訓練はつらいよ
朝御飯は思った通り豪華でした。
これならお昼御飯も晩御飯も期待大!昨日は放心状態で晩御飯食べられなかったからなあ。勿体ないことした。
上機嫌で訓練場に向かう。といっても正規の騎士たちが使う訓練場ではなくて、私専用の訓練場らしい。
うーん、なんかすごいけど、部屋は一杯余ってるらしいから、その一室をちょちょっと改装したんだって。
「失礼します」
こんこんとノックして、扉を開ける。既に教官らしき人が待っていた。
「初心者ですが、よろしくお願いしま…… って」
これからお世話になる人に、丁寧に挨拶しようとして私は動きを止めた。
「あんたさっきの!」
そう、先程中庭で会った態度の悪い男だった。
「俺はシグルズ・ライド。今日からお前の鍛練を担当する」
男は木剣2つを片手に無愛想に名乗った。
「クロリス・カラナよ。よろしくお願いします」
どんな人だろうとこれから教わるのだ。きっちり頭を下げて挨拶する。
シグルズはじろりと一瞥だけして木剣を一つ、無言で私に差し出した。私も口をへの字に曲げて受けとる。
そりゃ、この男な時点で友好的な態度は期待してなかったけどさ。もうちょっとなんか、ましな態度取れないの?
「構えてみろ」
言われた通りに構えてみる。といっても木剣なんて生まれて初めて持った。なんとなくそれっぽく構えてるけど、合っているのやら。
「足は肩幅。肩に力は入れるな。切っ先は相手へ真っ直ぐ」
シグルズが木剣でちょいちょいと突いて私の姿勢を直す。
「よし、そのまま振れ」
そのままってどうやんの?
ちょっと迷いながら振り上げて、下ろす。
「駄目だ。ぶれた」
もう一度、振る。
「駄目だ」
もう一度。
何度も何度も繰り返す。ただひたすらに、振り上げて、下ろす。シグルズは一言、駄目か、時々良しとだけ言う。
それを延々繰り返した。
汗が流れて目に染みる。髪もシャツも体に貼り付いて気持ち悪い。腕は自分のものでは無いんじゃないかっていうくらい重い。
私は文句一つ言わずに、ただひたすら木剣を振り続けた。
時折短い休憩が入り、メイちゃんが飲み物を飲ませ、タオルで体を拭いてくれる。最初の頃こそ自分でやっていたが、もう腕が震えてコップも持てない。
「休憩は終わりだ」
シグルズの無感動な声を合図に立ち上がる。
ちょっとよろけた。
歯を食い縛って、震える木剣を振り上げる。振り下ろす。
午前中はただひたすら、これで終わった。
「今日はここまで」
相変わらずの感情の籠らない低い声を合図に、私は床に倒れ込んだ。
「クロリス様!」
慌てて駆け寄ったメイちゃんが冷たいタオルを私の体に当ててくれる。気持ちいい。
もうやだ。暫くは起き上がれない。
もうちょっと寝っ転がってよう。
「午後からは、魔法の訓練だ。一時間後に魔法使いの講師が来る」
シグルズはそれだけ告げて、さっさと部屋を退出した。
そっかあ。午後から魔法の訓練ってことは今お昼休憩かあ。
あー、豪華なお昼御飯食べたかったなあ。
今は喉を通る気がしないなあ。
そんな暢気なことを考えていると。
「こんなの、酷いです。クロリス様は昨日までただの女の子だったのに」
メイちゃんが、私の手をタオルで拭おうとして、涙を溢した。
私の手は皮が向けて、血が滲んでいた。そうっと壊れ物を扱うみたいに血を拭ってくれる。
「あはは、情けないなあ。たかが半日、木剣振ってただけなのにね」
起きる力が出ないから、私はされるがままだ。
「シグルズ様は意地悪です。クロリス様が女だからって、凄い英雄でも何でもないからって、こんな酷い仕打ちを」
「それは違うんじゃないかなあ」
私は静かにメイちゃんの言葉を遮った。
「シグルズの、あの態度は確かに腹立つよ。中庭では小娘呼ばわりだし、人がよろしくって挨拶してんのに、自分は一言もないし」
うんうん、あれはいけない。
「でも、訓練が厳しいのは意地悪じゃないよ」
シグルズの事は何にも分かんないけど、これはわかる。あの人は何時間も、ど素人の私に真剣に付き合ってくれた。
きっと苛々してたと思う。竜殺しの彼が、木剣一つ満足に振れない勇者のお守りだもの。
「私が女だから、英雄でも何でもない素人だから、余計厳しくしなきゃいけないんだよ」
私はうつ伏せの姿勢から、ごろりと仰向けになる。うん、転がるくらいには回復した。
「半日木剣を振ったってさあ、ぶっ倒れてもさあ、死なないもの。でも戦場に出たら死ぬんだよ。このままじゃ。シグルズはその事をよく知ってるんだよ」
笑ってメイちゃんの涙を震える手でなんとか拭ってあげようとして、自分の手があんまり綺麗じゃないことに気付いた。
「だからシグルズは意地悪じゃないよ。心配してくれてありがとね、メイちゃん」
苦笑いして手を引っ込めようとした私の手を、メイちゃんが取る。
ぶわああっとメイちゃんの涙が前よりも溢れた。
「く、クロリス様っ。本当は私、貴女が勇者でがっかりしてたんですっ」
おおう。そうだよねぇ。
メイちゃんはしゃくりあげながら、続ける。
「女ですし、ただの花屋だっていうし、私とそんなに歳もかわらないし、何で竜殺しのシグルズ様や、歩く要塞のハンクス様や賢人ラミレス様や、強そうな騎士様とかが選ばれなかったんだろうって。正直、今でもちょっと思ってます」
「あははは」
うん、そう思うよね。私も思ってるもの。
でも、何だろう。メイちゃんから言われるとちょっとショック。渇いた笑いが出ちゃうよ。
「でも、私、さっきのクロリス様を凄いって思いました。シグルズ様の訓練の意図をちゃんと見抜いて、こんな私のことも心配してくれるクロリス様は、凄いです。格好いいです」
メイちゃんが、私の手を宝物みたいに包み込む。
「私は貴女を信じています。応援します。勇者クロリス様」
凄い。こんな可愛い女の子に、手を握って貰って、格好いい、凄い、信じてる、応援するなんて言ってもらっちゃった。
なんだか胸がじいんとなって、ちょっと目を瞑る。
「それは、頑張んなきゃいけないね。勇者としては」
ちょっとだけ余韻に浸ってから、目を開ける。
「よし!お姉ちゃん頑張っちゃう!お昼からもやるぞ!」
私は決意も新たにメイちゃんの手を握り返した。