しっぺ返し
「クロリス様っ?」
ゲルパさんと歩いてきたメイちゃんは、簀巻きにされてぶら下がっている私とフィンさんを見付けて、丸い目を更に丸くした。
「ぬぐぐうぅぅっ!」
私は唸ってレナティリスさんたちに解けと訴える。拘束が緩んで地に足が着くと、私は迷いなく腰の剣を抜いた。
「覚悟はいいわね。レナティリスさん、ユーグさん!」
剣の突っ先を二人に向ける。
「わあああっ!クロリス様!ストップ!!何がどうなって、そうなったんですか?!」
タックルのように抱き付いてきたメイちゃんが、必死に止めてというので、渋々剣を腰に戻した。
「それよりもほらっ!クロリス様!私左腕が折れてたんですけど、回復魔法で全快出来たんですよ」
誉めて誉めてという可愛い笑みで、メイちゃんが左腕を見せた。うんうん、努力の結果だよね。
「凄い!やったね、メイちゃん。よし!待ってて、可愛いメイちゃんの細腕を折った元凶に鉄槌を食らわすから…… !」
私はメイちゃんに優しい笑顔を向けてから、拳を握った。
「違います!そういう意味じゃありません、クロリス様!もう一方はどなたか知りませんが、レナティリス様はご高齢なんですから、殴ったら死んじゃいますって!シグルズ様っ、見てないで止めて下さい!」
「そうは言われてもな。俺も殴ってもいいと思う」
「フィン様!」
「何がなんだか分からないけど、被害者の一人としては止める所以はないね」
「ああああ!ゲルパ様っ、止めて」
「えっ?ぼ、僕?!でも今回は、お祖母様とお祖父様が悪いと思う」
無駄よ、メイちゃん。皆意見は一致してるから。
大丈夫、メイちゃんも回復魔法をマスターしたことだし、すぐ治せるよう骨を折るくらいにしておくわ。
「味方がいない?!ってあれ?よく考えたらクロリス様、私の為に怒ってるんですよね」
ちっ!バレた。
「本当に済まなんだ」
『悪かった。この通りだ』
レナティリスさんとユーグさんが深く頭を下げる。こうなってしまうと、怒りが持続しない。
私はぎゅっとメイちゃんを抱き締めた。
「良かった、無事で。心配したんだから」
「クロリス様 …… 怖かったです」
メイちゃんは私の腕の中で少し瞳を潤ませてから、またいつものしっかり者の顔になった。
「でも私、いつも無茶をするクロリス様の事心配してるんですからね。少しは分かりました?」
うわあ、自分に返ってきちゃった。
「はい。反省します」
「仕方ありません。許して上げましょう」
えっへんと胸を反らしてから、メイちゃんはレナティリスさんとユーグさんへ言った。
「お二方、私からの罰です。私たちにお酒をご馳走して下さいませんか?」
「お嬢ちゃん、そんなことでいいのかい?」
拍子抜けした様子の二人にメイちゃんはにっこり微笑んだ。
「はい。その代わり、一番いいお酒と酔っぱらいの相手をお願いします。あ、私にはとっておきのお茶で。クロリス様、シグルズ様も心配をお掛けした代わりに、今日はお酒飲んでも良いですよ」
「えっ?いいの?」
前に飲んだとき、楽しかったのは覚えてるのよね。その後メイちゃんに怒られたんだけど。
「はい。存分に飲んでください」
眩しいくらいの笑顔で、メイちゃんが頷いた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※
朝起きると、何やらガックリと項垂れたレナティリスさんと、遠い目をしたユーグさんと、二日酔いに沈むシグルズがいた。
メイちゃんは得意気に仁王立ちで、後ろにおろおろとゲルパさん。フィンさんは一人優雅にお茶を飲んでいた。
「ふっふっふっ。クロリス様とシグルズ様の酒癖の悪さを思い知ったでしょう。これで貸し借り無しです!」
「確かにあれは罰ゲームだね。殴られるより堪えたんじゃないかな?」
フィンさんは冷めた様子で、湯気の立つカップを口に運ぶ。
ええええ?何やったの?私。
例によって覚えていない事に頭を抱えた。
遠い目から戻ってきたユーグさん(何故か髪がチリチリにイメチェンされている)は、トンカンと壊れたドアを直している。この家はユーグさんのお手製なんだそうだ。
ちなみにドアは外れて、家の屋根が一部無くなって、見晴らしのいいことになっている。屋根の無い部分から、ユーグさんの本体?世界樹の幹が見え、やーいハゲ!と刻み込まれていた。しかも、葉っぱが少し焦げて縮れている。
レナティリスさんは、「うう、儂の秘蔵の酒が …… 。貴重な本が …… 」と何やらぶつぶつ言いながら分厚い本を棚に戻していた。本の表紙や背表紙に、でかでかと『バカ』と落書きされている。レナティリスさんの頬は赤い丸がぐりぐりと描かれ、目を閉じるとまぶたに描かれた目が見えた。
…… いいや。見なかった事にしよう。
一通りの状況を見た私は、もう一度布団を被って二度寝した。
もう一度目を覚ますと、部屋は片付けられシグルズは回復魔法で復活していた。
メイちゃんはレナティリスさんからユーグさんとゲルパさんの事を聞いたらしい。
「クロリス様は知ってらっしゃったんですね」
「ごめんなさい」
半分精霊のゲルパさんと契約の為に接するんじゃなくて、人間としてのゲルパさんと向き合わなければ、信頼は生まれない。そう思ったのだ。
「いいんです。私とゲルパ様の為だったのは分かってますから」
そう笑ってくれるメイちゃんは、本当にいい子だと思う。
「レナティリスさん、モンスターが現れる事も、メイちゃんが遭遇することも分かっていましたね?」
私は視線に非難を込めて訊く。
ゲルパさんが血相を変えて森へ飛び込む前に、彼女は笑っていた。悪巧みが成功した顔で。
「ああ。災害あるところにモンスターは現れる。災害とは、マナの枯渇じゃ。お嬢ちゃんの居場所はユーグが把握しておったから、ちょいと大規模な魔法を使ってその辺りのマナを枯渇させた」
レナティリスさんは懐から手のひらに乗るくらいの石を取り出す。何の変鉄もない、灰色の石ころだ。
「この石にマナを詰め込んだ。1度だけなら魔力を回復出来る。持っていくとええ」
私は溜め息を吐いて石を受け取った。造られた経緯を考えると素直に感謝出来ないけど、貰えるのは有難い。
「ゲルパを頼んだよ。お嬢ちゃん」
「はい。任せて下さい」
「お祖母様、お祖父様 …… ぼ、僕」
言葉に詰まって、下を向いてしまったゲルパさんの背中を、メイちゃんが軽く叩く。
「僕、少しでも自分に自信を持ってみます」
『ああ。見ているよ』
ユーグさんが優しく微笑んだ。
タニカラ町への街道を急ぐ。ここからタニカラ町で補給して、北へ。レナド王国を抜けて聖国へ。
右手に頭を覗かせるカラナ山脈を仰ぎ見る。青い空の下、雪化粧をした山々は美しい。
急がなくちゃならない。一刻も早く災害を止める為に。
次回からは4章に入り、カイの魔国サイドが始まります。
カイは真面目だし、バドスはああなので、超シリアスな予定。




