お酒って怖い
※ここからの回想は、主人公が酔っぱらってグダグダの為、メイちゃん視点でお送りします。
始まりは、何の気もない一杯のお酒でした。バオバフ町の宿屋の一階にある食堂で、私たちは夕食を取っていました。
そこで看板娘のエリィさんに自慢の地酒を勧められ、そんなに美味しいならちょっとだけ、とクロリス様が頼んだんです。
ちなみに、エリィさんは出るところが出て引っ込むところが引っ込んでいる、素敵な大人の女性です。同性の私も思わずチラチラと見てしまいます。
どうやったらあんな風になれるんだろう。自分のあまり大きくない胸を見ました。
まだ私14歳だもの、きっとまだ大きくなるよね!
などと、私が人知れず小さな葛藤をしている間に、クロリス様のジョッキが空になっていました。しかも2つも。
随分空になるのが早いです。まさかイッキ飲みですか?
はっとクロリス様を見ると、頬が上気して目が潤んでいます。
「エリィさあん、もう一杯、いや一杯なんてまだるっこしいや。瓶で下さあい!」
「はいよ!」
「ちょ、ちょっとクロリス様!」
私が慌ててクロリス様を止めようとするも、エリィさんが既に酒瓶を運んできました。エリィさん、仕事が早いです。
後から思えばここでもっと強く止めておくべきでした。後悔先に立たずです。
「美味しい~!美味しいよ、これ。シグルズも飲んでみなよ」
ふにゃあ、とした笑みを浮かべてクロリス様がシグルズ様にお酒を勧めました。完全に酔っ払いですね。
「俺は要らん。お前だけ飲んでろ」
冷たく突き離してシグルズ様は、バルル鳥の包み焼きを頬張りました。食欲をそそる香草のアクセントと、溶けたチーズが絶妙でとっても美味しいです。
「ええ~!つまんない。メイちゃんはまだ飲めないしぃ。そう言わずに飲め飲めぇえい!」
問答無用でクロリス様がシグルズ様の口に酒瓶を突っ込んでしまいました。
ちなみに15歳になっていない私は、成人ではないのでお酒は飲めません。
「ふぐっ!んぐっんぐっ!ってめえ、何しやが…… る」
酒瓶を押し返し、シグルズ様がクロリス様を怒鳴り付けたのですが、語尾が途切れて声が小さくなりました。顔がみるみる赤くなっていきます。あれ?
「だあっはっははは!」
いつもは鋭い目が柔らかくなったと思ったら、急に大笑いをし始めました。
ええええ?
どうやらシグルズ様は、酒に弱かったようです。意外です。樽で飲みそうなイメージですのに。
「あっはっはっはっは!酒瓶て!酒瓶を口に突っ込むって!」
バンバンとテーブルを叩いてシグルズ様が何故か酒瓶に大ウケです。
「そうでしょう、そうでしょう。このクロリス・カラナ、面白さには自信があるわ!」
うんうんとクロリス様が頷いて、ジョッキに酒を注ぎシグルズ様に渡します。
会話が微妙に噛み合っていませんが、酔っ払いには関係ないようです。
二人は酒瓶一つ、料理一つに大笑いしながらジョッキを空けています。一人素面の私は二人のテンションにまるで付いていけません。
でも、まあ楽しそうだからいいかな。
満面の笑みで肩まで組始めた二人を見て、私は頬を緩ませました。シグルズ様は勿論、クロリス様がこんなに楽しそうなのも初めて見ました。一ヶ月間ずっと訓練ばかりだったんです。これくらい罰が当たらないでしょう。
「くすくす。酔っ払いのお守りは大変ね。これサービスしたげる」
エリィさんが赤いジュースを私の前に置いてくれました。
お礼を言ってジュースを一口。甘酸っぱく、果物独特の香りが広がります。美味しいです。
私がジュースに気をとられている間に、事件は起きました。ちょっと目を離した一瞬で!
どうやら酔っ払いのおじさんがクロリス様に絡んでいるようです。あの人は、さつきエリィさんのお尻を触ろうとして、上手くあしらわれてた人です。
あ、性懲りもなくクロリス様のお尻に手を伸ばして!
私が注意しようと立ち上がった時、おじさんの手を掴んだ手がありました。シグルズ様です。
さっきまでの陽気な笑いが引いて、いつもの鋭い目付きが戻っていました。
「おい、何をしようとした?」
ドスの効いた低い声に、私なら震え上がりそうですが、酔っぱらっているおじさんは分かっていません。
「ああ?いい~じゃねえ~か、減るもん~じゃなしぃ」
おじさん、呂律が怪しいですね。駄目です、おじさん!多分命の危機ですよ!
「あっはははは!シグルズったら、マジになっちゃってぇ」
クロリス様がシグルズ様の肩をバンバン叩いて馬鹿笑いしています。よし、このまま何とかうやむやにしてしまいましょう。
「そうです、シグルズ様。未遂ですし、お酒の席ですから、ね?」
「ああん?何ならお嬢ちゃんが相手してくれるのかあ?」
ぽんと今度はおじさんの連れが私の肩に手を置きました。そのまま私を引き寄せようとします。
「お、じ、さあん。何してるのかなあ?」
その手をクロリス様が相変わらずの笑顔で払いのけました。クロリス様とシグルズ様が、笑顔で拳を固めて並びます。クロリス様の拳から物凄い速さで展開する魔法に、私の背筋が凍りました。
二人の前に並ぶ酔っ払いのおじさん二人は、全く気付いていません。
「く、クロリス様、シグルズ様、落ち着きましょう!」
「はっはっは。俺は落ち着いてる」
嘘ですっ!握っている拳に物凄い血管が浮いています!なんかメキメキと音が聞こえます!
「んっふっふ。大丈夫、魔法はしくじらないわ」
「そっちの心配じゃありません!ああ、もう!皆さん逃げて!!」
わらわらと、二人の射線上から人が逃げていきます。意味が分からずポカンとしている人も居ますが、顔色を変えた人が引き摺っていきます。
多分何人かは魔法の構成が見えているんでしょう。魔法を使える人は稀ですが、見ることが出来るだけの人は、10人に一人くらいは居ます。私も攻撃魔法は使えないけれど、回復魔法は使えるし見ることは出来ます。
それにあれだけ恐ろしい魔力、見えなくても感じ取れますって!
ドン!と物凄い踏み込みの音と共に、シグルズ様が拳を酔っ払いの目の前の地面に叩きつけました。流石におじさんに直接当てない程の理性は残っていたらしいです。
ゴガァン!という音と衝撃波が吹き荒れ、酒場の床が崩壊しました。人間の仕業ですか?!
同時にクロリス様の魔法が完成しました。
「メイちゃんに手ぇ出すアホは死ねえい!」
それが呪文となって魔法が発動しました。白い光が走り、バチバチと空気が帯電します。
「死なせないで下さい!お尋ね者は嫌です!」
私の切実な叫びが防御呪文となり、無いよりはましな障壁が展開。
ドガガガッ!クロリス様が放った電撃が、障壁と酔っ払いのおじさん諸とも、テーブルや椅子やら、そして酒場の壁を粉々に壊して吹き飛ばしました。
「「ぴぎゃああああっ!」」
二人のおじさんの悲鳴が遠ざかっていきます。二メートル程宙を舞ってから酒場の外へ転がって止まりました。
しいいぃぃん。酒場に静寂が落ちました。
「「イエェーイ!」」
「イエェーイ!じゃないです!この酔っ払い!」
良い顔でハイタッチを交わす二人に、ブチキレましたよ。そりゃあ、もう!
頑張れ!メイちゃん!




