元賢者の住み処
フィンさんが防御魔法を解除すると、お婆さんが呪文を唱える。
「回帰せよ」
森の冷えた空気が、一気に温かさに包まれる。気持ちよさに目を瞑った。
もう一度目を開くと、私の傷は完全に癒えて疲労すら消えていた。しかも、私が落ちた穴まで無くなってる。
「もしかして、今までの罠も?」
「復活しておるよ。それどころか半径二キロ圏内の生き物の傷も、森に起こった何かしらの変化もなかったように戻っておる」
またもやふおっふおっと笑い、知人が訪ねてきた時のような気安さで老婆は手を広げる。
「ようこそ、勇者一行。儂は元賢者レナティリス。この世の全てが知りたい知識欲の塊じゃ」
そう言って私たちを歓迎したのだった。
元賢者のレナティリスさんに付いて森を進むと、10分ほどで湖に出た。湖の畔には大木がそびえ、その根元に寄り添うように古びた家が建っている。柔らかくなっていた陽射しはすっかり赤くなり、橙色の湖面がキラキラと光を反射していた。
見上げるような大木は、幹の太さが大人十人で手を繋いでも抱えきれないくらい。地を這うように伸びた根は、所々ごつごつと地面から露出している。落葉樹ではないようで、緑の葉に雪の白を乗っけていた。
そびえ立つその大きさに、重ねる樹齢に神秘を感じ畏敬の念を抱かせる。
木に見惚れる私たちに、声がかけられた。
「馬はここに繋ぐとええ。普段は物置小屋じゃからの、あんまり住み心地は良くないかもしれんが勘弁しておくれ」
レナティリスさんは、馬の首筋を優しく叩いてから、「あんたらはこっちじゃ」と母屋へ案内してくれた。
「お邪魔します」
元賢者の家の中は、メイちゃんと二人で想像した通りだった。天井にはところ狭しと、薬草らしき様々な植物が吊り下げられている。壁は本棚で埋め尽くされ、書物と瓶でびっしり詰まっていた。
部屋の真ん中には古びた大きな円卓があり、何故か人数分の焼き菓子とカップが用意されていた。暖炉ではヤカンが湯気を立てていて、明らかに私たちが何人でいつ来るか分かっていたみたい。
「ほれ、座るとええ。ゲルパ、茶を淹れておくれ」
ゲルパと呼ばれた青年は、最初に姿を隠していた気の弱そうな男だ。痩身で背が高く、明るめの茶色の髪を一つに縛り、緑の瞳を常に忙しなく揺らしている。彼は慣れた手付きで暖炉のヤカンを取り、ポットにお湯を注いだ。ふわりとお茶の良い香りが漂う。
お茶を淹れてくれたゲルパさんにお礼を言うと、真っ赤になり、そそくさとお茶淹れ終えて座ってしまった。全員にお茶が行き渡ると、元賢者レナティリスがにかりと笑い、メイちゃんを指差した。
「さて、時にそこのお嬢ちゃん。なんであれが回復魔法だと解ったのかの?攻撃魔法との違いは一ヶ所だけ。相当観察せんと解らんかった筈じゃ」
「私には回復魔法にしか見えませんでした。攻撃魔法であんな大規模なものなんて、見たこともありませんし」
きょとんとして、メイちゃんが答えた。フィンさんが苦いものを飲んだような、複雑そうな顔をする。レナティリスさんは、そんなメイちゃんを眺めてから、お腹を抱えて笑いだした。
「成る程! 判断材料が少ないからこそ、導き出された答えじゃったか!」
笑われたメイちゃんは、居心地悪そうにもじもじしていたが、すぐに顔を紅潮させて言った。
「素晴らしい回復魔法でした。本の中で理論だけ知っていましたが、この目で見られるなんて光栄です」
「フーリエから本を貰い受けたか。結構結構」
レナティリスさんは一人で頷き、落ち着かな気に、隣に座っていた青年を肘で突ついた。ゲルパさんは突然脇腹を突つかれ、飲んでいたお茶を吹き出しかけてむせる。
「安心せい。お嬢ちゃんの問題は、このゲルパが解決するじゃろ」
「ゲホッ、おかっ、おっ、おおお、お祖母様!」
ゲルパさんは、涙目でレナティリスさんを睨み抗議した。残念ながらあまり迫力はないけど。
「ぼ、僕には無理です! こ、こここ、こんな若いお嬢さんに、お、教えるなんて!」
顔を真っ赤にして、椅子から転げ落ちそうなほど仰け反った。必死に手でメイちゃんから顔を隠している。
だ、大丈夫かな。この人。
「人と交わるのはお前にとっても良い機会じゃ。観念せい! お嬢ちゃん、こやつはこんなじゃが、知識は儂と変わらん」
終いには椅子の後ろに踞ってしまったゲルパさんの背中をバンと叩き、座り直したレナティリスさんはお茶を啜った。
「ま、お嬢ちゃんや。紹介が遅れたがこやつはゲルパ。こんな奴じゃが宜しくのう」
「は、はい! メイと言います。ゲルパ様、宜しくお願いします」
「よ、よよよ、宜しくお願いします」
席を立って丁寧にお辞儀したメイちゃんに、ゲルパさんは椅子の後ろから赤い顔を覗かせ、消え入るように言った。
次は元旦に投稿。
次話は世界の謎解きの回。
説明臭くならないようにしたいけど!!




