その花の名は
道中、休憩に止まった森の中で私とシグルズは剣の訓練、他の皆は木の根元でゲルパさんを囲んで会議中だ。結果は後で教えてもらうけどね。
ちなみに危ないので、双方がギリギリ視認できる所でやっている。
シグルズの木剣を避けて大きく後退した私は、雪の下から覗く青く細い葉を見つけ、声を上げた。
「クロリスの花!」
危ない危ない。もう少しで踏むところだった。
しゃがみこんで、そっと雪を払った。冷たく凍った大地から葉を伸ばし、その根本にはまだ固いけれど、花芽があった。
「は?花なんか咲いてねえ …… しかもクロリスって、お前の名は花の名前なのか?」
「うん。雪解けに咲く花でね。花言葉は『未来への希望』。私の名前は、両親がこの花から付けてくれたの。私の未来が希望に満ちたものになるようにって」
「ふーん。このじゃじゃ馬に花の名前ねえ」
「どういう意味よ!」
憤慨してシグルズに食ってかかり、動きを止めた。シグルズは私の前の花を見ようと、私の後ろにしゃがんで、顔のすぐ横から覗き込んでいる。
息がかかるほど間近に迫った横顔に、心臓が不本意に暴れた。
落ち着け!落ち着け、私!
花嫁からの贈り物と爆弾発言を貰ってから、どうもおかしい。なんで?今まで平気だったじゃないの。
ばくばくと主張する心臓を宥めることに四苦八苦する。私は少しでも気を逸らそうと、雪から覗く小さな花芽を穴が開くほど凝視した。
「クロリス」
「はいっ?」
うわあ、私の馬鹿!明らかに不自然だよ!声裏返ったし!
恐る恐るシグルズへ、赤くなりかけた顔を向ける。そして、青い眼差しに捕まった。
らしくなく、少し緊張した面持ち。怖いほど真剣で澄んでいて、深い青。
なんて綺麗で真っ直ぐな眼だろう。
「お前が好きだ。クロリス」
告げられた言葉に、色んな感情が膨れ上がった。世界が鮮やかに色がついた気がした。嬉しくて、嬉しくて …… 切ない。
感情と一緒に涙が溢れた。シグルズの狼狽した顔が歪んで見えた。
「っ、急に悪かった。嫌だったか?」
「違う、嬉しい。凄く。でも、…… 今は考えられなくて …… っ!」
言葉を詰まらせて下を向く私に、大きな手が回されて。余計に切なさで胸が一杯になった。
「そうだな。今のお前はそれどころじゃないもんな。悪かった。急がなくていいから、全てが終わったら返事を聞かせてくれ」
困ったようなシグルズの腕の中で、小さく頷いて私は泣いた。
レナド王国を出たときは秋の終わり、聖国へ入った時に本格的な冬を迎え、今は春の兆しを雪から覗く小さな花が体現している。
いつしか雪が溶けたら、淡い黄色の花を咲かせ誰よりも早く春を告げる。
魔国まで、あと少しの旅の出来事だった。




