後悔は先に立たない
更新が大変遅くなり申し訳ありません。
活動報告でちらっと書きましたが、父の調子が悪くこれから少し更新が不定期になります。
ご迷惑をおかけします。
「はあっはあっはあっ」
私は自分よりも重く体格もいいシグルズを、半ば背負うようにして走っていた。後ろをメイちゃんが、周囲を警戒しながら付いてくる。
後悔とは、どんなにしても、もう取り返しがつかないものだ。何故なら既にしてしまった事を悔やむのが、後悔なのだから。過去はどんなに悔やもうと変わらない。
だから私は後悔はしない。するのは後悔ではなく、反省と失敗の原因を探り同じ過ちをしないようにすること。
だけど、今の私は猛烈に後悔していた。
私の肩に体重をかけているシグルズの体が熱い。体は熱いのに、私に回された指先は冷たかった。二人して倒れ込むように、崖の下の窪みに身を寄せた。洞窟というほど広く深くはないが、身を隠すには十分だ。
「…… 腰のポーチに、酒と薬と布が入っているから取ってくれ」
片手で傷口を押さえて、苦しそうに顔を歪めたシグルズが私に頼む。言われた通りに酒と薬と布を取り出した。
メイちゃんは、辺りに簡易の目眩ましの魔法をかける。
どうしてこんなことに。ぐるぐると無駄な後悔ばかりが頭を廻る。
私は唇を噛んで、こうなった原因を思い起こした。後悔を反省に変えるために。
旅は順調で予定通り、ラジカ村からムレート町へは約1週間で着いた。ムレート町からタニカラ町へは1ヶ月かかる。ムレート町で出来るだけ食料を買い、馬車の修理もしてさらに、防寒具も揃えた。
今は少し肌寒いくらいだが、次のタニカラ町では積雪があるそうだ。北東へ北東へと進むともっと気温は下がってくる。
こういうとき、馬車は心底有難かった。毛布や防寒具も積み込めた。徒歩なら多くは運べない。
今進んでいるのは森の中の街道だ。左右を鬱蒼とした木々に囲まれ、昼間だというのに薄暗い。街道だけがぽっかりと拓けて、日の光を地面に届かせていた。
モンスターの気配は今はない。このまま順調に行くと、あと2、3日もすればタニカラ町に着くだろう。
そんな時だ。襲撃を受けたのは。
ふとシグルズが馬車の壁にもたれていた背を離した。脇に置いていた大剣に手を伸ばす。
「モンスターじゃないな。野党の類いか?」
「人間か。モンスターよりも、ある意味厄介だね」
そう言って御者台のフィンさんは、魔力を編んで魔法を待機させた。
ぴりりとした空気が伝わる。モンスターではなく、人間との戦闘は初めてだった。私はその意味を深く考えていなかった。
襲撃者は6人。私たちよりも人数が多い。一人でも早く敵の数を減らした方がいい。なのに。
「くうっ!」
相手の剣を捌きながら、私は呻いた。剣を持つ手が痺れる。一瞬の停滞を見逃さずに、相手の剣が私に迫る。辛うじて避けるが、防戦一方だ。魔法も織り交ぜて放つが、避けられる。
それどころか、相手も魔法を使うのだ。
「首を斬れ!」
風魔法の刃が私の首を狙う。
回避は!無理。今目の前の敵の剣を避けたばかりだ。魔法で迎撃。駄目だ、間に合わない。
「ウェントス・グラディウス!」
敵の風魔法とフィンさんの風魔法が激しくぶつかり合い、相殺して消えた。助かったと思う間もなく、敵の攻撃がくる。
敵を斬らないと。でも殺してしまうかも。
どうすれば。避けろ、逃げろ、死にたくない。
殺らないと殺られる。嫌だ。殺したくない。殺されたくない。
どうしたら?どうすれば?どうしたら?どうすればいいの?!
防戦して、避けて、魔法で牽制しながら私の思考はぐちゃぐちゃだった。自然と動きのキレが悪くなり、追い込まれる。幸い敵はシグルズに集中しているから、何とか凌いでいるけれど、まずい。頭では分かってる。
時折は私が斬れる隙もある。なのに、私は一人も斬ることが出来ない。
勇者の剣の威力は、よく知っている。この剣は斬れすぎる。行動不能にさせようと、足を斬れば足を、腕を斬れば腕そのものを斬り落としてしまう。人は手足を斬り落とされれば、ショック死か手当てしなければ失血死する。
人を殺してしまうかもしれない。その事が大きな枷になった。
「クロリス、攻撃するな!援護に回れ!」
私の様子にシグルズが気付いて指示を飛ばす。
シグルズと斬り結んでいた男がにやりと笑った。赤毛ので背の高いシグルズと同じ位の体格のいい男だ。歳の頃は20代半ばか。太い眉の下から覗く黒い目が、ぎらぎらと私を睨め付けた。
「クロリス。なるほど、お前が勇者か」
「ちっ!狙いは勇者か」
しまったという顔のシグルズが大剣を男に振り下ろす。男が大剣を避けたにも拘わらず血飛沫が上がり、地面が抉れる。
「はっ!人間の割りに物騒な奴だな!」
感嘆の声を上げる男の腕はズタズタに裂けていたが、しゅうしゅうと音を立てて再生しつつあった。
「お前のその回復力、魔族か!」
問いかけなから大剣を横へ凪ぎ払う。
「ご名答」
ガキンと男の剣がシグルズの剣と噛み合った。瞬間、二人の周囲の木々が衝撃で揺れた。
「うらあああっ」
男とシグルズの激しい斬り合いが始まる。
「落とせ!」
がくっと私の足元の地面が消失した。穴に落ちて逃げ場がない私に剣が、魔法が殺到する。やけにゆっくりと迫る脅威を感じながら思った。
ああ、死ぬんだ。
「クロリス!」
私に向かう脅威の前に割り込む人影が1つ。
「うぐっ」
呻き声と、目の前の広い背中。肩を貫く剣。剣が抜かれて大量の血が滴り落ちる。
嘘。そんなどうして。
死んでしまう?シグルズが?私のせいで。
「癒しの矢!」
メイちゃんの回復魔法が矢となって、シグルズの肩に当たる。メイちゃんの魔法では動けばすぐに傷口が開く程度の止血だ。だというのに、シグルズはまた男の剣を受ける。案の定、肩からまた出血し始めた。
魔法の矢を放った直後のメイちゃんの後ろから、細身の剣が襲いかかった。穴から這い上がった私の顔から血の気が引く。
「メイちゃんっ!」
「スコプルス」
フィンさんの魔法障壁がメイちゃんを守る。剣を受けてパキンと小さな音をたてて障壁が割れた。その隙にフィンさんがメイちゃんを引っ張り、私たち4人は身を寄せる形になった。
同時に物凄い魔力が巨大で精密な模様を描く。フィンさんは基本的に小さな魔法を連発して、魔法使いの欠点である接近戦の穴を埋める戦い方だ。しかし今回はこれまで見たこともない大きな魔法だ。
完成前だというのに、周囲の温度が下がり大気が凍りつく。
「アルゲオ・コルムナ!」
パキパキキイイィィッ!私たちを中心に、物凄い勢いで辺りが凍っていく。冷気で視界が真っ白に染まった。オブジェのように氷の柱が6つ出来上がる。
「僕が追手を引き付ける。クロリスはシグルズを連れて逃げて。メイはクロリスをサポートしてやって」
吐く息も、物も地面も何もかもが白く凍てつく世界で、フィンさんの青い髪と白地に青の刺繍入りのローブが鮮やかだった。
「逃がすかよっ!」
氷柱の1つが割れ、出てきた赤毛の男が、体半分を白く凍てつかせたまま剣を振る。氷が肌を切り裂き、凍り付いた体が所々欠けるが意に介さない。
フィンさんが側にあった氷の塊を、男の鼻先に投げる。
「はっ!牽制か?」
男が氷の塊を軽く左手で払おうとしたところへ、フィンさんの魔法が発現する。
「イグニス」
放った火魔法は氷の塊に当たり、蒸発させた。冷気と熱気がぶつかり合って、大量の水蒸気が巻き上がる。
「クロリス様、今のうちです」
メイちゃんの囁きに、私の呪縛が解ける。飛び付くようにシグルズの肩の下に潜り込み、後はもう必死で逃げた。




