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虚構の勇者

昼間よりも冷え込んできた町を、宛もなく歩く。元々初めて来た町だから、土地勘はおろかどんな町並みだったのかすら分からない。


瓦礫の撤去をしている頑強な男が、後ろを通り抜けようとした私を振り返った。目が合って、顔を綻ばせる。

「あんた、強かったなあ。あんたがモンスターを倒してくれたお陰で、町の被害がこの程度で済んだ。ありがとうよ」

この程度?

あちこちに見える布で包まれた遺体、まだ色濃く漂う鉄錆びのような匂い、黒く染まった立ち入り禁止区域、戦闘で抉れた大通り、泣き腫らした顔の人たち。


これが『この程度』で済んだ証なのか。


「なあ、姉ちゃん。あんたもしかして、勇者様なんじゃねえのか?噂じゃ勇者様が王都から聖国へ出立したそうだ。この町は聖国へのルート上にあるし、ここを通ってもおかしくねえ」


心臓を掴まれたような心地がした。

「私は…… 」


「勇者様」

ぎくりと肩を跳ね上げて、のろのろと声の方を見た。小柄なお婆さんが、手を合わせて祈るような姿勢を私にとった。


「勇者だって?」

ざわざわと、勇者という言葉が感染していく。ある男は作業の手を止めて、おばさんは啜り泣きを止めて、お爺さんは俯いた顔を上げて、様々な人たちが集まってくる。


「モンスターから助けてくれた姉ちゃんじゃないか。勇者様だったのか」

「道理で強いはずだ」

「あんな娘さんが勇者?大丈夫なのかい?」

「馬っ鹿、モンスターを一瞬で真っ二つだったんだぜ」

「一緒にいたのは『竜殺しのシグルズ』と『氷結の魔法使いフィン』だとよ」

「勇者が魔王を倒せば、前みたいに平和になるんだろう?」

「ああ、勇者様。私たちをお救いください」

私を見る町の人たちの目に、期待と希望が灯る。同時に願いが押し寄せてくる。


『救って!』『助けて!』『モンスターから守ってくれ!魔王を倒して!』


違うと叫びたかった。私には無理だと言いたかった。背を向けて逃げ出してしまいたかった。


頭の中に目の前の人たちの願いが響く。思わず耳を塞いだけれど、なんの慰めにもならない。声は小さくなるどころか、どんどん大きくなっていった。


耳を塞いでも、目を閉じても逃げることは出来ない。逃げられないのなら、立ち向かうしかないじゃないか。


どうせ意味などないのだからと、耳を塞ぐ手を退ける。 みっともなく震える手を、後ろに回して隠し、両手で剣を握り締めた。

皆の願いに応えなきゃならない。剣よ、私に勇気を。不安に震える人たちが望む、勇気と希望を与える勇者で在れるように。


背筋を伸ばしてお腹に力を入れた。幼い頃読んでもらった絵本の中の勇者、吟遊詩人が歌う勇者、大きくなってから読んだ物語の勇者、どの勇者も勇ましくて、どんな困難にも立ち向かってやり遂げる。きっとこんな事で震えたりしない。


胸を張れ。堂々としろ。不安に震え、プレッシャーに負ける勇者なんて望まれない。


「私は勇者クロリス。先ずは今回のモンスターの襲撃で亡くなった方への哀悼を。そして、守りきれなかったことへの謝罪を」


目を瞑り、深く頭を下げた。ざわついていた人たちが、しんと鎮まりかえる。


頭を上げて、痛いほどの視線を感じながら微笑んだ。後ろに隠すようにしていた剣を、鞘から抜いて掲げる。


「ここ最近、災害が頻繁に起こっていると聞き及んでいます。不安なことと思いますが、今しばらくのご辛抱をお願いします。必ず私が魔王を倒して世界を救ってみせます」


出来る限り張った私の声は、予想よりもその場に響いた。

白銀の剣が、頼りない黄昏の陽光を弾いて輝く。僅かな光を反射して、上辺だけ輝いてみせる今の私のように。


「「おおおおおっ」」


歓声、感嘆、感銘、歓喜、様々な声が空気を揺さぶった。剣を鞘に納めて微笑む私の頬に、雪が一欠片落ち溶けて消えた。見上げた空に鈍色の雲が広がって、ひらひらと雪花が散る。雲は沈みかけた夕陽を隠し、夜の訪れを早めた。

黒く染まった建物にも、布にくるまれた遺体にも、生きて悲しむ人にも、勇者という希望に顔を輝かせる人にも、雪は降り積もっていく。


いっそこのまま全てを、雪で包んでしまえばいいのにね。

町の人たちを安心させるように微笑んだまま、私はそんなことを考えていた。



「やっと見つけた…… !」

人垣を割って近付いてきたのは、シグルズだった。町の人たちよりも頭ひとつ大きい彼は、私の側に来て肩を掴んだ。


「外に出ていったって聞いて慌てて来てみれば、何やってんだよ」

ああ、本当にこの人は…… !

シグルズの顔が、声が、私の見せ掛けの勇気が剥がそうとする。ぐっと唇を噛んで堪えた。


シグルズは私の頭や肩に付いた雪を払い、町の人に言った。

「皆、悪いがこいつは怪我をしてるんだ。連れて帰らせて貰う」


皆はそれはいけないと、それぞれ居たところへ散っていく。

私を抱き上げようと伸ばした手を、軽く払って止める。私はシグルズだけに聞こえる小声で囁いた。


「大丈夫、歩けるから。今格好つけてる所だからさ、最後までやらしてくんない?」

彼はやや驚いた顔をしてから頷いてくれた。雪が積もっていく町を並んで歩く。


黄昏の光は既に朧で、薄暗くなった町を魔石や松明の火が照らし、踊るような影を作った。通りを歩く人も、片付けに忙しく動く人も、通りから姿を消した。

周りに人が居なくなると、私が張り付けていた笑みも、堂々とした態度も剥がれていった。

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