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世界がひっくり返る時

サラナン犬が力強く雪を蹴る。滑って進むソリは、馬車よりも揺れが少なくて快適だ。速度も馬車よりもよっぽど速い。


町を出て数時間ほど進んで、森の中の街道で休憩をとった。


「魔族の目的は闇化病の治療ですから、聖女さんはとても丁重に扱われているようですよ」

おずおずと、ゲルパさんがフィンさんに進言する。

ゲルパさんは左手で木の幹に触れ、右手でメイちゃんの手を握っている。その手は褐色で木と同化するように繋がっていた。ゲルパさんはこうやって、あらゆる植物と繋がって情報を得られる。世界樹の森と違って、契約者のメイちゃんの協力が必要だけどね。


ちなみに私はシグルズと手合わせしながら、ゲルパさんの話を聞いている。少しの時間も惜しい。ほんの少しでもいいから強くなりたいから。


「魔族たちとの戦争は今どうなってるの?」

「ちょっと待って下さい。…… それは…… へえ、凄いな …… 」

ゲルパさんはじっと木の言葉に耳を傾けながら、時々相槌を打ったりぶつぶつ言う。


「魔族側に切れる人がいるらしくて、その人が人間の王族を丸め込んで、一時休戦に持ち込んだみたいですね」


聖女の確保に魔族が総力戦をかけたあの戦争は、壮絶な戦いぶりで、人間側はすっかり警戒してしまったそうだ。

そのことを利用して、実際には少ない戦力を誇張して圧力をかけつつ、戦争を長引かせるメリットをちらつかせて、落としどころを提示したと。


「それから休戦状態の間に本格的な冬が来て、人間軍は撤退したそうです」


食糧確保の困難さに加えて、聖国以外の国は寒さに慣れていない。体調を崩す者が続出したようだ。


「それにしても、魔族は恐ろしいですね。少ない戦力とはいえ、かの竜王バルドールなんて、彼だけで誇張ではなく何千人、万に近い人間を倒したらしいですよ。他にも一人で何十人も倒す豪傑揃いだったとか。人間側が用意していた魔導兵器だって12基中、9基もやられて残りはたった3基」


ひええー。恐ろしい。

鋭く踏み込んできたシグルズの木剣を受け止める。大分力負けしなくなってきた。


「しかも、極めつけは魔王です。なんと剣の一振りで数百メートルに渡って地面を抉りとったと。正面にいた兵士は軒並み一撃でやられたらしいですよ。クロリスさん、そんなのと戦うんですか?」


「あは、あははは …… 戦わなきゃ、なんないわよねー」


乾いた笑いしか出ないよ。っと、危ない。

頭を薙ぎに来たのを、屈んで避けつつ胴を狙いに行く。


「それにしても、魔王ってどんな奴なの?さぞ筋骨隆々な奴とか?それともシグルズみたいな感じかな?」

ふと浮かんだ疑問を、この際だからぶつけてみた。


「魔王がどんな人かは …… 雪原で森と離れてたからはっきりしないけど、どうやら若い …… まだ少年みたいですね」


カンカンと木剣どうしの立てる音が響く。少年?


「あ、待って下さい。森を通った人間たちが魔王の話をしてたみたいですね。ええと、まだ子供だから楽勝だって笑ってたと …… ん?名前を言ってた?カイ …… カイ・シュターロだそうですよ」


「っ!馬鹿!クロリス!」

カランと私の手を離れた剣が、乾いた音を立てた。私が不意に動きを止めた為、肩口を狙ったシグルズの木剣が、制止しきれずに私を撃つ。


「クロリス?!」

皆が心配して口々に私の名前を呼ぶけど、耳に入らなかった。世界がひっくり返ったような衝撃を受けて、私は動くことも出来ずにいた。


灰色の世界でのカイくんとの出逢い。戦わなきゃいけないと言っていたカイくん。身分が高く、育ちの良さそうな品のある物腰。大切な人を亡くしたと泣いていたのは、魔族たちが聖都へ乗り込んだ日ではなかったか?カイくんの剣蛸ができた手。剣、剣、剣。


腰の剣がぐっと重くなった気がして、私は目線を下ろす。ぶら下がっている白銀の剣。


私は心配する皆の手を振り払って、腰の剣を抜いた。思い切り地面に叩き付ける。足で力一杯踏みつけた。何度も何度も。


「クロリス様っ!どうしたんです」

「クロリス!しっかりしろ!」


シグルズに羽交い締めにされて、剣から引き離されて、私はようやく動きを止めた。荒い息を吐きながら、剣を睨む。引き離された剣は、音もなく私の側へすい寄せられた。


「ちくしょうっ …… 」

糸が切れた操り人形みたいに、力の抜けた私はその場に踞った。


こんな、こんなことってある?

あんまりじゃないか!


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