シグルズとフィンさんと聖女と
ちなみにお昼はもちっとした穀物に、甘辛く煮た野菜と肉を挟み、葉っぱで包んで蒸し焼きにしたバネと呼ばれる料理でした。素朴な味わいで美味しかった。
今の御者はフィンさんで、シグルズは私たちと馬車の中だ。馬車を引く馬は2頭で、灰毛のミランと、栗毛のロドだ。
馬車はもちろん、旅に必要な毛布や食糧など全てフィンさんが用意してくれた。私たちも用意はしていたけど、徒歩の予定だったから持てる範囲の最低限の準備しかなかった。
「フィンさん、この馬車って高かったんでしょう?」
馬車に揺られながら、私は御者台のフィンさんに声をかけた。荷を運ぶ商人以外、普通は馬車など所有していない。
「ははっ。ハンドブルグ家は一応有力貴族だからね。金なら有り余ってるさ。あんな所に余らせておくくらいなら、使った方が有意義だよ」
馬の手綱を握り穏やかに答えたが、言い方に少し刺があった。
「あんな所、ですか?」
メイちゃんも引っ掛かったのか、聞き返した。
「そう。あんな所。君の旅に同行するのは、あの家から離れたかったのもあるかな」
「何て言うか、僕の出自は複雑でね。母はいわゆる高級娼婦ってやつだった。で、父は現ハンドブルグ当主。正妻に中々後継ぎが出来なくてね、僕を身籠って母が妾の座を手に入れた。ところがその途端に正妻が無事、後継ぎを産んだ。用済みの母と僕は、呆気なく捨てられたんだよ」
どこか他人事のように、明るくさばさばと身の上を語る。
「母は僕に愛情を持てなくて、6歳の時に僕を捨てて男と姿をくらました。僕は孤児院育ちさ。当然自分の生い立ちなんて知らなかった」
ああ、だからフィンさんには貴族特有の傲慢さや、鼻につく感じが無いのか。
「19の時に突然ハンドブルグ家に引き取られてね。何やら流行り病で、後継ぎの長男が死んでしまったと。勝手な話さ。しかも僕には魔法の才能もあったものだから、あれよあれよと当主候補」
御者台に座っているから後ろ姿しか見えないけれど、あれ?うんざりとした声音。でも確か合流するとき勇者に同行するのはハンドブルグ家の為だって?
疑問符をの浮かべる私とメイちゃんの思考を読んで、フィンさんが笑う。
「ふふっ、あれは方便だよ。本当は僕と母を捨てて、都合の良いときに呼び戻したハンドブルグの家なんて糞食らえ。いい建前が出来たから好き勝手してやるさ。あ、でも家名は便利だから使うけれどね」
「こいつはこういう奴なんだよ。ニコニコ笑って、腹ん中に何抱えてやがるか分かりゃしねえ」
ため息まじりにシグルズがぼやく。
「相変わらず失礼だね。僕は自分の欲望に正直なだけさ。その為には手段を選ばないけどね」
「だったら素直に言え。会いたいだけだろ?聖女に」
ぴくり、とフィンの肩が小さく動いた。
あれ?
「ええと、聖女様って絶世の美少女らしいものね。一度見てみたいってこと?」
聖女の美しさはレナド王国でも評判だ。
フィンさん多分女たらしだし。男なら噂の美少女に会ってみたいかもしれない。私もちょっと楽しみだったりするし。
「いいや。俺もこいつも聖女には会ったことがある。今の聖女じゃねえけど」
「どういうこと?」
「俺とフィンと聖女ラクシアは、同じ孤児院育ちなんだよ。餓鬼の頃からの知り合い。しかもフィンはラクシアに……って、危ねえ!」
シグルズの言葉の途中で、フィンさんがボソッと小さな声で呪文を唱え魔法を放った。光る杭がシグルズの頬を掠めて、幌の空いた所から馬車の外へ消えていく。一呼吸遅れてから爆発。
「それ以上言うと容赦しない」
肩越しに振り返ったフィンさんが低く警告した。目が据わっている。
「容赦?面白え、餓鬼の頃とは違うぞ」
シグルズの声も低くなり、横に立て掛けた大剣に手が掛かる。
ちょっと、馬車の中で止めてくれる?
「はい、ストップ!シグルズは人の事をペラペラ喋らない。フィンさん、らしくないですよ」
舌打ちをしてシグルズが剣から手を離し、フィンさんも視線を前に戻した。
ええと、今の話とフィンさんの反応から察するに、ちょっと女の勘からして面白い話題な気がするけど、旅の平穏の為に止めよう。
後でこっそりメイちゃんと盛り上がろ。
「ええと、聖女様はクロリス様に何の御用なんでしょうね?どうして詳しく伝言してくださらなかったのでしょう?」
メイちゃんがさりげなく話題を変えた。
流石だよ!メイちゃん。
「恐らく言えないんだよ」
渋い声が御者台から返ってきた。
「もしくは、言っても伝えられなかったか。内容が聖国にとって好ましくなかったか、各国の王にとって都合が悪いものだったか。どっちにしろ、聖女という道具にされてるんだ」
「それは心配ですね」
然り気なく話を戻してみた。メイちゃんが大丈夫?みたいな視線を送ってくる。
いや、だって気になるんだもん!って視線を送り返す。露骨に、本当は聖女さんが心配で会いに行くの?なんて聞いてないし。あくまで世間話の延長でですね!
「はあ、そんなにラクシアと僕の関係が気になる?」
バレてる。てへへ。
「…… 彼女からすればただの孤児院の仲間だよ。僕にとっては違うけどね。期待しているところ悪いけど、それだけだよ。綺麗で優しい彼女は孤児院でも皆の憧れで、男の子は殆ど恋してたものさ」
なるほど。でも、フィンさん。声がいつも以上に優しいですよ。
「彼女は初恋の人で、大切な幼馴染みだ。幸せでいて欲しい。聖女なんかになったばかりに不幸でいるなら、出来る範囲でなんとかしてやりたい」
イケメンで城の殆どの女の子の憧れで、実際に女性に優しく熱烈なファン倶楽部も出来ているほどのモテ男のフィンさん。
しかし、メイちゃん曰く誰とも付き合ってはいないらしい。
そのフィンさんの初恋の人、聖女ラクシアさん。
素敵な恋の予感!
メイちゃんと目を見合わせた。彼女も目をキラキラさせてる。
「微力ながら応援します!」
私とメイちゃんは元気よく手を上げた。この時の私は、彼がどれだけの覚悟と決意で聖女を想っているかなんて、理解してなかった。




