この手で掴めるものは
松明と一緒にゆらゆらと揺れる、足元の影を見つめて歩きながら、呟いた。
「シグルズはさ」
思い出したように、腕やら脇腹やら左足やらがじくじく痛みを訴え始めた。少しびっこを引きながら歩く。
「今回みたいに人を守れなくて、悔しい思いをしたことある?」
自分が酷く惨めでちっぽけに感じる。肩を落として足を引きずり、俯いて歩く私は到底勇者なんかには見えないだろう。
英雄なんて呼ばれて、私よりもずっと経験豊富なこの人は、こんな風に力足らずを嘆いたことがあるんだろうか。人を守りたいという願いを持つこの人は、そんな時どうしたんだろう。
「そんなもん、あるに決まってるだろうが」
シグルズはなんでもないことのように、さらっと言った。思わず立ち止まって彼を見上げる。
「こんな大規模なモンスターの襲撃は今まで無かったからな。俺が経験したのは、専ら人間同士の小競り合いや殺し合いだ。守るべき人を死なせた事は一度や二度じゃねえよ」
シグルズも足を止めて、呆れたように私を見た。
「お前さ、勘違いすんなよ」
「え?」
「俺もお前も、一人でやれることなんて高がしれてるんだぜ。確かに今日、沢山の人が死んだ。だがなあ、俺たちは出来る限りの事はやっただろ」
「っ、でも!」
「もっと早くに着いていれば?災害が起こってモンスターが襲撃する時期なんて分かるわけねえだろ。もっと強ければ、もっと早くモンスターを一掃できた?んなわけねえよ。
考えてみろ。一振りでモンスター全滅出来る力を持っているとして、その一振りでモンスターだけじゃなく人も家もぶっ飛ぶっての」
私はぽかんとした。乱暴な意見だけど、言われてみればその通りかも知れない。
「人を傷付けずにモンスターだけを一瞬で殲滅?神様かっての。大体、今回は偶々『災害』に出くわしたけどな、毎回お前がその場にいられるわけじゃねえだろ。遠い国の何処かの町で、今日と同じことが起こってるかもしれない。モンスターに限ったことじゃねえ。盗賊に殺されることも、戦争で死ぬことも、病気で死ぬこともある」
鼻先に指を突きつけられた。
「それぞれの理由で人は死ぬ。英雄だろうが、勇者だろうが、守れる命はほんの少しなんだよ。俺たちが出来ることは、目の前の人を自分の出来る最大で守ることだ。例え一人でも、二人でもな 」
出来る事なんて高がしれてると、シグルズは言う。それを精一杯やるしかないんだと。
「ったく、何へこんでんだ。お前、悪いとこばっか見すぎなんだよ」
シグルズは笑って、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「見ろよ」
そう言ってシグルズは、町の避難所になっている講堂を指差した。講堂には明々と灯りがついて、家をなくして避難している人の声が中から聞こえる。
「あの灯りの下には、生きている人たちがいる。お前が守ったもんだ」
涙が出そうだった。沢山の人が死んだ。沢山の人の願いが叶えられずに消えた。それでも、守れた命もあった。これから叶えられる願いもある。
剣を持っていない自分の手を見た。大きくも小さくもない手だ。剣を握るようになってから硬くなった手のひらは、今は包帯でぐるぐる巻きになっている。
シグルズの言う通り、この手で出来ることなんて限られてる。
「そうよね。私は私の出来ることをする、それしかないじゃない」
結論は当たり前でシンプルだった。思わず笑ってしまった。馬鹿みたいに気負っていた自分が可笑しい。
「ありがとう。シグルズ」
「ああ」
緊張が解けると、急に寒さを感じて震えた。そういえば、この寒空に薄手のシャツだけで何も羽織ってない。
って、なんかゾクゾクする。頭もぐわんぐわんするし。ああ!そういえば腕とか足とか脇腹とか超痛い!なんで今まで平気で歩いてたの?私!
「えーと、やっぱり格好つけるの止めたから、連れて帰ってくんない?」
今になって冷や汗をかきながら、シグルズに懇願した。
「ん?ああ、そうしろ…… って、お前顔色が…… すげえ熱があるじゃねえか!なんで平気なふりしてたんだ、馬鹿!」
いや平気なふりじゃなくて、さっきまで平気だったんです。なんか急にきたのよ。
ぼうっとする頭で言い訳しながら、私はシグルズに抱き抱えられて、戻った。
後でこっぴどくメイちゃんに怒られたのは、言うまでもない。




