コンプレックス
メイちゃんに太鼓判押した…… んだけど。
予想よりもゲルパさんの人見知りは、酷い。
「ゲルパ様、ここの記述のことなんですが」
「はひぃっ、ここ、こ、これのことっ?」
「はい、そうです。それでゲルパ様、効率のいい回復魔法の魔力の練りかたなのですが」
「まっ、魔力の練りかたっ?そ、そ、それは、ええっと…… 」
メイちゃんが質問する度にゲルパさんは飛び上がり、赤くなったり青くなったりしながら、しどろもどろで答える。メイちゃんは怒りもせず、分かりにくそうなゲルパさんの説明を根気よく聞いていた。
本日は快晴。前日の雪も太陽が高度を増すにつれて溶け始め、面積を小さくしている。
「すげーな、メイ。俺ならとっくにキレてるぞ」
シグルズが私の木剣を弾きながら、外の木製のテーブルと椅子で勉強する二人へ、視線を送る。メイちゃんは真剣に勉強していて、ゲルパさんの挙動は終始落ち着かない。立ったり座ったり、焦って手足をばたつかせたりしている。
シグルズと戦闘訓練中だから、話声を所々拾う程度だけど、とにかくどもるし、声も裏返る。で、時々メイちゃんに叱られるというか、諭されてる。
ちなみに、夜明け前のレナティリスさんたちとの話は、誰にも言っていない。
「いや、あの感じだとメイちゃんキレてるねっ!」
弾かれた勢いを利用し、体を回転させての横合いからの薙ぎ払いは、簡単にシグルズが立てた木剣に阻まれた。
ゲルパさんと話すメイちゃんの顔に笑顔こそあるものの、若干苛ついてるのが、彼女とある程度親しい人間には分かる。
「いいのか、それで?」
「今回の目的はメイちゃん自身の強化よ。私がしゃしゃり出らんないの!」
シグルズは「ふうん。ま、いいけどな」と私に言ってから逆手に持っていた木剣を、くるりと回しながら跳ね上げる。
私の木剣は手からすっぽ抜けて、宙へ弧を描いた。
うげっ!体ががら空きっ!
案の定、がら空きの胴体を狙われる。無理矢理に捻ってなんとか回避。しかし、後が続かずに結局胸を突かれた。手加減した突きだけど、肺の空気を絞り出された。苦しいっ。
何より空気を全部吐き出してしまうと、吸わないと次の動作に移れなくなる。
「ゲホッケホッ」
咳き込みながら転がって落ちた木剣を拾う。シグルズは追撃せずに、余裕の笑みで立っていた。腹立つっ!
メイちゃんのことは頭から消えて、私はなんとかシグルズに当ててやろうと躍起になる。右左肩口への突き、振り下ろし、斬り上げ、袈裟懸け。
全てカンカンと軽く防御され、いなされて体が泳いだり、軸がぶれた所を軽く打たれる。
「ぜえっ、はあっ」
ひとっつも当たんない!!
「力み過ぎだ。攻撃の軸がぶれてるぞ」
「分かって、ぜえっ、るわよっ。ちょっと、休憩」
涼しい顔のシグルズを睨み、肩で息をしながらその場にしゃがみ込んだ。地べたにそのまま座りたいけど、溶けた雪でぬかるんでいて、濡れてしまう。既に身体中もう泥だらけだけど。くっそー!
木剣を支えにして休みつつ、メイちゃんたちの様子を見る。って、あれ?
「メイちゃんとゲルパさんがいない…… 」
「ああ、少し前に何か言い合ってからゲルパが逃げ出して、メイが追いかけて行ったぞ」
に、逃げ出したって。子供か?!
「そうなの?言ってよ」
「言ってどうなる。メイの問題なんだろ?」
「…… そりゃ、そうだけど」
私は口ごもり、少し逡巡する。
キイインと甲高い音がして、湖の方向に巨大な氷の柱が立った。フィンさんの魔法だ。フィンさんは改めてレナティリスさんに魔法を教わっている。
うわー、今まで見た中で、一番でかい氷柱だ。パワーアップしたなあ。
陽光を透かして煌めき、聳え立つ氷柱を眺めてから、よし!と立ち上がる。
「シグルズ、訓練の続きよ」
大丈夫、メイちゃんのことは信じてる。だから、私は私の出来る事をしよう。
私は余裕綽々で木剣を構えるシグルズの小憎たらしい態度を、どうにか崩してやろうと打ちかかった。
そうして、相も変わらずシグルズに軽くあしらわれて数時間、ふとシグルズの目線が私の横へ向いた。疑問に思ってそっちを向くと、ゲルパさんが一人で歩いてくる。一人?
「ゲルパさん、メイちゃんは?!」
遠いので声を張って声をかけたら、ゲルパさんは飛び上がった。
「わああっ!」
そのまま走って逃げようとする。もう、面倒臭いな!この人。
シグルズと軽く目を見合わせて、二人で動く。あっさり回り込んで退路を絶った。
「ひいいっ、ご免なさい!」
私とシグルズに挟まれたゲルパさんは、真っ青になった。いや、別に何もしないし、虐めないからね。
「えーと、ゲルパさん。ただメイちゃんがどうしたか聞きたいだけだから、ね?」
なんだろう。毛を逆立てて怖がる猫を宥める気分。なるべく笑顔で優しく声をかけるものの、ゲルパさんはまるで警戒心剥き出しの小動物だ。
一応逃げないように背後をとったシグルズは、既にゲルパさんにうんざりした顔だ。
「大方、森で撒いてきたんじゃろ」
「うっ、お、お祖母様」
助け船はフィンさんと一緒に現れたレナティリスさんだ。ゲルパさんは半泣きで、私の横へ並んだレナティリスさんにすがろうとしたが、すげなく突きだした掌に押し返される。
「全く、お前というやつは。あのお嬢ちゃんは別にお前の事を怒りもしなかったろう?」
「お、お祖母様、ででで、でも、僕なんかに教えて貰うよりお祖母様からの方が、ずっと勉強になります。それに、き、きっとこんな僕のこと、あ、呆れて嫌ってます」
ううーん、あれでメイちゃん、はっきり物言うからなあ。シグルズが言うには何か言い合ってたっていうし。
「ええー、と、ゲルパさん?もしかして、メイちゃんに何か言われたの?」
心配になって私が横から声をかけると、ゲルパさんは悲鳴を上げてレナティリスさんの背後に隠れた。
何かちょっと傷付くなあ。
ゲルパさんはレナティリスさんの背後から顔を出して言った。
「そ、その、折角知識もあって、解りやすい説明をし、してるんだから、胸を張ってど、堂々としろって」
「ふむふむ。…… って、え?それだけ?」
「だだだ、だって、胸を張れなんて言われても、ど、どうしたらいいか分からなくて、思わず逃げてしまって」
ああ、この人自分に自信が無さすぎる。
私は片手で頭を押さえた。手の隙間から、ちらっとレナティリスさんを見る。彼女はにいっと笑っていた。よく見せる人を面白がっている目で。
突然、レナティリスさんの後ろに隠れていたゲルパさんが、びくっと体を震わせた。みるみる顔が強張り、白い肌がさらに白くなった。
「そ、そんな …… 僕のせいだっ ……」
ふらりと立ち上がり、意味深な台詞を残して森へ飛び込んだ。
「えっ?ちょっと?!」
ゲルパさんのただならぬ様子に慌てて後を追いかける。何?何があったの?




