僕らしい王
魔導兵器の数、射程距離、威力、兵士の数、編成、全て伯父さんの頭の中だ。
それだけ万全を期しても、数の優位を覆すのは容易じゃない。そして、今回の僕たちの総攻撃で彼等も本腰にならざるを得ないだろう。そうなればどう転ぶか分からない。
堪らない。心が締め付けられる。
「バルドール殿」
僕は、心優しい竜を見上げた。バルドールは城壁の上で目一杯身体を畳み、頭を下げてくれた。竜特有の澄んだ瞳が僕を見る。身体と同じ蒼い目だが、星が散ったように金色がかかっていて、まるで夜空を覗いているようだ。
「バルドール殿、か。そう他人行儀に呼んでくれるな、カイよ。昔みたいにバルと呼んでおくれ。なに、そこな厳めしいバドスなど気にするな。少しは大人になったようだが、私からすれば、まだまだ子供よ」
竜王は目を細めて静かに笑う。豪快に笑えば僕など吹き飛ばされてしまうから、こうやって顔を近付けるときは、いつもそうだった。
「バル」
僕は昔みたいに、まだ黒く染まっていない頸へ抱きついた。僕が両腕を広げても届かない太い頸は、鱗に覆われて硬くひんやりとしている。
バルドールの名前を呼んで、そこから後が続かなかった。
行かないで。また昔みたいに背に乗せて欲しい。綺麗な目を細めて笑っていて欲しい。でも、言えない。言ってはいけないから。
「カイ。君は優しいが強い子だ。これから王として、幾多な試練が君を見舞うだろう。そこのバドスは堅物だから、君に色々言うかもしれない。だが、君なら大丈夫」
星を散りばめた深い蒼が、泣き出しそうな僕の情けない顔を映す。僕の後ろには、いつもよりもしかめ面のバドス伯父さんが映っていた。
「バドスの言う王になる必要も、君の父王のようになる必要もないんだよ。君らしい王におなりなさい」
「僕らしい …… 王。必ずなってみせます。バル …… 」
グッと唇を引き結んだ。泣かないように。バルドールが見たがっている王になれるように。
「ありがとう。大好きです、バル」
感謝で胸が一杯になった。少しでも伝えたくて腕に力を込めた。硬い鱗に頬擦りする。少し痛い。
それから離れる。バルドールは、ゆっくりと下へ向けていた頸を戻した。青い空よりも深い蒼の頭が弱い陽光を弾く。
僕は思い切り肺に空気を入れた。キンと冷えて、喉が痛くなるような魔国の大気を味わう。バルドールの励ましの視線、ジェド王の真剣な眼差し、ドライガ王の覚悟の表情に勇気を貰う。バドス伯父さんの鬼気迫る顔は、あえて見ないようにした。
腰の剣を抜け放ち、掲げる。漆黒の刀身は光さえ反射しない。
「僕は剣に選ばれた魔王カイ!」
伯父さんがかけた魔法に乗って、僕の声が行き渡る。僕に魔法を教えてくれた先生が、人間たちの所へは聞こえないように遮断していた。目眩ましの魔法も重ねてかけられている。
「僕は王として魔族と竜族の為に戦う!でも、本当はそれだけじゃない!僕は、大切な弟を闇化病から救いたい!ここにいる友人であり目標である竜王に恥じぬ王でありたい!」
剣先に魔力を練る。細く黒い魔力が精緻な模様を描いていく。始めは小さく円を画くように、更に外側へ渦巻き状に広がっていく。
「 僕は、僕自身の為に戦う!皆にも大切な人がいるだろう。こうありたいという、信念が、こうするんだという覚悟があると思う。だから 」
城壁の上から、順に見ていく。全ての人に目を合わせることは出来ないけれど、そのつもりでいた。
「皆が一人一人、自身の為に戦おう!僕は皆の代表だけれど、一人一人が自分と言う名の王だと僕は思う!自身の大切なものの為に、自身の信念の為に、一人一人が自分を王として!戦おう!」
『オオオオオオ!!!』
魔族たちの声が、竜族の咆哮が、『かがり火』たちの唸るような吼え声が、地鳴りとなって辺りを震わせた。
僕の魔法が完成し、膨大なマナが引き寄せられる。魔力のあるものが見れば、魔王城が闇に飲み込まれたように見えるほどだ。
ここに至り、目眩ましの魔法でも隠しきれなくなったのか、人間たちのどよめきの声が流れてきた。
もう、遅い。
「敵を砕き魔族に勝利を!!」
掲げた剣を、真っ直ぐに振り下ろす。刹那の静寂の後、剣の軌跡をなぞって闇の閃光が走った。
僕の魔法は轟音と共に大地を削り、大気を切り裂き、正面の人間たちを紙切れのように消し飛ばした。
「続けええええっ!!!」
ドライガ王の号令が竜王の背から響く。黒く染まった翼を広げ、バルドールが城壁から飛び立つ。翼が巻き起こす暴風に飛ばされないよう、足を踏ん張った。
城壁の下にいた魔族たちが一斉に前進する。蹴りあげられた雪が、吹雪のように舞い散った。
バルドールが起こした風が収まると僕は、小柄な飛竜の背に飛び乗った。彼はまだ闇化病に侵されておらず、空を駆けるのが誰よりも上手い。
同じように空へ舞い上がった飛竜を数体、視界の端に入れてから前を向く。
必ず勝つ。勝って聖女を手に入れ闇化病を治して貰う。そうして、またサイと一緒に笑うんだ。僕がそうしたいんだから。
僕は、僕の為に戦うと誓ったのだから!!




