すっからかん
その後、メイちゃんは店に居合わせた客には小金を握らせて帰ってもらい、宿屋の主人に謝り倒して床と壁の修繕費として有り金を全部渡したらしい。
そんな!路銀は王様に交渉してかなり多めに踏んだくったのに、無一文?!
「と、いう訳です。何か申し開きは?」
「ありません。…… え?っていうか、マジで?」
これ半分私がやったの?
私は呆然としっちゃかめっちゃかになった宿屋の一階、酒場だった場所を眺めた。床は滅茶苦茶、テーブルと椅子は両端に折り重なり、全面の壁は無くなって見晴らしと風通しが抜群過ぎることになっている。うわお。
「いや、待て。俺はクロリスに無理矢理飲まされただけでだな……いや、なんでもありません!」
シグルズはメイちゃんに回復魔法をかけてもらい、二日酔いが治って顔色が良くなった。その為尚更メイちゃんに頭が上がらない。
無事な部分の床に正座する私たちを、通りかかった町の人たちがひそひそと言葉を交わしていく。
「ほら、あれ昨日の」
「ああ、あの化け物二人」
「あの一番ちっちゃい子がボスなのね」
「猛獣使いだな。人は見かけによらないねぇ」
ううう。真実なだけに、何も言えません。
…… お酒って怖い。そして、メイちゃんも怖い。
「それにしても素手で床がこんなになるなんて、あんた化け物ね」
説教を受けながら、小声でシグルズとひそひそ話す。
訓練の時は本気の一端も見せてなかったんだなあ、改めて思う。
「壁吹っ飛ばした奴が言うな。まさかこんな威力のある魔法が使えるようになっているとは思わなかった」
うん。実を言うと自分でもびっくり。私の魔法の訓練を見ていなかったシグルズは尚更だろう。
「訓練ではこんな大雑把なのやらなかったし、何もない空間に放ってたから威力は分かってなかったのよ」
多分狙いも適当に、見た目だけ派手なのぶっ放したんだと思う。メイちゃんが軽い防御魔法をかけたとはいえ、直撃した人も死ななかったらしいし。
「ちょっと聞いていますか?!」
なんて、こそこそやってたらメイちゃんに怒られました。
「はい!聞いてます、反省しています!」
ちらりと横目で隣のシグルズを見る。目が合い、互いにこっそり頷いた。
お酒はもう飲まない。そして、メイちゃんは怒らせてはいけない。
妙に心が通じあった瞬間だった。
「とにかく、先ずは先立つものです」
あれから酒場の片付けを手伝い、朝一で来てくれた大工さんと交代して、逃げるように宿屋を後にした。
っていうか、もうこの町で泊めてくれる宿屋無いんじゃないかなあ。悲しいことに。
携帯食料と水を補充する時もまあ、色んな目で見られましたよ。
分かるけどね。私なら、宿屋ぶっ飛ばした奴なんかとお近づきになりたくないよ。
メイちゃんは、時々地図を見てあっちだこっちだと指示をしながら歩く。メイちゃん、完全にリーダーです。ボスです。
「この町は地竜のダンジョン近くで、特産品はアジカの実を使った地酒とジュース、ジャム等ですが」
うん、知ってます。エリィさんから聞いたし、その地酒で酷い目にあった訳だし。
「そのアジカの実に、肥料として欠かせないのが地竜の卵の殻なんです」
ふうん、そうなんだ。
「当然、地竜のダンジョンに住む地竜の卵の殻を、取りに行く必要があるわけです」
「つまり、卵の殻を取りに行くお仕事でお金を稼ぐと」
「いえ、そういう業者さんは既にいらっしゃるので私たちが入る余地はありませんが」
ありゃ、外れた。
かくっとなる私に構わずメイちゃんが続ける。
「地竜のダンジョンの付近モンスターが発生したそうで、そのモンスターの討伐をいつも王都の騎士団と冒険者に頼んでいるそうですが、今回は私たちに倒してもらえないかと」
ああ、そういうことか。納得。
「なるほど、騎士団に頼むより安く済むものね」
「いえ、いつも通り討伐に出たのですが仕留められなかったそうです」
なんですと?!
「なんで?毎度の事なんでしょ?」
「今年はどこのモンスターも魔王の影響なのか例年よりも強く、各地で多く出没していますから、そちらに戦力が割かれてしまったようです」
うおう。だから勇者が必要とされた訳だしね。
「そんなのなんで私たちに頼むの?」
「騎士団と手練れの冒険者が再編成してまた来る前に、地竜の産卵時期が来てしまうらしいんです」
待ってられないってことね。基本的に冒険者を仕切るのも騎士団だ。お役所仕事は遅いからねー。
「宿屋をあんなにした化け物二人なら、楽勝だろうと」
うええ、私たちは騎士団が仕留められなかったモンスターよりも、上の化け物扱いですか?
「それで?そのモンスターは何だ?」
勿体ぶるな、とシグルズが促した。
「キマイラだそうです」
キマイラって、なんか聞いたことある。えーと、なんか色々混ざってるモンスターだったっけ?
「シグルズ知ってる?」
「ああ、頭が獅子で胴体が山羊、尻尾が毒蛇のモンスターで、口から火を吹く」
えっ、何それ、怖っ。
いまいち私の想像力では形にならなかったけど、聞いただけでなんか凄い生き物だよ?
「キマイラは一度殺ったことがあるが、お前ならいける。メイの面倒は見ていてやるから一人でやれ」
私にしっしっと払うような手付きをして、軽く言うシグルズに突っ込む。
「その辺のスライム殺ってこいってノリで言わないでくれる?!」
スライム臭いから嫌だけどね!
「バオバフ町までの道中の戦闘を見るに、大丈夫だ。経験を積むには丁度良い」
「本当に?ヤバくなったら助けてよ?!」
「まあ、何があるか分からないからな」
などと、うだうだ言っている内に地竜のダンジョン前だ。山肌にぽっかり空いた洞窟の入り口に看板が立っている。
看板には地竜のダンジョンと書かれ、その下に 「産卵時期には立ち入らない。危険!」 と説明書きがしてあった。
しかし、今回用があるのはここではなく、山に出るキマイラの方だ。今まで曲がりなりにも草が刈られた道だったが、ここからは道なき道を分け入ることになる。




