見上げた夜空は
気が付くと灰色の空間にいた。
「カイくん!」
春の日だまりみたいな暖かい人に名前を呼ばれると、僕の中で張り詰めていた糸が、ぷつんと切れた。
獣みたいな声がする。自分の声だと、頭のどこかで思う。思うけど制御出来なくて、自分の中で荒れ狂う感情のままに、僕は吠えるような声を出して泣いた。
正面から柔らかい温もりが、僕にぶつかってきた。温もりは僕の頭と背中にも回されて、包み込まれる。
「どうして死んじゃったの。どうして死ななきゃならなかったの?どうしてっ!母さん!バル!」
目の前にいない存在に向かって叫ぶ。
「嫌だっ。死なないで。側にいて、また笑いかけてよ。僕、まだしてもらいたいことも、教えてほしいことも一杯あったのに!」
感じる温もりに必死にすがり付いた。でないと立っていられない。
「皆、僕を、置いてっいく。立派になれって、僕なら出来、るって、置いていくんだっ。何なんだよっ!僕は」
盛大にしゃくりあげて紡ぐ言葉は、酷く聞き苦しい。
「僕は、そんなに強くないのにいぃぃいっ」
そこまで言って、あとはもう言葉にならなかった。
「うううううううっ」
すがっている柔らかい温もりが、優しく頭を撫でられる感触が、背中に回された手に籠る力が、今の僕の全てだった。
もう嫌だ。限界なんだ。このままずっとこうしていたい。他に何も要らないから。ずっとこのままでいたい。
全身を震わせて、大声を上げて、泣き喚いた。
願いと裏腹に、泣いている内に少しずつ激しい感情は収まっていく。次第に止まらないしゃっくりみたいな声と、ぐずぐずと鼻水を啜る音だけになる。
「カイくん」
僕は顔を上げずに聞いた。お姉さんの声は心地よくて、落ち着く。
「カイくんは、どうしたい?」
ちょっと顔を上げてお姉さんを見た。翡翠の瞳が僕を覗いている。バルドールの目は夜空で、ラクシアの目は冬空。お姉さんの目は、春先の草原の色だ。
「前に言ったよね。私は、私の為に戦うんだって。弱い私に勝ちたいんだって。勝って大切な人が傷付かないようにしたいんだって。強くないから、弱いから頑張れることってあると思う」
お姉さんは微笑んでもう一度聞いた。
「カイくんは、どうしたいの?」
「僕の、したいこと …… 」
目を瞑るとまぶたの裏に色んな人の顔が浮かぶ。僕は …… 僕は。
目を開くと、優しい翠の目が僕の答えを待っていた。その目に勇気を貰う。
「皆と一緒に笑いたい。その為に、戦いたい。そう思う僕のために戦いたい」
「うん。よく言った!」
お姉さんは僕の頭をぐしゃぐしゃ撫でてから少し頭を下に向けて、こつんと額をくっ付けた。
にこにこと笑うお姉さんの綺麗な顔が、間近にきて、触れあうおでこが何だか熱い。
うわっ!顔も熱い。
顔に血が上ったことを自覚してから、漸く僕はお姉さんに抱きついていた事実を思い出す。前にも抱き締めて貰ったことはあるけど、あの時は僕は座ってて、今は僕もお姉さんも立ってて …… 。
しかも、お姉さんの肩くらいしかない僕の身長だと、ちょうど顔が当たるのが …… 。
むっ!胸じゃないか!
「ごめんなさいっ!!」
あたふたとお姉さんから離れた。
うわああああああ。僕は何てことをっ。いや、夢中だったし、わざとじゃないしっ。
ほらっ、お姉さん不思議そうな顔してるだけだし、怒ってない。良かった!
一人で百面相をする僕を見て、お姉さんはクスリと笑う。
「カイくん」
ちょいちょいと手招きされて、ドキドキしながら側に寄る。お姉さんが僕の前髪を掻き上げて …… 。
額に受けた一瞬だけ柔らかい感触に、僕はぽかんとした。
「私が元気ない時に、いつもお母さんがしてくれてた、おまじない」
悪戯っぽく笑ったお姉さんに、僕は見惚れた。
※※※※※※※※※※※※※※
目が覚めると見慣れた天井と、柔らかい寝具の肌触り。手をそっと額に当てた。
今回ほど、あの夢から覚めたことを後悔したことはないかも。
名残惜しくて、もう一度目を閉じて、額にしてくれたお姉さんのキスを思い出す。
あれは一生の思い出にしよう。うん。
そう決意してから、誰かがベッドの側に座っているのに気が付いた。
お、伯父さんっ!
一気に目が覚めてがばっと起き上がる。伯父さんはベッド脇に椅子を置いて、腕組みをして座っていた。鷹の目が、ぎろりと僕を見る。
「後でやると言った説教だが」
そうだった。冷水を浴びた気分になって、出来ればもう少し、さっきの夢の余韻に浸っていたかったと切実に思う。
「王たる者が膝を折り頼み込むなど愚の骨頂、臣下に過ぎない私を庇うなど言語道断、聖女に不覚を取ったのは油断大敵だ。自らを無用な危険に晒すなど思い上がりも甚だしい」
いつもに輪をかけて渋面の伯父さんは、つらつらと僕の悪いところを並べる。
「だが、そんなお前だから聖女の説得が成せたのだろう」
「え?」
驚いてまじまじと伯父さんの顔を見る。伯父さんは相変わらず眉に皺を寄せて、睨むように僕を見ている。
伯父さんは組んでいた手を解いて、おもむろに立ち上がり、僕に手を伸ばした。
殴られでもするのかと、僕は身を縮める。が。
ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられた。伯父さんはすぐに僕から離れて背を向ける。
「二度と今日みたいなことがないよう、明日からしごいてやるから覚悟しておけ」
捨て台詞のように言ってから、珍しく乱暴に扉を閉めて出ていった。
撫でられた頭があったかいな。
バルドール、母さん。辛くて苦しかったけど、幸せで温かいこともきっとあるから。
一人残された僕は、窓越しに夜空を見上げる。バルドールの瞳と同じ綺麗な星空だった。
これにて、魔国サイドは終わりです。
如何でしたでしょうか?
次回からはクロリスに戻ります。
↓↓バドス伯父さんの過去を短編で上げています。興味のある方はどうぞ。
バドス・ルーデの後悔と罪
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