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王とは

魔族の領土は人間の領土に比べると、極端に少ない。 人間の多くは魔族の国は一つで、魔王は一人だと思っているみたいだけど、実際はその少ない領土の中に小さな国が三つ程寄せ集まっている。

僕が父から継いだのは、そんな小さな国の一つだった。


パラリと分厚い本のページをめくる。


人間と魔族は過去に様々な理由で戦ってきたとある。


ある時は魔族が覇権を握ろうとして、

ある時は人間が魔族を悪として滅ぼそうと、

ある時は魔族が貧困に喘いで、

ある時は人間が燃料たる魔石を得るため


人間と魔族は、時に戦い憎しみ合い、時に和平を結び、時に蹂躙し、を繰り返してきた。そう、歴史書は語る。


「今回の戦争の原因は分かりますか」

「闇化病、だよね」

「その通り。今回の戦争の原因は、魔族に広がりつつある病気です。闇化病。体の一部が黒く変色し、次第に広がっていく。初期は変色だけですが、進行すると理性が失われる」


最初はほんの少し、生き物を殺したい衝動に襲われるだけ。次第に衝動は強くなり、変色が体の半分を超えると、何かを殺さなければ衝動を抑えられなくなると書かれている。

この病気の恐ろしさは、よく知っている。母はこの病気で死んだのだから。


思い出すだけで恐ろしい、母の最期。優しかった母が別人のように暴れた。

最初はほんのすこし、指先が黒くなった。その時の母は、何の変わりもないように見えた。指先から指が、指から手のひらと少しずつ広がって、足先やお腹にも黒い染みが出来た。

黒い部分が増えると、母が時々怖い目をするようになった。その内庭先の小鳥を殺したりするようになって、僕とサイは自由に母に会えなくなった。

母に会える回数も時間も、少しずつ少なくなって遂にあの日。

そっと喉を押さえる。指先が震えた。


「この病は何としても、根絶しなければ魔族の将来はない。治す方法はご存知ですね?」


こくりと僕は頷いた。

「光魔法での浄化だけ。だけど僕たち魔族には使えない」


闇の神デュロスを信仰し、使える魔法も闇属性に傾く魔族には、光魔法の適性がない。カイの父、先代の魔王は他の魔王と話し合い、人間と和平を結んで闇化病の治療への協力を求めた。


「治療には人間の協力がいる。でも人間たちは魔族を助けるつもりはない」


父を待っていたのは人間の裏切りだった。

3魔国の代表として最低限の従者と共に、聖国へ旅立った父は、そのまま帰らぬ人となった。


魔族は怒り、戦争は激化した。

3魔国は聖国の北西の端に突き出した半島にある。その半島の根元、魔国と聖国の国境で今も激しい戦争が行われている。


「その通り。人間は魔族を助けません。ならば力ずくで協力を得るのみ」

バドス伯父さんは、細く長い指で半島の根元を軽く叩く。


「しかしながら3魔国を合わせても、人間の小国1国ほどの領土。人間の領土は魔族の10倍以上、人口は15倍といいます。同盟国の竜国と合わせてもなんとか拮抗するのがやっとでしょう」

伯父さんの目が僕を射抜く。鷹のようなこの目が僕は苦手だった。


「しかし、今の我々にはカイ様がいらっしゃる」

剣に選ばれた魔王は特別だ。真の魔王。真に魔族を束ねる王であり、真の魔王が現れた時3魔国は、一つの魔国として真の魔王に仕える。

「勇者に魔王が勝てば、魔族の勝利で御座います。その為にカイ様には、強くなって頂かねばなりません」


バドス伯父さんは様々な事を教えてくれる。世界の情勢、政治、地理と歴史、戦術、読み書き計算、礼儀作法、王としての立ち居振舞い。戦闘と魔法だけは苦手なんだそうで、他の人が担当してくれてる。

毎日が目が回りそうで、教わったことを覚えるのに僕は必死だ。


「幸い戦闘と魔法に関しては、カイ様は天才であらせられる。次は実戦です」

実戦と聞いて、胸がどくどくと波打った。模擬戦なら幾度とやったが、実戦はまだだ。


「人間と戦うの?」

「御意。ただし万一の事があってはなりません。幾人か捕まえて参りましょう」

「そんな!その人が可哀想だよ」

「可哀想?これは戦争なのですよ?カイ様」

伯父さんのいつも以上に冷たい声が、僕を凍らせる。

「人間が闇化病の治療へ協力を拒否する限り、武力行使しかないのです。戦いは必然。戦になれば何百、何千、何万人という人間を我々は殺すのです。いえ、既に戦いは始まり何百と人間を殺している」

部屋は寒くないのに、僕は震えた。指先がやけに冷たい。


「王とは民の命を背負う者。最小の犠牲で最大の命を救え!常に国と民を守れ!その為に己が手を汚すことを躊躇うな!無血の玉座は有り得ぬ!覚悟せよ!王の采配に何万、何億の民の未来がかかると知れい!」

普段は能面のように表情のない人が、拳を握り、目を爛々と輝かせ、歯を剥き出し唸るように王の心得を述べた。


怖い。恐ろしくて堪らない。

罪人を裁く地獄の番人だって、きっとこんなに恐ろしい顔はしていないだろう。


伯父さんは剣を持って戦う戦士ではないけれど、策士として戦場を幾度も経験している。

剣術の先生も言っていた。「私は戦場で何百という敵を斬り伏せますが、あの方は何万という敵を指示一つで屍るのです。あの方に武力は無くとも、戦場であの方より恐ろしい存在は居ない」

本当にその通りだ。僕と伯父さんは今机に向かい合わせに座り、本とノートを広げペンを手にしているというのに、剣を喉元に突き付けられている気分だった。


青くなって震える僕を見て、伯父さんの激情は消えた。

「実戦は明日から始めます。今日は座学は早めに切り上げますので、明日に向けてこの後の剣術の鍛練をしっかりなされますよう」

感情の籠らない静かな声に戻り、一礼して扉に向かう。


扉の取手に伯父さんの手がかかる。

「どうして僕なんだろう」

ポツリと漏らした僕の小さな声は、伯父さんに届いていたらしい。

伯父さんは扉の前で立ち止まり、ちらりと僕を見て言った。

「何故お前なのか。それは私もずっと思っているよ」

僕が魔王になる前の伯父さん本来の口調で同意してから、直ぐにまた丁寧に腰を折り、失礼致しますと部屋を出て行った。

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