聖都への旅路
私たちは、冬の装備に替えてタニカラ町を出てから北上を続け、ガロ町の惨状を見た。そこからまた北へ進み、国境の町マスルバへ来ている。
ここでお世話になった馬車から、ソリへ替えるのだ。聖国は北国で、冬場は雪に閉ざされる。もっと北の魔国なんて、ほぼ一年中雪があるそうだ。
ちなみに、ゲルパさん情報である。あの人、歩く書庫だからね。
厚めのコートの襟を合わせて、白い息を吐く。うー、これ以上寒くなるなんて、勘弁してよ。
私は手袋を履いた手を、顔の前で軽く擦り合わせて、空を見上げた。曇っていて、今にも雪が降りだしそう。
「カイくんどうしてるかなあ」
最近夢で逢ってないカイくんを思う。夢の中で時折逢うカイくんは、会うたびに背が伸びて顔も大人びていく。あの子はどうも立場的に色々あるようで、その事が彼を無理矢理に成長させてるんだろう。
もう随分前になるけど、一度号泣してから、特にそうだ。
それから後、なんか前よりちょっとよそよそしいんだよね。難しい年頃だし、恥ずかしくなったのかしら。お姉さん、ちょっと寂しいよ。
「クロリス様!準備出来ましたよお」
なあんてことを考えてたら、メイちゃんに呼ばれた。
私は「はーい」と返事をして、新しく調達したソリへ走った。
「やっぱ、格好いいー」
私はちょっと硬い灰色の毛並みを撫でる。ソリを引いてくれるのは、大型のサラナン犬だ。私の肩くらいにある凛々しい顔立ちに、澄んだオレンジがかった茶色の瞳、太い足とお腹は白い。くるんと巻いた尻尾を人懐っこく振って、私の頬をペロペロと舐めた。
「うひゃあ!」
懐いてくれて嬉しいんだけど、舐められるとベトベトになるのよね。あと、でかくてがっしりしてるから、じゃれられると倒されそうになる。この子たち、立ち上がると余裕で二メートル超えるもの。
「何してるんですか、クロリスさん。早く乗って下さいよ」
ひょいとソリの荷台からゲルパさんが覗いた。ここ二週間ほどで流石に私には慣れてくれて、どもらなくなった。
シグルズには慣れないけど。
「おい、ゲルパ。クロリスは何やってた? …… って、逃げんな馬鹿」
奇声を上げて逃げようとしたゲルパさんの首根っこを捕まえて、シグルズは溜め息だ。うん。あれだ。シグルズは目付き悪いし口悪いから、当分無理だね。
そんな感じの、わりかし和気あいあいで、順調な旅路だ。ただ一人を除いて。
私が荷台に乗り込むと、御者台に座るフィンさんは無言でソリの手綱を握っている。その表情は張り詰めていて、整った顔に鬼気すら漂わせていた。
ゲルパさんから、聖都から魔族たちが聖女を拉致したという情報を受けてから、ずっとこうだ。
あの時、フィンさんは我を忘れてやみくもに飛び出そうとして、シグルズに制止された。
それから私たちに聖女とフィンさんの関わりを、ぽつぽつと話してくれた。
「母に捨てられた6歳の僕は、路地裏で野垂れ死にするしかなかった。その僕を見付けてくれたのがラクシアだ」
以前にも、母親に捨てられたと言っていたけれど、実情はもっと酷いものだったらしい。フィンさんに愛情を持てなかった母親は、彼を虐待していて、ラクシアさんが偶然見付けた時は、瀕死だったそうだ。
「声も上げられなかった僕の声に、ただ一人気付いてくれた。僕を救ってくれた彼女を、今度は僕が救いたい」
暗い袋小路にいたからこそ、ラクシアさんという光はフィンさんの全てで、ハンドブルグ家に引き取られてからも、ラクシアさんを迎えに行くために死に物狂いで勉強したそうだ。貴族の家柄と、国の筆頭魔法使いという地位を利用して、なんとかラクシアさんの力になろうとした。
「今回の事で勇者の名前も利用して、ラクシアを連れ出そうと思ってたのに」
そう言って両手で顔を覆った。
「フィンさん。いいお話なんだけど、最後に本音が出てますよ?」
そして私は、つい突っ込みを入れたのだった。
久しぶりのクロリスです。
なんかもう、ホッとしたよ。
こっちサイドは。こんなにのほほんとしてたんだね。




