣を腰に差す。タイミングを見計らったように、ノックの音が響いた。時間ぴったり、いつもの朝だ。
「入れ」
「失礼いたします」
扉の向こうから姿を現したのは、きっちりと礼服を着込み、姿勢を正した少し顔色の悪い男。見慣れた伯父さんの鋭い視線を正面から受け止めて、僕は言った。
「バドス、話がある」
さて、僕は僕の戦いをしよう。
部屋の円卓に向い合わせで座り、お姉さんと僕との夢での邂逅を、伯父さんは瞑目して聞き終えた。
微動だにしないその表情を見ながら、僕はなぜ勇者のことを今まで聞かなかったのだろうと思う。伯父さんの事だ。現在の勇者たちの動向は勿論、きっとお姉さんの名前も容姿も、生い立ちすら調べているだろう。
でもまあ、結果としてお姉さん自身の口から聞けたから、良かったのかな。
「それで、カイ様は如何なされます?」
閉じていた鷹のような目を僕に向けて、伯父さんは問いかけた。
「聖戦は避けられない。僕は彼女を魔国へ招き、共に神殿へ行こうと思う」
聖戦は魔国の東にある、小さな島にひっそりと建つ古代神殿で行われる。
「成る程。しかし、カイ様に彼女が討てますかな?」
予想通りの問いかけに、僕は気を引き締める。伯父さん相手に、迷いや隙を見せてはならない。
お姉さんとの作戦に、必要なのだから。 気張れよ、僕!
「討つ!魔国の未来の為にも、必ず」
「恐れながら、先程の話からカイ様は勇者に情を持っておられると推測致しました」
伯父さんの目が細められ、剣呑な光を帯びる。伯父さんの全身から立ち上る鬼気に、部屋の温度が一気に下がった。
少し前の僕なら竦み上がり、許しを乞うていたことだろう。
「もう一度聞きましょう。彼女を討つ覚悟がお在りか?」
「くどいぞ、バドス」
斬り殺されそうな視線を、真っ向から受け止める。目を逸らせば負ける。そんな確信があった。
「優しく慰めてくれた女を、傷付いたときに立ち上がらせてくれた女を、その剣で血を流させ、息の根を止める覚悟が?」
一瞬、血塗れのお姉さんの姿が浮かんで、僕の血が凍った。逸らしてはいけないと思っていた視線を、外してしまった。
僕に浮かんだ動揺を、伯父さんは冷静に観察して判断を下す。
「無理だな。お前には」
「待って、バドス!」
「話は終わりです。今日の座学は休講しますゆえ、剣と魔法の訓練を怠られませぬよう」
取りつく島もなく、伯父さんは立ち上がり部屋を出ていった。
「それであの伯父さんに逆らった挙げ句に実質、監禁状態になっちゃったと?馬鹿ね」
ベッドに突っ伏した僕に、呆れたような綺麗な声が降ってくる。銀髪に伏し目がちの瞳が儚げな少女、聖女ラクシアだ。彼女の中身は全くもって儚くないけれど。
「あれからなんとか伯父さんと話そうとするんだけど、全く捕まらない。しかも四六時中見張りが付いてる」
ちらっと扉の前に立っている兵士を見ると、ばつが悪そうに視線を逸らされた。彼自身は悪くないのだが、つい僕が恨みがましい目を向ける為、本人も罪悪感に駆られているようだ。
「あんたも大変ねえ」
全く大変に思っていなさそうな声で、彼女は言う。こんな態度を取っているものの、彼女は多忙な闇化病の治療の合間を縫って、ちょくちょく顔を出してくれていた。
「それであんたは何やってんの?」
「なんとかお姉さんと連絡が取れないかと思って寝ようとしてる。もしかすると夢で逢えるかもしれない」
「出来んの?」
「無理!」
僕は諦めてベッドから降りて、今度はうろうろと部屋を歩き回った。僕を見るラクシアは、完全に出来の悪い弟を呆れて見る目だ。
コンコンとノックの音がして、僕は歩くのを止める。入ってきたのは噂の人、バドス伯父さんだ。
「バドス!やっと会えた、この間の話の続きだけれど」
「カイ様」
伯父さんに歩み寄った僕は動きを止めた。上手く言えないけれど、伯父さんの態度がいつもと違う。それに、伯父さんの後ろに隠れるようにいた小柄な老人に、僕は嫌な予感を覚えた。この人の得意な魔法は、確か。
「やれ、ゲオル」
まずい、と思ったけど、もう目を合わせてしまっていて。
老人、ゲオルの目を見た途端に意識がぼうっと霞んだ。
「この手は使いたくなかったが」
伯父さんの声がどこか遠く聞こえる。
「ちょっと!あんた何したの?」
「…… しの間 …… になって貰う…… けだ」
「それで …… たは、…… の子の …… 」
薄れていく意識の中、僕は心の中で必死に叫んだ。
来ちゃ駄目だ!お姉さん!…… わ …… な ……。
そこでぷつんと僕の意識は途切れた。




