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悲しみを引き受ける者(挿し絵あり)

魔国は、最北の半島にある。海からの冷たい風が降雪を促し、一年の大半が雪に閉ざされる。今日も例に漏れず、曇天だった。


あまりに少ない手応えを残し、僕が斬った男が崩折れた。ごふっと大量の血を吐き、男の命が流れる血と共に失われていく。積もり、踏み固められた雪が、みるみる赤く染まっていった。


『こんなところで死にたくない』『嫌だ!嘘だ!』

男から声なき声が聞こえる。胸が締め付けられるような気分と、同じに沸き上がる不思議な感覚がある。

貴方の嘆きも悲しみも全部引き受けます。だから、どうか安らかに。


ついに人を殺した。

身体は熱いのに、お腹の底が冷たくなる感覚がする。

「よくぞやり遂げられました。カイ様」

バドス叔父さんの抑揚のない声が僕を労う。


固唾を飲んで僕と男の戦いを見ていた兵士たちが、ほっと息を吐くのが伝わった。


城の一画にある兵士の戦闘訓練を行う広場には、ぐるりと兵士が取り囲み、僕に万一があっても飛び出せるようにしていた。


足元に倒れて絶命する男を見下ろす。僕の実戦のために連れてこられた可哀想な人間。彼の死に顔が穏やかで良かった。

「手厚い埋葬を」

ごめんなさい。貴方の犠牲は無駄にはしません。心の中だけで謝って、踵を返し広場を抜ける。人垣が割れて僕を城へ通してくれた。


「もう少し実戦を積まれますか?」

叔父さんが僕の後ろから問いかける。待機していた侍女が黙って湯を張った、たらいを差し出した。ブーツの底に着いた雪を湯で溶かして、タオルで拭いて貰う。


「必要ないよ」

もうこれ以上ただの実戦経験のために、誰かを犠牲にはしたくない。

「御意。では予定通りに?」

叔父さんが声の調子だけで確認してきた。


「うん。明日は戦場へ出る」

これから僕は、数えきれないほどの人間を殺める。綺麗に拭かれたブーツの底が、城の廊下をこつりと叩いた。



翌日は、珍しく快晴だった。眼下に広がるのは、城壁に沿って展開する僕たち魔族軍、やや距離を取って僕らを包囲する人間の連合軍だ。

最北の半島には3つの国があり、各々に魔王がいる。僕が治めるのは半島の南、大陸へ繋がる人間との境に面し、人魔戦争の最前線だ。


「カイ様の初陣、勝つのは必須なれど、先々を考えれば、それ以上の圧倒的な力見せねばなりません。御覚悟を」

振り返らなかったけれど、叔父さんの眼の鋭さが、見たかのように目に浮かんだ。ただ、頷く。


「ったく、んな脅すような言い方すんな。震えちまうだろ。なあ?坊主」

突然、僕の肩に重みが乗る。見上げると、黄色の悪戯っぽい目と合った。

僕の肩に腕を乗せ、深い緋色の甲冑に身を包んだこの人は、3魔国の内の一つアグヌ国の魔王、ジェド・アーガトスだ。


「まあ、肩の力を抜け。剣に選ばれた真の魔王はお前だけだが、魔王は俺ら二人もいるんだからよ」

ジェドは豪快な笑い声を上げて、僕の肩を離した。

「はい。頼りにしています」

初陣の僕の緊張を和らげてくれようとするジェド王に感謝して首を縦に振る。

「おうよ。任せとけ」


「ふん。若造どもが言いおるわい」

武骨な傷だらけの銀の甲冑、ベージュの髪を撫で付け立派な髭を蓄えた初老の男、ワガル国の魔王ドイラガ・サジュバだ。


「すまぬ、カイよ。我らが竜族の背に乗れば、聖都までひとっ飛びだというのに」


最後の声は遥か頭上から降ってくる。20メートルを超す巨体、硬い鱗、鋭く僕の腕ほどもある鉤爪、竜王バルドールは、その威容から想像出来ないほど優しいと僕は知っている。


齢300歳に届こうかというバルドールは、300年前の聖戦で一度滅びた魔族と竜族の中で最古参だ。竜は滅びたが幾つか卵は残り、人間だけとなった世界で最初に生まれたのがバルドールだそうだ。


僕の父とは親交があり、幼い頃背に乗せて貰ったこともある。活発な弟のサイなどは、はしゃいで鱗を引っ張ったり、鼻面を叩いたりしたが、怒ることなく目を細めて笑っていた。


バルドールは口惜しそうに眼前を睥睨する。地面を埋め尽くすほどのおびただしい数の人間たちに混じって、巨大な魔導兵器が設置されている。

魔族を背に乗せて、もしくは竜が単独で空からの攻撃や聖国への突破は既に試みられたが、いずれも魔導兵器に撃ち落とされた。

故に地上での乱戦に持ち込むしかない。


人魔戦争の開戦から約二ヶ月、現在は双方膠着状態に入っている。


「確かに空は封じられておりますが、完全では御座いません。あの魔導兵器の性能は掌握済み。恐れるに足りませぬ」

僕の後ろから伯父さんの声がかかった。


「カイ様の魔法で先制をかけ、『かがり火』に魔導兵器を破壊させる。カイ様と『かがり火』が開いた中央を突破口とし、魔族と竜族の精鋭が最小限の数で聖女を確保する」


伯父さんに応えるのは、唸り声だ。身体の半分以上を黒く染め、理性と殺生衝動の狭間で激しく攻めぎ合う己を律している者たち。


「闇化病にかかっていない魔族は魔国を死守せよ。同じくかかっていない竜族は雌竜と卵を守れい」


ドイラガ王が髭を震わせて声を張る 。甲冑と戦装束から覗く彼の肌は黒く染まっていた。


ドイラガ王の後に、低く唸るような声が空気を震わせる。


「我らは『かがり火』命尽きるまで魂を燃やし、敵を焼き付くそう。闇を照らし残された未来ある者たちを導く、炎となろうぞ」


声の主は、蒼かった鱗を黒く染めたバルドールだ。かつての美しい蒼を留めるのは、頸よりも上のみとなっていた。

同じように身体を黒に染めた者たちが、決戦の時を待っている。



闇化病が末期まで進行し、殺し尽くしたい衝動を眼下の人間たちへ向けて燃やす『かがり火』たち。

余命が少なく、殺生衝動が抑えきれない彼らは、開戦から約二ヶ月もの間、率先して最前線で戦った。その戦いぶりは凄まじく、圧倒的に数の有利を誇る人間たちに一歩も譲らなかった。


魔国の国境を包囲する人間たちの前には、高い城壁の上からでも分かるほど、どす黒く染まった大地が、結界のようにラインを引いている。


闇化病の感染は、黒くなった患部に触れるかその患者の血に触れること。

魔族と竜族だけが、かかる病ではあるが、稀に人間も発症する。おそらくは大なり小なり魔族の血が混じっている人間がいる為だ。人間たちは病への感染と、闇化病患者のたがが外れた戦いぶりを恐れて踏み込めないでいる。


そして、もう一つ。バドス伯父さんの見立てでは、人間たちに勝つ気はない。正確に言えば人間の王たち、だ。

彼等は人魔戦争を建前に民から税金を搾り取り、巧みに民の不満を魔族への憎しみへ変換させている。彼等にとって人魔戦争はパフォーマンスであり、本当に勝って終わってしまえば困るのだ。


そうでなければ約15倍の兵士の数に、とっくに蹂躙されている。


先日の作戦会議で、伯父さんは吐き捨てた。

「人間の愚かなことよ。勝つ気のない戦に魂が乗るものか。あまつさえ、勇者の育成すら怠ったのだから正に笑止千万」


勇者が魔王を倒してしまって、均衡が崩れて困る。そんな理由で建前だけで華々しく送り出し、後は放置している。

光神セイルーンを崇めているくせに、聖戦を正確に把握しておらず、信じていないのだ。


伯父さんは人間の国へ、何人もの諜報員を放ち、常にそれらの情報を集めている。情報こそ力だと、事ある毎に僕は伯父さんに言い聞かされていた。

シリアス全開の魔国篇です。

悲しくも格好良い魔族と竜族を書けたらな、と思います。


闇化病にかかる前のバルドール

挿絵(By みてみん)

2020年4月 遥彼方

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