表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/64

この手で掴めるものは

松明と一緒にゆらゆらと揺れる、足元の影を見つめて歩きながら、呟いた。

「シグルズはさ」


思い出したように、腕やら脇腹やら左足やらがじくじく痛みを訴え始めた。少しびっこを引きながら歩く。


「今回みたいに人を守れなくて、悔しい思いをしたことある?」


自分が酷く惨めでちっぽけに感じる。肩を落として足を引きずり、俯いて歩く私は到底勇者なんかには見えないだろう。

英雄なんて呼ばれて、私よりもずっと経験豊富なこの人は、こんな風に力足らずを嘆いたことがあるんだろうか。人を守りたいという願いを持つこの人は、そんな時どうしたんだろう。


「そんなもん、あるに決まってるだろうが」

シグルズはなんでもないことのように、さらっと言った。思わず立ち止まって彼を見上げる。


「こんな大規模なモンスターの襲撃は今まで無かったからな。俺が経験したのは、専ら人間同士の小競り合いや殺し合いだ。守るべき人を死なせた事は一度や二度じゃねえよ」

シグルズも足を止めて、呆れたように私を見た。


「お前さ、勘違いすんなよ」

「え?」

「俺もお前も、一人でやれることなんて高がしれてるんだぜ。確かに今日、沢山の人が死んだ。だがなあ、俺たちは出来る限りの事はやっただろ」

「っ、でも!」


「もっと早くに着いていれば?災害が起こってモンスターが襲撃する時期なんて分かるわけねえだろ。もっと強ければ、もっと早くモンスターを一掃できた?んなわけねえよ。


考えてみろ。一振りでモンスター全滅出来る力を持っているとして、その一振りでモンスターだけじゃなく人も家もぶっ飛ぶっての」


私はぽかんとした。乱暴な意見だけど、言われてみればその通りかも知れない。


「人を傷付けずにモンスターだけを一瞬で殲滅?神様かっての。大体、今回は偶々『災害』に出くわしたけどな、毎回お前がその場にいられるわけじゃねえだろ。遠い国の何処かの町で、今日と同じことが起こってるかもしれない。モンスターに限ったことじゃねえ。盗賊に殺されることも、戦争で死ぬことも、病気で死ぬこともある」

鼻先に指を突きつけられた。


「それぞれの理由で人は死ぬ。英雄だろうが、勇者だろうが、守れる命はほんの少しなんだよ。俺たちが出来ることは、目の前の人を自分の出来る最大で守ることだ。例え一人でも、二人でもな 」

出来る事なんて高がしれてると、シグルズは言う。それを精一杯やるしかないんだと。


「ったく、何へこんでんだ。お前、悪いとこばっか見すぎなんだよ」

シグルズは笑って、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「見ろよ」

そう言ってシグルズは、町の避難所になっている講堂を指差した。講堂には明々と灯りがついて、家をなくして避難している人の声が中から聞こえる。


「あの灯りの下には、生きている人たちがいる。お前が守ったもんだ」

涙が出そうだった。沢山の人が死んだ。沢山の人の願いが叶えられずに消えた。それでも、守れた命もあった。これから叶えられる願いもある。


剣を持っていない自分の手を見た。大きくも小さくもない手だ。剣を握るようになってから硬くなった手のひらは、今は包帯でぐるぐる巻きになっている。

シグルズの言う通り、この手で出来ることなんて限られてる。


「そうよね。私は私の出来ることをする、それしかないじゃない」

結論は当たり前でシンプルだった。思わず笑ってしまった。馬鹿みたいに気負っていた自分が可笑しい。


「ありがとう。シグルズ」

「ああ」

緊張が解けると、急に寒さを感じて震えた。そういえば、この寒空に薄手のシャツだけで何も羽織ってない。


って、なんかゾクゾクする。頭もぐわんぐわんするし。ああ!そういえば腕とか足とか脇腹とか超痛い!なんで今まで平気で歩いてたの?私!

「えーと、やっぱり格好つけるの止めたから、連れて帰ってくんない?」

今になって冷や汗をかきながら、シグルズに懇願した。

「ん?ああ、そうしろ…… って、お前顔色が…… すげえ熱があるじゃねえか!なんで平気なふりしてたんだ、馬鹿!」


いや平気なふりじゃなくて、さっきまで平気だったんです。なんか急にきたのよ。

ぼうっとする頭で言い訳しながら、私はシグルズに抱き抱えられて、戻った。


後でこっぴどくメイちゃんに怒られたのは、言うまでもない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ