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夢での逢瀬

光と闇が溶け合ったような灰色の茫洋とした空間。空も大地もなく、見渡す限り何もない灰色の世界だ。


いきなりこんなところにいれば、取り乱してしまいそうだが、私はここを知っている。


「お姉さん!」

「カイくん、久しぶり!」

黒髪の可愛らしい少年が、私を見付けて嬉しそうに手を振る。私も笑顔で手を振り返した。


「元気だった?」

「うん!お姉さんは?」

「私は何時だって元気よお」

右手で力瘤を作って元気さをアピールする。カイくんは良かったと言って、私に抱き付いてきた。私はぎゅっとカイくんを抱き返してから、丁度胸の下辺りにあるカイくんの頭を撫でる。


この灰色の不思議な世界で、私とカイくんは時々こうして逢う。いつも二人とも寝ている間だから、夢の中だと思うのだけれど、とてもリアルな夢だ。

今もカイくんの体温や、細い体の抱き心地が伝わってくる。


「ちゃんとご飯食べてる?怖い後見人さんに虐められてない?」

「お姉さんに心配されるから、ちゃんと食べるようにしてるよ。バドスは相変わらず怖いし、よく怒るけど、僕がちゃんと出来ないから。駄目な子だからいけないんだ」


後半の台詞でしゅんとなるカイくん。バドスというのは、カイくんの後見人の名前だ。どうやらカイくんは良い家柄の子で、幼くして家を継ぎ、後見人に代行して貰いながら勉強中らしい。


「カイくん、ちゃんと出来なくても良いんだよ。出来なかった事をちゃんと覚えていて、また同じことをするときに今度は出来るようにすれば良いんだから。だから自分を駄目な子だなんて思っちゃ、それこそ駄目」


この子はとても自己肯定感が低い。幼くして家を継がなければならなかった重圧感に、潰されそうになっている。


ええい、バドスとかいう人め!厳しくするだけじゃなくて、ちゃんと褒めてやんなさい!


子供は沢山失敗して成長する。そして、少しずつ成功するようになっていく。そういうものよ。


「お姉さんなんて、ちゃんと出来ないこといっぱいあるんだから!」

そうして、初めて栽培する花を枯らしてしまったことや、肥料をやり過ぎたこと、逆に肥料が足りなくて花が咲かなかった事などを話す。

失敗談が勇者になってからのことでなく、花の事ばかりなのは、カイくんの前では花屋の娘クロリスで居られるから。

カイくんもそうだ。私の前では、カイくんはただの子供で居られる。


勇者でいなければならない私と、当主でいなければならないカイくんの秘密めいた逢瀬だった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「カイ様、お目覚めの時間でございます」

事務的な声に僕が目を覚ますと、侍女は一礼してベッド脇に控えた。


ああ、目が覚めてしまった。


一人きりで、しかも僕のような子供が寝るには冗談のような大きなベッド。脇に控える侍女と、ベッドの真ん中にいる僕との距離は1メートル以上開いている。僕は動く度に沈むベッドの中央から、端へ移動するだけで嫌になった。

母が生きていた頃は、母と弟と三人で寝たこともある。それでも十二分に広く寝ることが出来た。広すぎるベッドは余計に寂しくなる。


そしてさらに孤独を突き付ける物。ベッド端に辿り着いた僕の腰に、コツンと硬いものがぶつかってくる。

振り向いて視線を落とすと、黒い柄が僕の後ろから腰に引き寄せられるようにあった。


溜め息を吐いて柄を握り、布団から引っ張り出す。黒い鞘に納められたやや細身の剣。鞘から抜けば、刀身まで黒いことを僕は知っている。


母が死に、父が死に、弟は心を無くした。僕の家族は、人形のようになってしまった弟のサイと、伯父のバドスだけ。


政務のことはよく分からない。僕の後見人になったバドス伯父さんが全部やってくれて、将来僕が政務を担えるように教えてくれている。僕にとっては頼れる肉親で、僕と弟のサイを庇護してくれる保護者だ。


身支度が終わると見計らったようにドアがノックされる。侍女が脱いだ服を持ち、一礼して下がった。

侍女と入れ替わりで入ってきたのは、バドス伯父さんだ。痩せていてひょろっと背が高く、いつも少し顔色が悪い。伯父さんは普段通り黒髪をきっちりと後ろに撫で付け、黒の礼服を折り目正しく着込んでいた。切れ長の冷たい水色の瞳が僕を見据え、薄い唇が開く。


「お早うございます、カイ様。支度は整いましたか?」

慇懃に礼を取る。僕が父の後を継いでからずっとこうだ。

「はい」

「はい、では御座いません。威風堂々と頷けば宜しいのです。私は貴方よりも立場が下なのですから」

ぴしゃりと叱られた。僕は思わず首を竦めた。いつもこうだ。バドス伯父さんの前にいると、体がぎゅっと縮こまってしまう。そして僕のそんな態度に、ますます伯父さんは不機嫌になる。


「は、御免なさい」

また、はいと言いかけて僕は慌てて謝った。


「カイ様、謝ってはなりません。如何なる時も臣下に頭を下げず、弱気な顔を見せずに振る舞いなさい。それが主の務めです」

「…… 分かった」

「では、参りましょう」

背を向けたバドス伯父さんの後を、長すぎる剣を腰に下げて追う。両親の死と、前みたいに泣きも笑いもしない弟、両方が僕の肩にのし掛かる。


重い足取りで自室の扉を潜る前に、僕はもう一度ベッドを振り返った。


またいつか夢でお姉さんに会えるから。その時胸を張って、頑張ったことを報告出来るように今は頑張ろう。


「どうなされました?時間は有限ですよ」

立ち止まる僕に伯父さんの温度のない声がかかる。


「何でもない」

「ならば参りましょう。覚えて頂かねばならぬことが山程御座います。なにせ貴方は」

数歩先に行っていたバドス伯父さんは、僕が追い付くのを待ってからまた歩き出す。


「我等が魔族の王。魔王の剣に選ばれた真の魔王なのですから」


そう言われた瞬間、僕の腰に下げた剣がいっそう重たくなった気がした。

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