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表と裏

やりきれない思いを溜め息で何処かへやり、私はシグルズに声をかけた。

「シグルズ、お疲れ様」


しかし、シグルズは大剣の柄に手をかけたまま、何かを気にするように周囲を警戒している。

まだ何かあるの?


慌てて私も辺りを警戒して、気付いた。ここから5メートルほど離れた木の辺り、魔法の気配がある?


「あーあ、見つかっちゃったか」

私が凝視していると、空間が揺らぎ人影が現れた。その人物を見て息を飲む。知っている人物だったからだ。


「エリィさん、どうして」

メイちゃんが愕然と呟いた。そう、現れたのは酒場の看板娘エリィさんだった。


「魔族、か」

そう言ってシグルズが私たちを守るように立った。


「魔族?!エリィさんが?!」

嘘でしょ?だってどう見たって、普通の人と変わらない。


そう思ったのが伝わったのか、くすくすとエリィさんが笑って言った。

「魔族に見えない、普通の人間とかわらない?魔族ってどんなのだと思ってたの?」


「えーと、なんか角とか鋭い爪と牙が生えてて、顔色悪くて、目がギラギラしてて、出会ったらとって喰われるって」

正直に答える。だって、魔族ってそういうのだって聞いてたし、見たことないし!

物語に書かれる魔族は、いつも恐ろしく狡猾な悪者で、英雄や勇者に倒される存在でしかなかった。

いい子にしなかったら魔族に食べられるぞー、ていうのが小さい子供への親の脅し文句で、私も幼い頃は信じていたものだ。


「ま、そう思われてるのは知ってたけどね、実際はこうよ。牙も爪も角もないし、人間なんて食べないわ。貴女たち人間と変わらないでしょう?」

エリィさんは、両手を上げて肩を竦めた。


「変わらない見た目を利用して、人間に紛れて何を企む?」

「企むなんて人聞きの悪い。私はただ情報収集するだけの諜報部員よ。貴女たちをどうこうするつもりも、力も無いわ」


警戒する私たちに、エリィさんは軽く手を振る。

「ま、噂の勇者様には興味があったしね。どんなものかと覗き見してた。それだけよ」

「素直に信じるとでも思うか?」

シグルズは臨戦態勢で鋭い視線を向けたままだ。

「信じてもらうしかないわね。信じてもらえないなら、私の運もここで尽きた。それだけの話」

エリィさんの視線も負けていなかった。無言の視線での応酬。


「止めた、元々俺はこういうのは苦手だ」

根負けしたのはシグルズの方だった。

「どうするクロリス、こいつは情報を持って帰るぞ。お前の名前と顔のな」

「それと、今の時点の勇者の戦力ね。それも持って帰ろうとして欲張って下手こいちゃったわけだけれど」

私はちょっと考えた。エリィさんとは酒場で地酒の説明を受けたり、料理を運んできた時に一言二言、会話しただけ。


豊満な胸を揺らして、上手に酔っ払いをあしらいながら、テーブルとテーブルを生き生きと笑顔で料理や酒を運んでいたエリィさん。本当に普通の人に見えた。


「エリィさん、酒場の仕事は楽しい?」

「……楽しいわね。ちょっと本業を忘れたかった程にね」

エリィさんは、ちょっと寂しそうに笑った。本心なのか演技なのかなんて、私には見分けられない。

「そっか。ならいいや」


エリィさんが魔族だったのはショックだ。潜んで見ていたのは、情報収集とあわよくば魔王の敵である私を殺そうとかしていたのかもしれない。けれど。

人の裏側なんて分からない。私に見えているのは今のエリィさんという表側。


「甘いのね、勇者様。でもありがとう」

最後に女の私でもドキッとするような笑顔を見せて、エリィさんはくるりと背を向け去っていった。大剣に手をかけたままのシグルズを無視して。

彼女なりの信頼の証なんだと、そう思う。うん、思おう。


「はあー、なんか色々勉強不足だわ」

緊張が解けたら痛みがぶり返してきた。メイちゃんの回復魔法では、火傷は治りきってないし、腕は折れたまんま。

うう、なんか腫れてきた。じんじんと熱を持って、頭もぼうっとしてくる。


「シグルズ、魔族って皆エリィさんみたいなの?」

「何度かやり合ったことはあるが、見た目はエリィみたいに人間と同じだ」


魔族と人間の違いは、外見上はない。魔族は長寿で、肉体も強靭、魔力も強大で、戦力的には人が敵う相手ではない。ただ、圧倒的に数が少ないそうだ。これが人間にとっては救いなのだけれど。


「聞いてた話と全然違う。魔族って本当に敵なの?」

「さあな」

シグルズは適当な木を私の折れた腕に当てながら、何でもないように素っ気な答える。

「さあなって…… 」

「竜殺しの英雄なんて言われてるが、俺は元々一介の冒険者だ。王やら偉い奴らの思惑なんざ知らねえよ。知っているのは魔族と人間が長い戦争をやってることぐらいだ。お前らと似たようなもんだ」


「ですが、戦ったことがあるんでしょう?」

メイちゃんの問いに頷いた。

「ああ。そいつは無駄にプライドが高くて、人間を見下してやがった。やたら強えわ魔法が凄えわ。ただ」

木の棒を布で固定して、応急措置が完了だ。


「やり合ったこともあるが、別の魔族と共闘したこともある。そいつは悪い奴じゃなかった」

ふーん、人にも色々いるように、魔族にも色々いるって事よね。


「キマイラの討伐の依頼を教えてくれたのはエリィさんだったんです。酒場の修理費で無一文になった私たちに同情したって。今となっては、どこまでが好意だったのか」

メイちゃんが少し項垂れて言った。


「メイちゃん、エリィさんに私たちは何もされてないよ。そりゃ、キマイラ討伐は誘導されたかもしれないけどさ。それが罠だった訳でもないし」

私はメイちゃんの肩を明るくぽんと叩いた。

「だからまあ、気にしないでおこうよ。ね?」

考えたって仕方ない。現状では判断材料が少なすぎる。だったら材料が揃うまで保留。


そうして、私たちのキマイラ討伐は無事終了した。

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